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12話 ジンバールの子供達と、合流したクラスメイト④

(とはいえ、俺にとってもターニャは特別な存在になっている)


 この世界に来てから数年が経ち、最近俺の中で変化が訪れた。

 種馬の神能が影響しているのかは分からないが、性欲が増しているのを実感する日々を送っていた。


 しかしそこで気掛かりになるのは、俺の結婚相手であるグラーネの存在だ。


 彼女は獣人(けものびと)という亜人であり、特定の時期に訪れる繁殖期にしか性行為をしない。

 なので、俺の欲求の行き場がない時間の方が多いのだ。


 グラーネは自分以外と結婚するなと言っている訳ではないし、俺が娼館に行くことも多分咎めないだろう。

 ただ、俺の気持ちとしては、そんな理由で結婚相手を探すのは気が引けたし、娼館に通うというのも気が進まなかった。


 そんな俺にとってターニャという存在が目の前に現れたのは、まさに渡りに船という思いだった。


「あの、ソウマさん! 何してるんですか!? その、早く、お願いします」


「あ、ああ! 悪い、今行くよ!」


 窓から上半身を覗かせたターニャが、俺に向かって催促をしている。

 ふるふると揺れる大きな胸により、また理性を刺激されてしまう。

 ひとまずお互いの欲求を解消すべきだと、急いで彼女の元に向かった。




 そして、しばらく経った後。

 すやすやと寝息を立てて眠るターニャを確認し、俺は服を着て立ち上がった。

 ポケットの中の懐中時計を見ると、三時間程の時間が過ぎていた。


(……まあ、このくらいなら普通か。五時間とか六時間の時もあるからな)


 窓の外を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 帰る時は、ミドリにランタンを借りなければならないだろう。


 ターニャの部屋から出ると、一階から明かりが見えた。

 下に降りると、台所で料理をしているミドリがいた。


「悪い、遅くなった」


「ゆうべは おたのしみでしたね」


「昨日の話じゃねーだろ」


 定番のセリフに軽くツッコミを入れ、ミドリが何を作っているか気になったので覗いてみる。

 どうやら、白米を土鍋で炊いてるようだった。


「へえ、ご飯を炊いてるのか」


「うん。誰かさんと誰かさんがね? お腹すいてるかなって。何か小腹に入れる物でもってさ」


「……やっぱ声とか、聞こえてたか?」


「ソウマ君はともかく、ターニャは凄かったねえ。この季節だから仕方ないけど、窓も全開だったよね? 倉庫の方にも、ちょっと聞こえてた」


「ああ……。俺達のせいで、この農場はいつも人手不足だよな。悪い、本当に」


「あっ、違う違う! 別に迷惑に思ってるわけじゃないから、大丈夫だよ? むしろソウマ君を面倒事に巻き込んだのは、私の方なんだしさ」


 面倒事なんて、とんでもない。


 お互いの存在がお互いにとって、プラスになっているのだ。

 ターニャの境遇には同情しているし、彼女が穏やかに暮らせるように出来る限りの事をしたいと思っている。


「……結構、損な性格してるよな。お前」


「それ、ソウマ君が言う? 君もなかなか、人のこと言えないと思うけど」


「俺はいいんだよ、別に」


「ふーん? ……あっ、そろそろ炊けたっぽい。お茶漬けでいい? ソウマ君のとこの工場で作った、魚の燻製をたっぷり乗っけてさ」


「おお、マジか? 燻製は色んな食べ方があるけど、お茶漬けも美味いよなあ。茶葉はパルティーヤのやつか?」


「そうそう。昔この世界に来た日本人が栽培したのか分からないけど、緑茶が手に入るのはいいよねー」


 世間話をしながら、ミドリが手際よくお茶漬けを作っていく。


 二年前、俺は種馬の報酬として貰った金貨三千枚の使用用途を考えた。

 その使い道の一つとして、海人うみびとの領地に燻製工場を建てることにした。


 海人達の反感を買わないように、働く者の七割は現地の海人を雇う取り決めを族長であるレイラと交わした。

 工場が稼働し始めたのは一年前で、近頃はパルティーヤの商人との取引も増えてきた。


 そして最近、なんとヨシトが温度計を作ることに成功した。

 これにより、今後作られる燻製の質は更に上がるだろう。

 温度計自体は他のことにも使えるので、ヨシトには感謝の言葉しかない。


「さ、出来たよ。座って座ってー。ターニャは寝てるみたいだし、私も食べちゃおっと」


「ああ、一緒に食おうぜ」


 俺達は椅子に座りテーブル越しに向かい合うと、お互いにいただきますのポーズをした。


「それでは! いただきます!」


「いただきます」


 お茶は冷たい水で作られているので白米の熱さを気にせず、するすると口の中へ入れることが出来た。

 魚の燻製の強い風味と塩気と、お茶の渋みが絶妙だ。


「くっはー! たまらん! ね、ソウマ君も美味しい?」


「ああっ、これはっ、たまらん」


 俺はあっという間にお茶漬けを平らげ、茶碗をテーブルに置きその上に箸を乗せた。


「ちょっ! もう食べちゃったの!? 早食いは良くないよ? もうちょっと噛んで食べないとさー」


 そんな事を言っていたミドリもかなりのペースでお茶漬けを食べ、二人の夕食はあっという間に終わった。


「ふー。思いがけず美味いものにありつけた。ありがとな」


「いえいえ、どういたしまして……って、うひゃひゃひゃ! ちょっとちょっと、ソウマ君! ご飯粒! 髭にご飯粒付いてるって!」


「マジか? ……ああ、確かに」


 俺は口元の髭に付いていたご飯粒を親指で取り、口の中に放り込んだ。


「しっかしまあ、すっかり髭面が定着しちゃったねえ。確か、グラーネさんが言い出したんだよね?」


「そうだな。種馬の仕事をする時、お前は髭を生やしておけってさ」


「それで、グラーネさんとにゃんにゃんする時は髭を剃ってるんでしょ? なんかさ、グラーネさんも案外可愛いとこあるんだなって」


 ミドリの言った通りで、俺は二年前辺りから鼻の下から顎を四角で囲むように髭を生やし、整えている。

 

 髭の手入れは定期的にアルゴルにやってもらい、その度に駄賃を払っている形だ。

 久しぶりに俺の顔を見たクラスメイトは驚いていたが、今は殆どの者が慣れたのか特に何も言ってこない。


「にゃんにゃんって、お前……。でもこの髭も案外役に立つんだぞ? 他所の国の人間とやり取りしてると、『貫禄が出てきましたね』って言われたりするし」


「へー、舐められない為にっていう狙いもあるんだ」


 そんなどうでもいい話をしていたが、今日ミドリに会った時の彼女の様子を思い出した。


「まあ、髭の話はもういいだろ。そういえば、最近なんかこの農場であったのか? 様子が変だったからさ」


「ああ、あれね……。最近、農場の周りを変な人たちがうろついてるんだよね。多分、ターニャに酷い事してた奴らだと思う」


「……なるほど。それは怖いよな」


「悪いんだけど、なんとか出来ないかな? ……ターニャも折角落ち着いてきたのに、あのゴミクズども……」


 普段穏やかな態度のミドリにしては珍しく、強い嫌悪感が表情に出ていた。

 二人の身の安全を考慮すると、早急に対処する必要があるだろう。


「それじゃあ、こういうのはどうだ? グラーネに頼んで、腕っぷしに自身のある女の獣人けものびとを何人か紹介しよう。それで、この農場で暮らしながら働いてもらう。もう一軒家を建てる必要があるけど、まあ金は俺が出すよ」


「……うん、それがいいかも。ごめんね、いつも頼ってばかりでさ」


「気にするなよ。とりあえず、話が具体的に決まるまではタリアに任せようと思ってる。しばらくここで寝泊まりする事になっても大丈夫か?」


「あ、うん! タリアさんならよく知ってるし、私たちも安心だよ」


「んじゃ、そうしよう」


 そこに、外から蹄の音が聞こえてきた。

 誰かが農場を訪ねてきたらしい。


「あれ? こんな時間に誰だろう」


「俺が遅いから、誰か様子を見に来たのかもな」


 思った通り、やって来たのはグラーネだった。


「やあ。こんばんは、ミドリ。ソウマの話し相手になってくれていたようだな。くくっ……私はてっきり、まだターニャと励んでいる最中かと」


「こんばんは、グラーネさん。ターニャはすっきりしたみたいで、眠ってますねえ」


「そうだ、グラーネ。お前に相談したい事がある」


 グラーネに対し、ミドリ達の抱えているトラブルを相談した。


「なるほど。ならば、ソウマのやり方で対応するとしよう。ひとまず、今晩からタリアをここで生活させる。それで構わないか?」


「はい! 本当に助かります、グラーネさん」


「ふふっ、気にするな。……そして、ソウマ。どうやら私達も、厄介事に巻き込まれたようだ」


 声の様子から、それなりのトラブルである事は理解出来た。


「どんな厄介事だ?」


「それは屋敷で話そう。お前が外出していた間に、アドラー帝国のジェローム・ウィンダルという大貴族と……確か、エマ・シノザキだったか? 二人の手紙を預かった使者が来た」


「……懐かしい名前だな」


 近頃は割と呑気に暮らしていたが、平和というものはふとした事で俺達から離れていってしまう。

 だからこそ、俺は退屈な日々を有り難く思うようになったのだ。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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