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11話  暗殺者③

 ジェローム様はドアをノックすると、部屋の主に伺いを立てた。


「グウィネス女王陛下、ジェロームに御座います」


「どうぞー」


 軽すぎる返答に困惑してしまったが、ジェローム様は特に気にすることなくドアを開けて入室する。

 私も彼に倣い、ぎこちない足取りで執務室へと足を踏み入れた。

 そしてドアを閉めた後、私たちは机の少し前で足を止める。


「女王陛下におかれましては、本日も大変──」


「あー。いいから、そういうの。で、ジェローム。話ってのは何? まあ、例のぼんくら息子についてなんだろうけど」


(うわ、なんて綺麗な人なんだろう……)


 私が初めてお会いしたグウィネス女王陛下の印象。

 そんな、何のひねりも無いものだった。

 だって、そうとしか言えないから。


 年齢は多分、20代後半。

 長い金髪をゆるく巻いていて、質素な造りではあるものの、気品のある真紅のドレスで豊満な体躯を着飾っていて、目の色は灰色。


 アクセサリーはあまり興味がないのか、ネックレスと左手薬指の指輪のみ。

 背は多分、私と同じくらいで160後半だろうか。


「とりあえず、適当に座りなさい。私もそっちのソファーに座るから。……ふー、よっこいしょっと」


 陛下は目を通していた書類の束を机に放り投げ、おっさんのような仕草で立ち上がった。

 私の中にあったグウィネス陛下のイメージは一瞬で崩れ去った。

 けれど、その立場を思えば、やさぐれてしまうのも無理はない。

 おいたわしや、女王陛下。


 部屋の中心にあるテーブルにはソファーが三つ用意されており、私とジェローム様はその一つに並んで座った。


 陛下は空いているソファーの前で立ち止まり、少し考える素振りを見せると、何故か私の隣に座った。

 スペース的には十分余裕があるけど、落ち着かない。


「えっと、その……。じょ、女王陛下?」


「あら、どうしたの? ……ふふっ、かーわいいっ」


 肩を抱き寄せられ、豊かな胸の感触が二の腕に伝わる。

 香水もほのかに香る程度の優しいもので、私の好みと合っている。

 なんだか新しい扉が開きそうな気分になっていると、ジェローム様が助け舟を出してくれた。


「女王陛下、あまりその子を苛めないで頂けませんか? いきなりこんな場所に連れてこられて、とても緊張しているようです」


「えー? 別にいいじゃない、ちょっとくらい」


 ──こんな場所に連れてきたのは誰なんだ。

 内心、突っ込みたくなりつつも、私は早く本題に入るよう急かすことにした。


「陛下もお忙しいでしょうし、早速本題に入りましょう。そうですよね? ジェローム様」


「ああ、そうだね。……陛下、僭越ながらボズウェル子爵の次男の件について、既にスタリオン卿に手紙を送ってしまいました。後日私とこの娘、エマの二人でマール連邦に向かう予定です。宜しいですね?」


 女王陛下は肩をすくめながら、あっさりと了承した。


「へえ、流石ジェロームね。その程度の僭越ならいつもやってるし、いいんじゃない? あなたは宰相の役職に就いているから、基本的には議会の話を聞く必要があるけど。でもあいつらは馬鹿だし、待っていられないわ。今回の件は、特にね」


 話が終わってしまった。

 それで、この後はどうすればいいのだろうか?


 女王陛下の貴重な時間を奪うのもいけないが、かといって謁見の時間が短すぎるのも良くない気がする。

 なので、今回の件で一番気になっていたことを二人に聞いてみることにした。


「そ、その。私はこういった機会に恵まれてこなかったので、これから事態がどう転ぶか見当も付きません。アドラー帝国とマール連邦で、戦争になったりするのでしょうか?」


 私の発言にジェローム様と女王陛下は顔を見合わせ、大きな声で笑い始めてしまった。何かおかしなことを言ってしまったようだ。


 二人が笑っている姿を困惑しながら眺めていると、ひとしきり笑った後の女王陛下に肩を叩かれた。


「はぁ……久し振りに大笑いしたわ。でも、ごめんなさいね、エマちゃん。別にあなたの事を馬鹿にしている訳じゃないの。そうよね? ジェローム」


 私の肩を撫でながら、陛下はそう言った。

 そんな私はただ、曖昧な笑みを浮かべているだけ。


「くっく……ええ、そうですね、女王陛下。むしろ、我々は政治の世界に長くいたせいで、エマのような市民が抱く疑問そのものを、いつの間にか理解出来なくなっていたかもしれません」


 ジェローム様はいつもの落ち着いた声でそう言いながら、自らの内面に問いかけているようだった。


 この二人が理解していて、見えているもの。

 同じようになれたなら、私は大人になったと言えるかもしれない。


「そうね、私も気を付けないと。……はあ、なんだか喉が渇いちゃった。あなた達、紅茶はいるかしら?」


「ええ、是非」


「あ、はい。私も、喉が乾いてしまいました」


 陛下は呼び鈴を鳴らし、部屋の外に控えていた侍女に紅茶を持ってくるよう命令した。

 紅茶が来るまで世間話ということになりそうだ。


「そういえば、気になっていたのよね。あなたのそれ、ちょっと見せてくれない?」


「はい。どうぞ、ご覧下さい」


 仕草で、何のことか理解した。

 私はかけていた眼鏡を外してからハンカチで清め、テーブルの上に置いた。

 相手が相手だし、手渡しというのもなんだか失礼な気がした。


「どれどれ、ちょっと失礼……ええ!? ちょっとちょっと、ジェローム! エマちゃんの眼鏡、凄いわよ!? 何これ! こんな綺麗に加工出来るものなの!?」


 たまに異世界モノの漫画を読んだりすることはあるが、まさに漫画の登場人物のような反応をしてくれている陛下の反応が面白い。


「陛下、その眼鏡は彼女が父親からプレゼントしてもらった物だそうです。くれぐれも、献上しろなどと言わぬようお願いします」


 冷静な態度のジェローム様。

 以前、眼鏡を見せた際に、陛下と同じような反応をしていたことは黙っておこう。


「なっ……心外ね、ジェローム。あなたは私がそんなことを言うような人間に見えるっていうの?」


「……ところで、エマ。マール連邦と戦争になるのか気になっていたね。その質問に答えよう」


「あ、はい。お願いします」


「ちっ。こいつ、話を逸らしたわね」


 そんな態度が許されているであろうジェローム様は、私が気になっていたことについて話し始めた。


「先ほどは笑ってしまったが、戦争というものをどのように定義するかにもよる。結論からいうと、戦闘は発生するだろう。だが、アドラー帝国がマール連邦に対し兵を動かすことは無いよ」


 戦争は起きないが、血は流れる──ただの女子高生だった私にとっては、違いが全く分からない。


 それでも理解するために、この世界に、私の軸を合わせよう。

 クラスメイトを助けるために、それは絶対に必要な工程だから。


「……それはつまり、ボズウェル子爵の私兵のみが動く、ということでしょうか?」


 緊張と不安で、鼓動が早くなっている。


 仮に、一貴族の私兵のみなら。何がどうなるのか。どれほどの規模なのか。

 マール連邦のみんなは、無事でいられるのか。


 口から出た言葉以上に、頭の中には問いが溢れていた。 


「そういう事。後はまあ、ボズウェル子爵に弱みを握られている貴族なんかも兵を幾らかは出すのかしら。多分、多く見積もって……一万五千くらい?」


 陛下のそれは、まるで市場の果物の値段でも話しているかのようだった。

 ようやく、実感し始めた。

 ここは命の数を、こんなにも軽く数える世界。


「ええ。その位の数が現実的でしょうね」


 ジェローム様も、それに軽やかに頷いた。

 二人にとっては、これが“よくある話”なのだ。


 二人の態度とは裏腹に、私はすっかり冷静な気持ちではいられなくなってしまった。


 一万五千もの大軍が、マール連邦にいるクラスメイトを脅かす。

 心配するなと言われても無理がある。


「あっ! ごめんなさいね、エマちゃん! そうよね、お友達が心配よね? ……なるほど、こういう視点の事か。ジェローム、エマちゃんを安心させてあげなさい」


 不安な気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。

 陛下は私を抱き締め、優しく頭を撫でてくれた。

 もう大丈夫ですと陛下に告げると、落ち着きを取り戻した私にジェローム様は話を続けた。


「心配になる気持ちは分かる。でもね、それでもマール連邦は大丈夫なんだ。エマ、それは何故か分かるかい?」


 まず思いつくのは、あの巨大な建造物。

 300年前から変わらずそこにある、歴史の象徴。


「……マール大要塞があるから、ということでしょうか?」


「うん、マール大要塞の存在も大きい。だが、それ以外に大きな理由があるんだ。周辺国がマール連邦に対し、積極的な軍事行動を起こせない理由がね。さて、それは何だろう?」


 私はこの世界に来てから、様々なジャンルの本を読んできた。


 当然、この大陸の歴史に関する本も、その中に含まれている。

 その知識を見せてみろということらしい。


 暫く考え、一つだけ思い至った事がある。

 ”その存在”を疑問に思いながらも、私はそれを口にした。


「ええと、……竜人りゅうびとの族長が存命だから、ですか? ……本当に、実在するんでしょうか? その、おとぎ話とかではなく」


「へえー! よく勉強してるのね、エマちゃん」


 どうやら正解だったらしい。ジェローム様も満足そうに頷いている。

 と、そこに執務室のドアがノックされる音が聞こえた。


「女王陛下、失礼します。紅茶をお持ちしました」


「ええ、ありがとう。どれどれ……お茶請けは焼き菓子ね。うん、美味しいわ」


 紅茶の準備も始まらぬうちに、陛下はお菓子を口に放り込んだ。

 先ほどまで大量の書類とにらめっこをしていたのだ、脳が糖分を求めるのは必定。

 とはいえ、些か品の無い行為なわけで。


「わあ、美味しそう! 私も頂いちゃいますね」


 そう言ってから、便乗して焼き菓子を一つ。

 陛下だけに、品の無い行いをさせるわけにはいかない。

 焼き菓子を頬張ると口の中に甘い味が広がり、幸せな気持ちになった。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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