13話 懐かしき級友、アドラー帝国の女王と共に③
私はグウィネス女王陛下とジェローム様と共に、マール連邦へと馬車で向かった。
現在あと少しで、玄関口となるマール大要塞へ到着する所まで来ている。
「はあー……。やっとここまで来た。軽い気持ちで来てみたけど、アドラーからマール連邦まで行くのって、もの凄い大変なのねえ。ジェロームは知ってた?」
陛下はうんざりした顔をしている。
気持ちは分かる。私もここまで来るのに、かなり体力をすり減らしながら馬車に揺られてここまで来た。
(馬車で長距離を移動するって、こんなに大変なんだ……)
私たちが何故ここまで疲弊しているか、それには明確な理由があった。
アドラー帝国からマール連邦までの間に、村や町などが一つも無いからだ。
なので必要な食料や、私たち三人と護衛の騎士達が眠る簡易的なテントを運ぶ馬車を引いてここまで来ている。
この辺り一帯にあった村は、蔓延っている野盗の影響で廃村になっている。
そんな状況ではいくら護衛に守られながらテントで寝ようとしても、なかなか眠れないし疲れも取れない。
たまに二国間で商人が行き来してるみたいだけど、しっかりした数の護衛が必要になる。なので、商人からすれば殆ど利益が出ないとのこと。
そんな陛下に、ジェローム様は体調を気遣う視線を向けながら答えた。
「はい、陛下。私は何度かマール連邦を訪れていますが、いつもこのように大変な思いをしております。……今回の一件が片付きましたら、流石に改善するべきでしょうね。どうだい、エマも疲れているだろう?」
「はい、ジェローム様……。これは流石に、なんとかした方がいいと思います」
ずっと引きこもりのような生活をしていたので、体力の無い私は既にへろへろだ。
「そうよねえ……。マール側にもお金と兵を出してもらって、二国間で協力して野盗を完全に掃討。その後は、補助金なんかも出して廃村への移住者を募る。そんな感じかしら?」
「そのようなやり方が妥当でしょうね。……ただ、マール側がその提案に乗る利点が一切ありません。そこは陛下の腕の見せ所になるかと」
「そうなんですか? お互いの行き来が楽になるって、良いことだと思うんですけど」
私の言葉に、陛下はくすりと笑った。
「エマちゃん、これはあくまで過程の話よ? 街道が整備されて、途中にいくつかの村や街が出来ました。するとどうなるかしら? もし戦争になったら、私達はマール連邦へ進軍が容易になる。そんなの、マールにとっては嫌よね?」
「……なるほど。アドラー帝国にとっても、わざわざこの現状を改善する必要がないから放置していたという訳ですね」
「そういう事。でも、最近は状況が少しずつ変わってきている。マールにいるあなたのお友達と取引をしたがる人間が増えてきて、うちの国の商人からもせっつかれているのよ」
私も、その話は聞いたことがある。
武田君がクラスメイトと一緒に開発した温度計、鉄の車輪や燻製の取引。
これが他国でも話題になっているとか。
(武田君もそうだけど、みんな頑張ってるんだなあ……)
「エマもスタリオン卿の燻製を食べたことがあるだろう? あれは本当に素晴らしい。パルティーヤ経緯で手に入れたが、最近はあまりこちらに流してくれないんだよ。直接マールとやりとり出来れば、どんなにいいか」
一度だけ食べさせてもらった事はある。
でもそれ以降はジェローム様がこっそり自室で、お酒のつまみに一人で楽しんでいるのを私は知っている。
「あなたって、かなり食に拘るものね。私も食べさせてもらったけど、確かにあれは美味しいわ。今後は燻製の他にも、色んな食べ物を広めていくんでしょうねえ」
その後も雑談を続けているうちに、ついにマール大要塞の入り口が見えてきた。
要塞前には私たちを出迎える兵と、たぶん──あれが武田君。
隣にいるのは結婚相手の女性かな? 遠目だけど、背も高くて、美人っぽい。
「はーい、マール連邦にご到着っと。二人共、身だしなみは整ってる?」
先ほどまでのだらけた雰囲気はすっかり消えて、陛下は強国の女王としての威厳を身に纏っている。
こうしてしっかり切り替えられるからこそ、ジェローム様も信頼して仕えているんだと思う。
「はい、問題ありません。エマはどうだい?」
「は、はい。なんだか、緊張してきました……」
「ふふっ、大丈夫よ。あなたのお友達なんだから、きっと優しく出迎えてくれるわ」
自堕落に生きてきた私が、この世界に根を張って生きてきた武田君と再会するのだ。なんとなく気後れしてしまうのは、仕方ないことかもしれない。
やがて馬車が止まり、私たちは馬車から降りた。
最初にジェローム様が降りて、次に私、最後に陛下。
そして武田君と妻の女性が、こちらに歩み寄って来た。
「やあ、初めまして。君がスタリオン卿かな? 私はジェローム・ウィンダル。アドラー帝国の宰相を務めている。以後、お見知りおきを」
「初めまして、ウィンダル侯爵。私がソウマ・スタリオンです。色々あってこの国に流れ着いてから、なんとかやっています。今後とも、どうか宜しくお願いします」
二人は握手をして、軽い挨拶を済ませた。
(……えっ、ちょっと待って! 武田君、めちゃめちゃかっこ良くなってる!?)
教室の隅で目にしていた、あの頃の彼とはまるで違う。
すっかり国の代表者であるかのような出で立ちで、鍛えているのか体つきもがっしりしている。
憂いを帯びたその目は、常に少し先の未来を見据えているような思慮深さが感じられた。
何より印象的だったのは、鼻の下から顎にかけて丁寧に四角く整えられた髭。
それが、彼の大人の余裕と風格を演出していた。
でもそれと同時に、まるで彼自身を守る鎧のようにも見えて──かえってどこか、アンバランスで甘い雰囲気を漂わせていた。
……って。
(いや、さっきから何考えてるんだ私!? 違う違う! これは──そういうのじゃないから!)
「初めまして、ウィンダル侯爵。私はソウマの妻、グラーネ・ジンバールだ。夫共々、どうか宜しくお願いしたい」
「初めまして、グラーネ夫人。なるほど、あなたがスタリオン卿を射止めた方ですか。……お美しいだけでなく、人を見る目も確かなようだ」
彼女はジェローム様に対して、がしりと力強く握手を交わした。
見た目の雰囲気もそうだけど、男勝りな性格なのかな。
武田君の妻である、グラーネさん。
私も女子の中では背が高い方だけど、グラーネさんはもっと高くて、色んなところが自己主張している。
っていうか、耳、動物の耳が付いてる! 普通の耳の上に、ふわふわした毛並みのやつ! すごい。
よく見ると、後ろに控えている兵もみんな小柄で、顔にはたっぷりと髭をたくわえている。多分あの人たちも、亜人なんだろう。
「さて、私からも挨拶させて貰うわ。私はグウィネス。アドラー帝国の女王をやっているの。スタリオン卿、グラーネ夫人。マールに滞在する間、どうぞよろしく」
「お目にかかれて光栄です、グウィネス女王陛下。陛下がご滞在中は、我が妻の屋敷で精一杯おもてなしさせて頂きます」
「噂に違わぬ美貌。貴女こそ、まさに生きた女神だ。今回のご訪問は非公式との事ですので、マールの地でどうかごゆっくりお寛ぎ下さい」
二人は、陛下に気後れする様子もなく堂々と接し、しっかり握手をしている。
……大人だ。
「それじゃあ、後はエマちゃんだけど……大丈夫? なんだかさっきから、様子が変だけど」
「……ひ、久し振り、武田君。なんだか、すっかり大人になったね。それから、はじめまして、グラーネさん。私の名前はエマ・シノザキです」
私は陛下に背中を優しく押され、二人の前でもじもじと挨拶をした。
……はあ、駄目だなあ、私。
「やあ、はじめまして、エマ。向こうの世界では、ソウマが世話になっていたそうだな。この国には他にも友人が暮らしているのだ、楽しんでいってくれ」
グラーネさんは私と握手をして、腕を軽く上下に振った。
その反動でふよふよと動く二つの物体を眺めながら──次の挨拶相手へと意識を集中させた。
(だ、大丈夫。クラスメイト、ただの友達なんだから……!!)
「よう、久し振りだな、シノザキ。……なんかその感じだと、ずっと引きこもってた感じか? それでとうとう、ウィンダル侯爵に引っ張り出された。みたいな?」
久し振りに会った級友に、思いっきりストレートで殴られた。
「はははっ! スタリオン卿はなかなか洒落た性格をしているね! そう、そうなんだよ。この子はずっと引きこもったままだったから、この機会に連れ出してみたという訳なんだ。くっくっく……」
ジェローム様は爆笑している。
まあ、そんな私を怒らずに見守ってくれていたんだし、感謝の気持ちしかない。
「……確かに、その通りだけどさ。流石に酷くない?」
「ははっ、悪かったよ。……でもまあ、無事で良かった。本当に」
武田君は意地悪な笑みから一転、私に対して優しく微笑みかけてくれた。
な、なんだその笑顔。ずるい!
(駄目だ。もう武田君の前で委員長ぶるのはやめよう)
今回のマール訪問。
彼から、彼の仲間たちから沢山の事を聞いて学んで、私も成長したい。
私がちゃんと大人になったら、武田君ともきっと普通に話せるはず。
……そうだよね? きっと。
別にちょっとかっこ良くなってたとか、全然全く関係ないし!
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