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13話 懐かしき級友、アドラー帝国の女王と共に①

 初めて訪れたその場所は、牧歌的な雰囲気と、よそ者に対する不信感があった。


(まあ、歓迎はされないよな)


 竜人りゅうびとについて、グラーネから聞いた大まかな情報。

 彼らは獣人けものびとと同等、或いはそれ以上の身体能力を持っているが、出生率は獣人よりも低いとされる。

 それ故に竜人の数は減少を続けていたが、当然それを危惧する竜人は存在した。


 そんな彼らが何をしたかといえば、人間との交わりを選んだことだ。

 竜人と人間の間に子供が生まれた場合、血は薄まるがある程度竜人の特徴を持った子供が生まれる。


 絶滅するよりはマシだという現実的な竜人と、滅んだほうがマシだという竜人。

 種族間の中で対立はあるものの、族長のフィオナは前者の考えを持っている。


「もうちょっと人里から離れた場所かと思っていたけど、意外に近いんだな」


「そうだな。……私も数年振りだが、まあ……変わっていないな、ここも」


 100年程前までは、彼らの住処は崖を利用したものだったらしい。

 崖に穴を掘り住居や様々な施設を造り、移動の際は滑車や橋を利用していたそうだ。


 ただ余りに不便との事で、族長のフィオナは竜人の皆と話し合った。

 その結果として、ここに新しく里を築いたと聞いている。


 グラーネの領地から南東にある森林。

 俺とグラーネは緊急の要件を伝える為に、竜人の里に訪れていた。

 マールに来てから三年になるが、竜人の土地に足を踏み入れたのは今回が初めてだ。


「主様は、いつも我々の事を考えて下さっています。それなのに、里の連中といったら……」


「君はその点に関しては、特に意見みたいなものは無いのかな」


「はい、ソウマ様。私はフィオナ様がお決めになった事に、全て従います」


「くくっ。相変わらずだな、ジゼルは」


「はい、グラーネ様。あなたもお変わりないようで」


 彼女の名前はジゼル。

 竜人の族長フィオナの護衛をしていて、とても実直な人物。

 背は180を優に超えている。


 頭には小さい角が生えていて、ボブカットの茶髪に青い目。

 角以外は人間とあまり変わらないが、体の外側に少しだけ薄い緑の鱗がある。


 里の門番に族長に話があると伝えた際、案外すんなりと通してくれた事には驚いた。


 その後はジゼルが案内してくれているのだが、そもそもここには商人以外他の種族が殆ど訪れないらしい。

 俺達がここに来たという事自体がイレギュラーであり、それゆえ緊急性を含む事柄なのだと判断されたのだろう。


 そして族長の家に案内され、ジゼルは族長を呼びに行った。

 現在応接室のソファーで待っている最中なのだが、どうも空気が悪い。


「久しぶりだな、ロスヴィータよ。どうだ? 後で手合わせでもしようじゃないか」


「ふん、オマエとじゃれ合ってワタシに何の得がある。それより貴様、何の用でここに来た」


「それはフィオナが来てから話す。それまでは世間話だな」


「貴様、フィオナ様を呼び捨てにするな!!」


「……ロスヴィータ。私はフィオナから自分の事は呼び捨てでいいと言われているし、お前達からもっと親しみを込めた接し方をして欲しいと愚痴を聞かされたぞ。いつまでそんな調子でやっていくつもりだ?」


「黙れ! フィオナ様は我々の、マールの偉大なる守護者なのだ! 敬意を持って接する事の何が悪い!」


 グラーネはお手上げだと言わんばかりに両手を広げ、俺の方に助けを求めた。


 竜人の族長であるフィオナには三人の護衛がいる。

 先程からグラーネと舌戦を繰り広げているのが、護衛の一人であるロスヴィータ。


 人間の血が濃いか薄いかによって、竜人の容姿は変わる。

 彼女の家は代々竜人同士の婚姻を行っているので、護衛の中では一番戦闘能力が高いそうだ。


 見た目は180を超える長身で、黒い髪に黄色の目。

 耳の先が尖っていて、頭には黒い角も生えている。

 ジゼル同様に、顔と体の外側が薄緑色の鱗で覆われていた。


「……ええと、ヨアヒムさんだったかな? あなたも族長の護衛らしいが、族長と話す時に何か気を付けるべき事はあるだろうか」


 ロスヴィータという女は俺も対応が難しそうだったので、もう一人の護衛に話しかけた。


「ソウマさん、私の事はヨアヒムと呼んでいただいて結構ですよ。族長は温和な性格をしていますし、特に心配せずとも大丈夫かと。……実を言うと、私はあなたの工場で作られている燻製が大好きなんです。あれを酒の肴にするのが、私の最近の楽しみなもので」


「へえ、そりゃ嬉しいな。今の季節はあまり熟成させられないけど、冬になればもっと熟成出来る。釣れる魚も変わるし、違った味を楽しめるぞ」


「おお……。ふふっ、今から冬の季節が楽しみになってきました」


 恐らく護衛のリーダー的存在であるヨアヒム。

 背は190を超えていて、屈強な体格。

 角はロスヴィータより小さく、耳も人間より少し尖っているかなという程度だ。


 鱗もあるが、ロスヴィータより面積が少ない。

 多分、ジゼルよりは人間の血が薄いのだろう。

 物腰も柔らかく温和な性格で、総合的な評価で護衛に抜擢されたのではないだろうか。


「ヨアヒム! 貴様、何を馴れ合っている! どうせそいつが厄介事を持ち込んできて、フィオナ様のお力を借りにきたのだぞ!」


「はあ……。ロスヴィータ、お前はもう少し感情を制御する事を覚えろ。というかお前、昨日私と一緒にソウマさんのところの燻製を食べていただろ? 美味しかったくらいは言えるだろうに」


「あ、あれは違う! お前がどうしてもというから、仕方なく食べてやっただけだ!」


「……すみませんね、お二人共。こいつはとんでもない馬鹿ですが、悪い奴ではないんです」


「気にしないでくれ、ヨアヒム。うちの工場で新しい製造方法を試してるんだが、上手くいったら持ってくるよ。最近だと、チーズの燻製も作り始めてるようだな」


「へえ、いいですね! それは楽しみだなあ」


 小声で『チーズ……』と呟いたロスヴィータに視線をやると、慌てた様子で目を逸らされた。まずは餌付けして、少しずつ骨抜きにしていくのが良さそうだ。


 そんな話をしていると、床が軋む音が耳に入った。

 大きくはあるが質素な雰囲気の木造の屋敷なので、こういう時は分かりやすい。


 俺達は姿勢を正し、家の主を待った。

 やがて応接室の扉が開き、ジゼルが入ってきた。


「お二方、フィオナ様をお連れしました。……さあ主様、どうぞ」


「ありがとう、ジゼル」


 まず目に入ったのは、大きな黒い角と綺麗な長い銀髪。

 竜人としては背は低く、170を超えたくらい。

 切れ長で金色の目は宝石のようで、耳もロスヴィータと同じように尖っている。

 肌に纏う鱗の色は黒だ。


 一目見ただけで理解した。

 彼女こそ、まさに生物の頂点に君臨する存在なのだと。


「久しぶりですね、グラーネ。……そして、あなたがソウマさんね? 初めまして、私が竜人の族長フィオナです」


「ああ。久し振りだな、フィオナよ。……おい、ソウマ。何を固まっている?」


 グラーネに肘をつつかれ、我に返った。


「あ、ああ。はじめまして、フィオナ族長。俺の名前はソウマだ。この国に来てまだまだ日は浅いが、自分なりに頑張っている。どうかよろしく頼む」


 初対面の相手だし、何より彼女は300年前の生き証人なのだ。

 生物として完成された存在に敬服する思いと、昔の話も色々聞いてみたいという知識欲。頭の中がぐるぐるして、どう話せばいいか混乱する。


「あら。緊張しているのかしら?」


「緊張というか、その……。美しすぎて」


 ──しまった。

 言ったそばから顔が熱くなる。


 羞恥と後悔で頭が真っ白になり、体温が上がったり下がったり。

 ああ、もう……いてもたってもいられない。


「……!? ふふっ。もう何百年も生きているおばあさんなのに、口説かれちゃったわ」


「あっ! いや、その! なんというか、生物としての……美しさというか……!」


 ばつが悪くなった俺は、グラーネの顔を見た。

 グラーネは腹を抱え、静かに笑っているばかりだった。


 ヨアヒムは今にも笑いそうになるのを堪えていて、ジゼルは相変わらずむっつりした顔。ただまあ、機嫌を悪くしたという感じでは無かった。


 そう、一人を除いて。


「……ふざけているのか?」


 ロスヴィータはこめかみに青筋を立て、殺気を込めた視線を俺に向けている。

 グラーネとの会話から察するに、彼女にとって族長はほとんど神に等しい存在らしい。


 今の状況では──たとえ高級チーズを手土産に、地に額を擦りつけたとしても、許しを得ることは出来ないだろう。


「……ロスヴィータ。私はあなたにいつも感謝しているし、あなたの事は好きよ。でも、お願い。静かに話したいから、出て行きなさい」


「フィオナ様、しかし──」


「ロスヴィータ」


 静かだが、厳しさを感じる声。

 あの金色の瞳で咎められたら、引き下がるしか無い。


「……失礼しました」

 

 ロスヴィータは一礼をしてから、静かに退室した。

 少し気の毒になったが、これで落ち着いて話が出来る。


「……ねえ、ソウマ。両手を出して」


「? ……はい」


 差し出した両手を、彼女は両手で包み込んだ。

 生命の奔流を感じるような、暖かい手。


「そんなに萎縮されると寂しい。確かにあなたたちより強いけど、私だって笑うし、悩むし、怒るし、悲しみもする。……昔はちょっとだけ暴れてたけど、ただの寂しがりのおばあさんなの」


 散々に暴れて国を破壊し、神柱石まで叩き折ったと言われる目の前の女性。

 だがこうして触れ合う事で、繊細な一面も持つ人なのだと確かに感じられた。


「仲良くしましょう、ソウマ。私の事は、フィオナと呼んでくれたら嬉しいわ」


「……分かったよ、フィオナ」


 俺の緊張を解きほぐしてくれたフィオナは、嬉しそうに微笑んだ。

 ──さて、時間が惜しい。そろそろ本題に入るべきだ。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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