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13話 懐かしき級友、アドラー帝国の女王と共に②

「それじゃあ何故ここを訪れたのか、要点をまとめて話そう」 


「ええ。聞かせて下さい、ソウマ」


 俺はフィオナに、全てを話した。アドラー帝国のボズウェル家に、以前から目をつけられていたこと。


 その張本人が殺され、俺に疑いの目が向いていること。

 そして息子を殺された当主が、兵を率いて報復に動く気配があると──。


「……それ、ソウマさんに落ち度は無いのでは?」


「……ええ。私もそう思います」


 ヨアヒムとジゼルはそう言って俺を擁護してくれたが、フィオナは黙ったままだ。

 ただそれは単純に誰が悪いかどうかではなく、起こった事に対しどう対処するべきか、考えている顔。


 しばらくして、フィオナが口を開いた。


「予想されている向こうの兵力が一万五千。それに対しこちらが出せる兵力は……おそらく八千か九千。亜人の身体能力を考えれば、勝てなくは無いでしょう。……でも、それなりに犠牲は出ます」


 少し目を伏せてから、フィオナは俺を見つめた。


「あなたは、私の竜としての力を借りに来たという事ね? 三百年前のように、暴れて欲しいと」


「ああ、その通りだ。勿論、フィオナの力を借りずとも十分に勝機はある。でもあなたがいれば、犠牲者は格段に減る。……どうだろう?」


 俺はコタロウがマールに来てからすぐ、滑車を利用したコンパウンドボウの開発と量産に着手し始めていた。

 

 量産は多くの鉄人(てつびと)に手伝ってもらい、現在800本ほどを生産出来ている。

 矢の方も海人やグラーネの領民等にも協力してもらい、それなりの数を用意している。


 コタロウに人を殺す道具を作らせる事に思うところはあったが、本人は快く引き受けてくれた。

 俺やマモルが既に人を殺めている事を知って、お前達ばかりに背負わせないと言ってくれたのだ。

 

 ヨシトが俺達に合流してからは、更にその先の武器開発を加速させている。

 ただ当然、その程度の数のコンパウンドボウがあったとしても、犠牲は出る。

 なので、こうしてフィオナの力を借りに来たという訳だ。


「ソウマさん。その事については──」


「ヨアヒム、いいの。私が話すから」


「……はい」


 何か言いたげなヨアヒムを制止して、フィオナは右手をテーブルの上に置いた。


「いい? よく見ていて」


 俺はフィオナの言う通り、彼女の右手を注視した。


 まず最初に、かすかな違和感があった。

 彼女の白く細い指先が震え、ぴたりと止まった。


 ──めき、ぴしっ。ぱきっ。

 まるで、内部で骨に変化が起こっているような音。


「……っ、くっ、うぅ……っ」


 そこから、劇的な変化。

 前腕部がぼこりと盛り上がった後、中で何かがうぞうぞと(うごめ)き始めた。


 指の節が浮き上がり、肘から先の肌の色が黒く染まり始めた。

 彼女の魂が──私は竜なのだと、内から雄叫びをあげようとしているかのように。


 皮膚の下で変わらず蠢く何かと、更に浮かび上がる黒い鱗。

 数瞬──


 まさに変身。

 右手から前腕部が一気に膨れ上がり、ぎらぎらと鋭く曲がった爪が伸びる。


 テーブルに触れたその刃先がきいぃっと、嫌な音を立てて木を裂いた。

 まごう事なき異形の──違う、竜の腕だ。


 彼女を覆う鎧のような鱗は黒真珠の輝きを放っていて、その一振りだけで生物も無機物も容易く切り裂いてしまう、圧倒的な威圧感。

 そんな、重苦しい殺気を放っていた。


 (やはり、300年前の話は本当だった……!!)


 俺はその光景を、言葉を発する事も出来ずただただ見つめ続けた。

 目の前にあるのは伝説そのものだ。

 それを何か言葉にしようものなら、途端に陳腐なものに成り下がると思ったから。


「フィオナ様、もうお止め下さい! それ以上は命に関わります!」


 ヨアヒムの言葉にはっとして、フィオナの顔を窺う。

 彼女は痛みや苦しさに耐えているような表情を浮かべていた。

 歯を食いしばり、自らの力を制御するかのように。


 俺は自分の浅はかさを後悔しつつ、たまらず叫んだ。


「もういい! すまなかった、フィオナ。……やはり、今のあなたは昔のように戦えないんだな」


 ゆっくりと、竜の爪が引っ込んでいく。

 鱗は体内に吸収されるかのように、少しずつ白い肌に戻っていった。

 フィオナは側に控えていたジゼルからハンカチを受け取り、息を整えながら顔の汗を拭いていた。


「……まあ、こういう事情があるのだ、ソウマ。お前も予想していたようだが、フィオナは戦いには参加出来ない。ただ、安心しろ。フィオナ曰く、今見せてもらった《それ》は、そこまで体に悪影響があるわけでは無いらしい」


「……そう、なのか?」


 グラーネはフィオナの体について、予め知っていたようだ。

 それでも、やはり心配な気持ちは残る。


 そんな俺の不安を察してか、すっかり落ち着いた様子のフィオナが答えてくれた。


「私がこうなったのは、三百年前の戦いで力を使い過ぎたからです。先程のアレが体に負担というよりは、そもそも長い間この体が病に侵されている為、私の力が落ちているといった方が正しいでしょう」


 それが、彼女の事情。

 ──ああ、俺は今から、とても酷い事を言わなければならない。


「……フィオナ、事情は分かった。分かったが──その上で、頼みたい。あなたにはある場所でもう一度、それをやってもらいたい」


 俺の発言に、ジゼルからの視線が棘のあるものへと変わるのを肌で感じた。

 だが、それでも必要だ。だから頼むしかない。


「ソウマさん、あなたは何を……」


 当然、ヨアヒムも俺の意図が理解出来ないようだ。

 まだ何も説明していないのだから、仕方ない。


「二人とも、落ち着きなさい。……ソウマ。私はあなたが私に何をさせようとしているのか、何となく見当がつきました。あなたがやろうとしている事は、間違いなく正しい」


「それじゃあ、協力してくれるという事でいいのか?」


「マールの民が戦うのですから、私もそれくらいはやるべきでしょう。……でも、なんていうか……」


 そこでフィオナは言葉を区切り、じっと俺を見た。


「なるほど。対価として、何か報酬が欲しいという話か? 勿論、金銭的なものは当然、友人達と協力して何か技術供与的な──」


 俺の唇にフィオナの人差し指が添えられ、言葉が遮られた。

 彼女はむすっと、不満げな顔をしていた。


「……ねえ、グラーネ。この子はいつもこんな感じなの?」


「んん? くくっ。ああ、なるほどな。出会った頃はもう少し可愛げがあったが、私の影響もあるかもしれん。すっかり理屈っぽくなってしまったよ」


「ああ、そうなの。でもまあ、そうならざるを得なかったのでしょうね。それに、その方が為政者としては適格よね」


「そうだな。少し寂しさも感じるが、頼もしく育ってくれた。……それにな、あれだぞ? ベッドの上じゃ、ちゃんと私のことを可愛がってくれるんだ」


「あらまあ。その辺りは、またあなたと二人きりの時に聞かせてちょうだいね」


 よくわからない所で、ガールズトークが始まってしまった。

 居心地の悪さを感じつつも、俺に落ち度があったという事だけは分かっている。

 なので、ここは素直にフィオナに答えを聞こう。


「要望は可能な限り聞き入れる。まずは言ってみてくれないか?」


「そうねえ。タダ働きは別にいいのだけど、どうせならご褒美があった方がやる気が出るでしょう?」


「そうだな、その通りだ。あなたの望みはなんだろうか」


 俺はぬるくなったお茶を飲みながら、フィオナの答えを待った。

 彼女は少しだけ視線を揺らした後、きっぱりと言い放った。


「とても簡単よ。私、あなたの子供が欲しいわ」


「!? ごほっ、ごほっ!」


 グラーネに背中をさすってもらいながら、俺の呼吸が落ち着くまで話し合いは中断した。

 ようやく息が整った俺は、フィオナの要望について返答する。


「それが望みであれば、約束しよう。……グラーネ、構わないよな?」


「まあ、私に確認を取るまでも無いな。お前にとっても、ジンバールにとっても利のある話だ」


 これはつまり、ジンバールと竜人の結びつきが強くなることを意味する。

 俺自身の背後にも、族長であるフィオナの威光が燦然(さんぜん)と光り輝くこととなるのだ。メリットはとても大きい。


「ふふっ、良かった。私みたいなおばあさんが一生懸命迫ったところで、断られたらどうしようかなって思っていたのよ。……あなた達は、どう思う?」


「い、いえ! フィオナ様がそうお決めになったのでしたら、私は何も」


「はい、私も特には。……もし主様のお子を抱くことが出来ましたら、とても嬉しいです」


 ひとまず、ここにいる者の中で話はまとまった。

 ……まあ、もう一人の護衛については後で考えよう。


「フィオナ。その辺りは後払いとして、ボズウェルとのいさかいが一段落してからだ。これから色々と忙しくなるからな。……だが、本当に良いのか? この国で俺の子供を産むという事は、つまり俺の──人間の影響力が今まで以上に増えるという事だ」


 俺の言葉にくすりと笑ってから、彼女は真剣な顔で答えた。


「あなたの事に関しては、三年前の族長会議の辺りから情報を集めていました。……正直、驚きました。それと同時に、嬉しかったわ。この人間がいれば、マール連邦は再び強い国に生まれ変わる。ずっと、そう思っていたの」


 フィオナは少し窓の外を眺めた後、その鋭い目で俺を見据えた。

 まるで俺の考えなど、お見通しだというように。


「──我々亜人の事を、人的資源として見ているでしょう? その消耗を抑えるために、同族である人間をこの国に集め、血を流させようとしている。恐ろしいけど、この国にとっては必要な存在。だから私は、あなたと手を組みたいの」


 彼女の差し出した手を、俺は握った。


「契約成立だな。グウィネス女王がマールに到着するまで、五日くらいはかかると思う。それまで、もてなしの準備は勿論──お前達にも、やって欲しい事がある」


「我々にも、ですか? ソウマさん、それは一体何なのでしょう?」


「ふふっ、そんなに難しくないわ。私達はね、ちょっとしたお芝居をするの」


 フィオナの言葉に、ヨアヒムとジゼルは揃って首を傾げた。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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