12話 ジンバールの子供達と、合流したクラスメイト②
「おや、どうしたソウマ? 話題を広げられたくないからといって、まさか育児を放棄するつもりではあるまいな?」
しかし、流石は我が妻。
俺のつまらない浅知恵など、当然のように見透かされていた。
「いやいや、そんな事はないさ。……そうだ、どうせなら子供達も連れて行かないか? 親子水入らずで、散歩でも」
「くくっ。物は言いようだな、全く……。それじゃあ、私達は出かけてくるとしよう。……ブルーノ、留守番を頼む」
「はっ! いってらっしゃいませ」
最近はマールの中で忙しなくしていたが、たまにはこんな時間も必要だ。
「おとうさま、だっこして」
「ん? ああ、勿論いいぞ。さっきは泣かせて悪かったな、モニカ」
「えへへ。おとうさま、だいすきー」
「私の両手も空いているが、お前達はどうする?」
グラーネは両手を広げ受け入れる姿勢を取るが、息子達は首を振った。
恥ずかしいという気持ちもあるのだろうが、同じ男として気持ちは分かる。
こういう時は、強い男として振る舞いたくなるものだからだ。
「ふむ、ならば行こうか。ま、どうせすぐそこだしな」
グラーネの言う通りで、俺達の目的地は屋敷から10分もかからない場所にある。
子供の歩幅を考えゆっくり歩き、目的の場所に着いた。
ここは何の場所かというと、クラスメイトの為に作った生産拠点だ。
中々の広さで、まだ未使用の工房や部屋も多いが、マールで暮らしている職人達も少しづつではあるがここを利用し始めている。
拠点の真ん中にある広場に目をやると、友人の二人が何やら話していた。
二人は俺達に気付いたらしく、手を振り歓迎してくれた。
「おお、ソウマじゃないか。グラーネさんとお子さんたちも、こんにちは!」
「おう。散歩がてら、様子を見に来た。ほら、お前達。父さんの友達に、ちゃんと挨拶出来るかな?」
「「こんにちは」」
まだ人見知りなところはあるものの、我が子達はぺこりとお辞儀をすることが出来た。
「やあ、コタロウ。ヨシトと二人で世間話でもしていたのか?」
「そんなとこっすね」
「どうも、グラーネさん。うはー、相変わらず三人とも可愛い! ……しっかしまあ、あのソウマが結婚って。未だに違和感あるんだけど」
そんなヨシトの軽口に、俺も適当な軽口で返した。
「ま、この世界で生きる為に必要だったからな。ヨシトもそのうちいい人が見つかるって」
「うぜー」
佐久間 小太郎。
《鍛治師》の神能を持つ友人であり、社交的な性格。
俺とマモル以外のクラスメイトの中で、一番最初にマール連邦に来てくれた。
リヒトブリックの城下町で職人として生活していたそうだが、皆と一緒の方が楽しいだろうというのがここに来た理由らしい。
そしてもう一人の友人、矢島 嘉人。
《発明家》の神能を持っていて、やや引っ込み思案な所がある友人。
他のクラスメイトと共にしばらくパルティーヤで活動していたが、そいつと仲違いした事を切っ掛けにマールに移住。
高校では、科学部で活動していた。
「ややっ! ソウマ氏ではありませんか! それに、グラーネ氏にお子さん方まで! むっふうー! レオナルド君のリアルケモミミ最高ー!!」
「うわ、出たよ」
「こらこら、ヨシト氏? こんな美少女に対して、その言い方はあんまりなのでは?」
彼女の名前は、片岡 阿紀奈。
《芸術家》の神能を持っていて、向こうの世界では美術部に在籍。
ノヴァリス神聖王国で貴族にパトロンをしてもらい活動していたが、その貴族が失脚。
厄介事に巻き込まれないうちにと、俺達の所へ逃げてきた。
「はははっ! 相変わらずアキナは面白いな。レオナルド、別に怖がらなくてもいいぞ?」
「は、はい。アキナさん、こんにちは」
「うんうん、こんにちはー! モニカちゃんとユリウス君も可愛いねえ!」
「ど、どうも……」
「……」
ユリウスも兄と同じようになんとか挨拶を返すが、モニカは俺の胸の中に顔を隠してしまった。
モニカは普段家族の前では大人びた様子を見せたりしているものの、年相応の部分も持ち合わせているようだ。
「くくっ、モニカ? こいつは結構面倒見がいい奴なんだ。お前がもう少し大きくなったら、一緒に遊んでもらおうか」
「……うん」
「ありゃりゃ、怖がらせちゃったかー……。モニカちゃん、また今度お姉ちゃんとお話しようね? ……あっ、そうだ! ソウマ氏に前から頼まれてたやつ、大まかなデザインが出来たよ。どう? 見てみる?」
「おっ、そうか。じゃあ確認させてもらおうかな。グラーネ、モニカを頼んだ」
「ああ、分かった」
俺はグラーネにモニカを預け、アキナと共にアトリエに向かった。
彼女のアトリエは他の工房から離れた場所にあり、ある程度静かな環境で作業が出来るように配慮されていた。
「とりあえず、そこ座っててね。あっ。その辺、刃物とか注意でござるよ」
「了解」
言われた通り、ベッドに腰を下ろした。
仮眠用とはいえ、眠りの質にはこだわるタイプらしい。
質素ながらも丁度いい沈み具合だ。
「そういえば、ソウマ氏のお屋敷。かなり出来上がって来たよね。グラーネさんの屋敷と、通路で繋ぐんでしょ? 我が輩、結構楽しみでごわす」
「そうだな。今は鉄人の職人やセンゾウに頑張ってもらって、内装を仕上げてるところだ。……ていうかアキナ、誰もいないし普通に喋っていいだろ。疲れないか? それ」
「うっ……。確かに結構疲れるんだよなあ、これ。じゃあ普通に話そうかな」
アキナはこの国に来てから、自分の存在を強調する為なのか変な話し方をしている。
亜人が沢山いるから、自分が無個性に感じているのかもしれない。
『俺達、もう成人してるんだぜ? 大人になろうよ』、とは言えなかった。
そんな事を思った後、俺は頭の中で屋敷を建設するに至った経緯をなぞる。
──俺が今住んでいるのは、グラーネの屋敷だ。
そこにクラスメイトも身を寄せているが、今後人数が増える事を考えた場合。
当然、部屋数の問題が出てくる。
そこで俺は、以前ルガール国王陛下とエリノアから貰った金貨三千枚のうち一部を使い、グラーネの屋敷の隣に俺の家──スタリオンの屋敷を建てる事にした。
外観は、ほぼ完成。
内装が終わった後は二つの屋敷を通路で繋ぎ、自由に行き来出来るようにする予定だ。
それぞれ別々に食事をするより、皆で顔を合わせて食卓を囲む方が自然。
その辺りはグラーネと相談して決めた。
そして何より、この屋敷を作る一番の理由がある。
俺の種馬としての依頼を、スタリオンの屋敷で遂行出来るようにする為だ。
今まではそれらの依頼を、グラーネの屋敷で行っていた。
だが、依頼の対象である女性が屋敷に泊まり込むとなると、どうしても彼女らは気を使ってしまう。
気の弱い女性などは、我が妻の気配だけでも緊張してしまうようだった。
もちろん、グラーネは気にしていない。
あくまで相手女性の問題であり、だからこそ早急にストレスを解消する必要があった。
となると、やはり俺の屋敷を作るのが手っ取り早い。
まさか妻の屋敷の敷地に小屋を建て、『さあここです』と案内するわけにもいかないのだから。
「……い。おーい、おーい! ソウマ君、大丈夫?」
「? ……っああ、すまん。ちょっと考え事してた」
我に返った俺の前に、心配そうな顔をしたアキナが立っていた。
その手には一枚の図面らしきものが握られている。
「ま、ソウマ君も色々大変だもんねえ。じゃあ、本題に戻ろっか。前から頼まれてたやつ、見せてあげる。さて、心の準備は出来たかね?」
「ああ、見せてくれ」
アキナが図面を広げて俺の前に差し出す。
「じゃじゃーん! どうよ? これ」
「おおっ! すげー! かっこいいな!」
「でしょー? ふふーん」
思った以上の出来に、つい男子高校生時代のノリが出てしまった。
旗の生地色は濃い青。そこに蹄鉄を下向きに配置し、上から剣を通したデザイン。
シンプルながらも上品な印象だ。
蹄鉄は〈幸運の象徴〉、剣は〈覚悟と責任〉の表れとして──このデザインはそんな意図を込めて、俺がアキナに頼んだものだ。
「私は裁縫は苦手だから、実物の旗作りは他の職人さんにやってもらってね」
「ああ、分かった。金は明日持ってくるよ」
「うん、了解ー。……ところでソウマ君、最後にミドリちゃんのとこに行ったのはいつ?」
「ん? いや、最後に行ったのは……五日前、かな」
「あー……」
俺の返答に、アキナは微妙な反応を見せた。
「あのね、昨日ミドリちゃんのとこに遊びに行ったの。ミドリちゃんはいつも通りだったけど、その、さ。同居人の子が……。わ、分かるでしょ!? 私の言いたいこと!!」
「……なるほど、今から行くよ。ありがとな、アキナ」
「うん。あの子、いい子だから。お願いね」
俺はアキナのおかげで行くべき場所をもう一つ思い出し、一度グラーネ達の元へ帰った。
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