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11話 暗殺者②

 次の朝。

 いつものように疎外感を感じながら朝食に参加していると、屋敷の主から話しかけられた。


 この屋敷では、基本的に家族との食事中に会話をすることが殆どない。

 じゃあ私は要らないのでは? と思ったけど、彼がこういう時間、形式を重んじる人なのだということで納得している。


「そういえば、エマ。最近巷で起きている物騒な事件について、以前話した事があったのを覚えているかい?」


「はい。覚えています、ジェローム様」


 ジェローム・ウィンダル侯爵。

 アドラー帝国の中でも有数の貴族であり、実力者。

 年齢も30代半ばであり、健康の心配もない。

 

 経済的にも豊かで、政治的な立ち回りもスマートでありながら時に大胆。

 そんな彼が何故私を拾ったのかは分からないけど、そろそろ私も彼に対し恩を返すときが来たと思う。

 ……何か、役に立つことをしなければ。


「そうか。それでね、今朝方に聞いた話なのだけど……ボズウェル子爵についてだ」


 声色は穏やか。

 が、明らかにその背後に重さを感じ取れる様子だ。私は身構えた。

 ボズウェル――確か、アドラー帝国でもそれなりの影響力を持つ家だったような。


「ええと、はい。……ボズウェル子爵の、次男についてでしょうか? 確か、マール連邦にいる友人にちょっかいをかけているとか……」


 前にその話を聞いたときは『武田君も大変だなあ』と、どこか他人事のように思っていた。

 いつの間にか、問題が大きくなっていたとは。


「そうだね。それで、その次男坊についてなのだが……どうやら、殺害されたようだ。今朝、寝室で首を切断された状態で発見されたらしい」


 どこの誰が死んだとか、殺されたとか、処刑されたとか。

 この国では、ありふれた話だ。

 だから、知らせそのものには特に驚きはしなかった。


 それどころか、その犯人をすぐ思い浮かべることが出来た。

 けれど、それは気取られるわけにはいかない。

 私は眉根をほんの僅かに寄せ、悲しい知らせに驚いたふりをした。


 ──本当は、思いっきり舌打ちをしたかったけど。


「……それは、物騒な話ですね」


(あの、馬鹿!! 散々やることやっておいて、私にケツ拭かせようってこと!?)


 有り得ない。何とかしてやるとは言ったけど──

 これは、私にどうにか出来る範疇を超えている。

 よりにもよって、殺した相手が最悪過ぎる。


 ボズウェル子爵の次男であるダニエルは、貴族の立場を利用して随分と無茶をしていた。

 

 彼は以前から種馬である武田君に興味を持っていて、アドラー帝国にある我が屋敷まで顔を見せるようにと、手紙をしきりに書いていた。


 当然ながら暗殺や襲撃等のリスクがあるため、最初は武田君も丁重に断わりの手紙を送っていたそうだ。

 それでもしつこく手紙が送られてくるので、ある時期からは手紙そのものを受け取らない対応を取っていたらしい。


 そして話はつい最近のことになる。


 しびれを切らしたダニエルは、事前に連絡も取らず妹と共にマール連邦に入国。

 武田君が暮らすジンバール家に直接顔を出すと、妹を抱かせてやるからアドラー帝国に拠点を移せと、無理難題を押しつけた。


 当然、要求は拒否され屋敷から追い出される始末。

 逆恨みで報復を考えている最中に今回の事件が起こった、というのが事の顛末だろう。


「ああ、本当にね。……エマ、単刀直入に聞こう。今回の件、君の友人であるスタリオン卿の仕業だと思うかい?」


「……私の記憶の中の彼は、思いつきで軽率な行動はしません。特に今回のように、何の得にもならないような真似は絶対にしない人物です」


「父上、そいつは友人を庇うために嘘をついているだけなのでは? 女王陛下に謁見し、議会を開き対応を話し合うべきです」


 ブラッド・ウィンダル。

 ウィンダル家の長男であり、私の主なストレスの要因といっていい存在。

 いつも私を見下した態度を取っているが、そのくせ私の体に下卑た視線を向けることも欠かさないという男。


 母親や妹たちには気遣うところもあるが、私に対しては一貫して態度が悪い。


 ジェローム様は素晴らしい父親であり、人格者だと思っている。

 実際、私が長女であるヘレン様と次女であるキャスリン様ともいい関係を築けているのは、彼の教育によるところが大きいだろう。


 彼の妻であるラウラ様は私のことを良く思っていないようだが、長男のように露骨な態度は見せない。

 長男だけが例外なのだから、このまま波風を立てずやり過ごすのが一番。


「ブラッド、お前の意見は求めていない。憶測で人を貶めるような真似はしないように」


「……失礼しました、父上」


「だが、女王陛下に謁見はしなければならない。……と、いうわけでだ。エマ、君も私と来なさい」


「……あの。……私が、ですか?」


 顔を上げると、ジェローム様はニコニコしながら私を見ていた。

 三年も同じ屋敷で暮らしているのだ。これは意地悪なことを考えている顔だと、すぐに分かった。


「おや、聞こえなかったかな? 私と共に参内さんだいするよう言ったのだが」


「……その、聞こえてはいました。でも、あの。女王陛下に無礼を働いてしまわないか、不安でして」


「ジェローム、彼女の言う通りよ。女王陛下の不興を買わないよう、貴方だけで参内すべきよ」


 ラウラ様、ナイスアシスト。

 その理由が自分の息子を差し置いて、居候の娘が女王陛下に謁見することが許せないという理由だとしてもだ。


「ラウラ、理屈で考えてみろ。現在この国において、スタリオン卿の事を一番知っているのはエマだ。ならば、女王陛下も彼女から話を聞きたいと思うのは当然だろう?」


「……」


 圧倒的な正論の前に、ラウラ様は黙るしかない。

 長男からの憎々しげな視線を受け流しつつ、私はジェローム様に提言した。

 もう事態は動き出したのだから、やれることをやろう。


「参内の件、覚悟致しました。……その、ジェローム様。差し出がましいようですが、王宮に向かう前にスタリオン卿宛てに手紙を書いて、送ってしまうべきかと」


「……ほう。それは何故かな?」


 ジェローム様は興味深そうな態度で私の言葉を待っている。


「ボズウェル子爵は、とても子煩悩なお方と聞いています。そんな彼が独断専行に走らぬよう迅速な対応を国内に示し、貴族諸侯に対し牽制する必要があります。その点、ジェローム様のある程度の専横なら女王陛下はもちろん、他の王族も理解を示してくれるのではないかと」


「──素晴らしい!」


 食事中だというのに、彼は立ち上がり、私に向かって拍手を送った。

 主の突然の行動に、控えていた侍女たちも家族も困惑した表情を浮かべる。

 拍手をひとしきり終えると、ジェローム様は何事もなかったかのように腰を下ろした。


「……いやいや、失敬。ふふ、やはり私の目に狂いは無かったようだ。エマ、食事が終わったら私の書斎に来るように。一緒に手紙の内容を考えよう。ああ、そうだ。君もスタリオン卿に手紙を書きなさい。分かっているだろうが、君達の世界、君達の国の言葉でだ。さあ、食事を早く済ませてしまおう」


 ジェローム様の言葉に従い、食事のペースを速める。

 コルセットの存在は気になるが、体力を使う日になる。

 だから、食べられる内に食べておこう。




 場所はアドラー帝国の王宮に移る。


 荘厳な王宮に足を踏み入れた瞬間、まるでお上りさんのように圧倒された。

 やはりジェローム様の権勢の影響なのか、突然の謁見も難なく許可が下りた。


 謁見は女王陛下の意向で玉座ではなく、執務室で行われるようだ。

 今は執務室の前にある長椅子で、ジェローム様と待っているところ。

 ぴかぴかに磨かれた大理石の床を眺めながら、深呼吸をして気持ちを整える。


「エマ、緊張しているかい?」


「……それはもう、かなり」


 コルセットを巻いているせいで、正直ちょっと気持ち悪い。

 質素なドレスと化粧で戦闘態勢は整っているものの、やはり来るんじゃなかったと後悔の念が湧いてきた。


「安心したまえ。女王陛下は君に気を遣って、執務室での謁見という形にしてくれたのだと思うよ」


「そうなのですか?」


「ああ、女王陛下も何かと苦労しておられる。……恐らく、君を気に入ってくれるんじゃないかな」


 グウィネス女王陛下。

 アドラー帝国の女王ではあるが、国家の運営は評議会が担っている現状ではお飾りといっていい存在。


 夫であるジェフリーはアドラーの政治体制に疑念を持ち、女王がより女王らしくいられるようにという使命に燃えていたと聞いている。

 だが、そんな彼を誰かが邪魔に思ったのか、五年前に何者かの手によって暗殺されてしまった。


 以来、女王陛下は軽い神輿として扱われてしまっているというのが実情。


 そんな事を考えていると、執務室の中から呼び鈴の音が聞こえた。

 いよいよ謁見の時間だ。

 私たちは立ち上がると、お互いの姿を確認しつつ自らの身だしなみを整えた。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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