1話 召喚、そして牢獄へ④
「それで? 私が何を思い、こうして酒を煽っているかお前には分かると言っていたな? 申してみよ」
二杯目を飲み干し、答えを待つ。
「手塩に育てた娘を、どこぞの知らない男に差し出すのです。国の為とはいえ、貴方は国王である前に父親でしょう? ……これで何も思わない人間に、私はあまり仕えたくはありませんね」
「驚いたな。人間のそういう感情に対して、関心が無い男とばかり思っていたぞ」
「関心が無かったら、人々の揉め事に首を突っ込むような真似はしてませんよ」
「なるほど、それもそうか」
娘によると、この男は娘の前だともっと砕けた様子で話すようだ。
私はこの男について、いつも硬い様子でいる姿しか知らない。
だが揉め事を解決するには、当事者達とある程度打ち解けた関係を築く必要がある。そちらが本来の性格なのか、それとも必要だからそう振る舞っているのか。
まあ、娘が雇った男なのだ。私としては、仕事が出来てさえいればそれでいい。
「……陛下。第一王女である我が雇い主を、次の玉座に就かせたい。そういう事で宜しいですね?」
真剣な表情で、男はそう言った。
誰かに話すことは無いだろうし、権力に興味がある人間ではない。確認の為の質問。そう解釈した。
「そうだな、娘以外はあり得ない。第一王子は野心が強すぎるし、第二王子は逆に権力というものに関心が無さ過ぎる。……そもそも、為政者としての能力は第一王女が抜きん出ているのだ。当然の判断だろう」
体が弱い事を除けば、我が娘の政治家としての能力はとても優れている。
そう、父親である私が羨む程に。
だがもし、その病弱な体がどうにかなるとしたら?
もしそうなれば、話は変わる。
国内だけで手一杯だった平凡な王である私が、安心して玉座を退くことが出来る。
「陛下のご判断、感服致しました。そうであるなら、この私も覚悟を決めましょう。今まで以上に粉骨砕身で事に臨み、我が雇い主を次の玉座に」
必要な事とはいえ、娘には辛いことをさせる。
それでも、あやつは王族なのだ。
才ある者に王位を継がせたいと思うのは、至極当然。
「私が本音を見せたのだ、お前も少しは見せろ。我が娘の元で働く理由は何なのだ? まあ、金払いがいいというのもあるのだろうが」
とは言っても、そこまで金銭に興味があるような人間には見えない。
それなら、何がこの男の原動力になっているのか。
「そうですね……まあ、多少の愛国心もありますが。単純に、面白そうだと思ったからです」
「ほう? 詳しく話してみろ」
「私は小さい頃から、ずっと周りの人間の事を観察して生きてきました。その結果、ある程度ですがその人が何をすれば喜び、何をすれば怒るのか。対象の人間をある程度観察すれば、分かるようになりました」
男は酒を一口飲み、話を続けた。
「ですが、我が雇い主は違った。見えないのです、底の部分が」
「それは娘の本質的な面、ということか?」
「言葉は難しいですが、今はそう表現させて頂きます。なんというか……目の前にいるのですが、どこにもいないような」
男の言葉に納得してしまう自分がいた。確かに、娘は小さい頃からそういう所があった。
笑顔をあまり見せないが、私は勿論、亡き妻が喜ぶような事を率先してやってみせていた。
それでも、ふと娘に視線をやると、何も見ていないような目で私達の事を眺めているような事が度々あった。
妻はやがてそんな娘を気味悪がるようになったが、私は変わらず愛し続けた。
そして妻が八年前に病で亡くなった後、娘は人前でそれなりに笑顔を見せるようになった。
私を元気付けようという気持ちがあったのだろうし、私も娘に励まされたという自覚はある。
妻が亡くなってからは、三人の子供達との時間を少しでも作るよう努力した。
そういった時間の中には、政治に関する話をする時間も含まれていた。
娘の才能に気づいたのはその時だ。
しかし妻の体の弱さも受け継いだのか、娘は静かな国で療養生活をする事になった。このままあの国で静かに暮らして欲しいという気持ちは、正直今もある。
だがもし私の身に何かあった場合。無関係ではいられないし、碌な後ろ盾もない現状は危険過ぎる。それならば、いっそ女王になってしまえばいい。
「私は平凡な人間だが、娘は違う。良くも悪くもな。……正直に申してみよ。あやつに女王が務まると思うか?」
「結局のところ、仕える人間や友人次第かと。我が雇い主は、第二王子のように権力欲については希薄です。独裁者にはならないでしょうね」
「友人か……。今のあやつは、屋敷に籠もって本ばかり読んでいるそうだからな。一応、彼の国の貴族である女性とそれなりに関係が続いているようだが」
「ああ、彼女の事ですか。あの亜人の女性に関しては、今は大した権力も無いそうなので役に立たないかと」
「損得の話ではない。仲の良い者がいる、という事実が重要なのだ。……ふう。作戦については分かった。下がって良いぞ」
強引に話を切り上げた。やはりこの男との会話は気が滅入ってしまう。
男は残りの酒を飲み干し立ち上がり、一礼をするとドアに向かう。
しかし何かを思い出したかのように振り返ると、物言いたげな表情を見せた。
「何だ? 何か報告し忘れていたことでもあったのか」
男は私に近づくと、小声で報告した。
「……その、陛下。例の作戦に、第二王子が参加したいと仰っています。どうなさいますか?」
「あやつが? ……まあ確かに、娘とは仲が良かったからな。お前が問題ないと判断するのであれば、参加させて構わない」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
一人になり気が抜けた私は、品がない行為だと思いつつもソファーに寝転び仰向けになった。
(……ついに動き始める、色々なものが)
そう遠くない将来、私は何らかの形で命を落とすだろう。そんな予感がする。
別に死ぬのは怖くない。ただいつ死ぬか、どう死ぬかは重要だ。
(どうか、今回の作戦が良き結果をもたらすものであって欲しい)
このままでは睡魔に負けてしまう。そう思っても、今更体を起こす気にはならなかった。
風邪を引かないようにと自らの体に念じ、そのまま眠りについた。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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