10話 ソウマ・スタリオン③
エリノアとの別れから月日が流れた、ある日の事。
俺はグラーネの寝室の前で、その時を待っていた。
側にはマモル、タリア、アルゴル、ピーター、オーレリアがいる。
うろうろと廊下を歩く俺に対し、アルゴルが気を遣い声を掛けてくれた。
「……旦那様。こういう時はどっしり構えているべきかと」
「あ、ああ。そうだな、アルゴル。ふう、俺も大人しく座っているか……」
俺は皆と一緒の長椅子に座り、深く息を吐いた。
隣に座っているマモルから、ぽんぽんと肩を叩かれる。
「ふふっ。大丈夫だよ、ソウマ様。あのね? 獣人は出生率はあまり高くないけど、出産の時は無事に生まれてくる場合が殆どだから。だからきっと、大丈夫。ね?」
「……ありがとう、タリア」
俺は額の汗を拭うと、天井を見上げた。
そして少し前に早馬によって、出産の報が届いたエリノアの事を考えた。
男女の双子。
エリノアは十日程前に無事出産を終え、男の子をラファエル、女の子をマリアンヌと名付けた。
これにより、王位継承権第一位はエリノアだとルガール国王陛下は正式に宣言したそうだ。
リヒトブリックの内情は不明だが、第二王子のヘクトルはこれを指示するだろう。
肝心の第一王子であるジークベルトについては、残念ながら反発するのが明らか。
エリノアも生まれた子供達も、どうか無事でありますように。
「ソウマの旦那。陣痛が始まってから、十時間ほど経ちました。以前モリスさんに聞きましたが、獣人の場合初産ですと、そろそろのはず……あっ!」
赤子の泣き声。どうやら一人目が産まれたようだ。
獣人は出産の際、出産する本人がどの動物の影響を受けているかで、生まれる人数もある程度分かるそうだ。
そうなると、ライオンの血を受け継いでいるであろうグラーネにはまだ頑張ってもらう必要がある。
何も出来ない自分がもどかしい。
「こっ! これは! 素晴らしい! 何という事だ! カミラ、丁重に、丁重にだぞ!」
「モリスさん、ちょっと落ち着きな! それにしてもまあ、なんて可愛い!!」
「ああ、ああ! 今まさにジンバールの、マールの歴史が動き始めたのだ!」
出産に立ち会っているモリスとカミラの声が聞こえる。二人とも凄い喜びようだ。
「先ほどの赤ちゃんの泣き声……モリスさん達の様子から察するに、これはそういう事なのかもしれませんね」
静かだが、喜びを隠せない声でオーレリアはそう言った。
確かに泣き声に関しては、俺も少し違和感を覚えていた。
だが皆の不安を煽るまいと、何より自分が不安な気持ちで押し潰されないよう口には出さなかった。
「……オーレリア、やっぱりそうなのかな? ふふっ、だとしたら凄いね!」
「旦那様、あなたとグラーネ様は凄い事を成し遂げたのかもしれません」
「な、なんだ? 皆は何か知ってるのか?」
「へへっ、ソウマの旦那、ご心配なく! 楽しみは後に取っておきましょうや」
俺とマモルは顔を見合わせるも、皆の言う通り大人しく出産が終わるのを待つことにした。
それから40分ほどするとドアが開き、モリスが顔を出した。
その顔には疲労と、何よりも喜びが満ち溢れていた。
「ソウマ様、無事に出産が終わりました。さあ、お入り下さい」
「分かった。……モリス、ご苦労だった。本当にありがとう」
俺は静かにグラーネの寝室に入ると、部屋の隅にある丸椅子を持って彼女の側に近づいた。
出産を終えたばかりの彼女は全身汗まみれで、顔には疲労の色を浮かべていた。
いつもの飄々とした顔では無かったが、とても愛しく大切に思えた。
「グラーネ、無事か?」
「……ああ、ソウマか。ふふっ、酷い顔をしているぞ? とりあえず、座ってくれ」
「ははっ、そうだな」
俺は丸椅子に腰掛けると、グラーネの手を握った。
「ソウマ、私達の子供は? 抱かせてくれ」
「ああ、ちょっと待ってろ」
俺は三つの籠が置いてある大きな机に近づいた。
そして皆が何を言いたかったのか、すぐに分かった。
確かにこの子は、ジンバール家の運命を大きく動かす切っ掛けになるかもしれない。
そんな存在を暫しの間、眺めていた。
「……おい、ソウマ。何をしている? 早くしろ」
「ああ、すまん。モリス、赤子を抱くときは頭を支えるんだよな? 間違っていたら教えてくれ」
「はい、勿論。そう……そうです。ささ、グラーネ様の所へ」
俺は産まれたばかりの子を抱き、グラーネに見せてやった。
「!! ……ああ……なんと愛らしい……。ソウマ、私にも抱かせてくれ」
「いいか? そっとだぞ? 優しくな?」
グラーネは我が子を優しく抱くと、穏やかな笑みを浮かべた。
産まれた三人の子供のうちの一人は、とても特徴的な外見をしていた。
耳の数は通常の獣人とは違い、動物由来の耳が二つだけ。
手足の指の数は我々人間や獣人と同じではあるものの、体に動物のような毛が生えている。
顔も通常の獣人とは違い、ライオンと人間を掛け合わせたような顔つきだ。尻尾も生えており、まさにゲームやアニメに出てきそうな見た目。
そして、俺はそういう存在が実際に目の前にいる事が何とも不思議で、ここは異世界なのだという気持ちを一層強くさせた。
「グラーネ、他の二人も抱いてやれ。それとモリス、マモル達を部屋の中に」
「かしこまりました」
俺は他の二人の子供も抱き上げ、グラーネの両隣に寝かせてやった。
代わりに俺は毛むくじゃらの子を抱き上げ、腕の中に収めた。
「うわ、うわ、うわ! やばい、やばいんですけど!」
小声で叫びながら、すっかり興奮状態のタリアが静かに近づいてきた。
「タリア、その子はやっぱり……?」
「うん、オーレリア。この子、『親帰り』だよ。ホントに凄い……」
親帰り。
初めて聞く言葉だった。
皆の反応からすると、相当珍しいケースなのだろう。
「タリア。親帰りというのは何なんだ? 良ければ教えてくれ」
「えーっと……モリスさん、代わりにお願い」
「ソウマ様。親帰りというのはご覧の通り、通常の獣人より更に動物の特徴を色濃く持って生まれた者の事です。過去に存在した親帰りですが、新しい記録で300年前まで遡ります。かつてのマール王国に於いて、豊穣王の片腕として戦場を駆け回っていたとか」
「なるほど。やはり身体能力も普通の獣人よりは高くなるのか?」
「そのようです」
モリスの言葉に、俺は黙って頷いた。
この場で口にはしないが、俺はどうしても300年前の事を考えてしまい不安になる。
本で得た知識によると、豊穣王は俺と同じ《種馬》の神能を持つ人間だったらしい。
彼は神能を持つ仲間達と協力し合いマール王国を強い国にしたが、妻と結婚してからは種馬の役割を放棄していたそうだ。
しかし周辺国の暗躍により、妻が暗殺されるという事件が起きた。
そこから大陸全土を巻き込む大戦が始まる。
その結果マール王国は敗れ、国家は解体されマール連邦となった。
過去と現在、大陸には五つの国があり、かつてはそれぞれの国に神柱石が存在した。
そして100年に一度、順番のようにどこかの国で神柱石による召喚が行われた。
戦争の過程と結果により、旧パルティーヤであるシャールダン公国、マール王国の神柱石は破壊され、その影響を受けたのか数百年ぶりに俺達が召喚されたという訳だ。
種馬が召喚された時代に、同じように親帰りの獣人が生まれる。
もう一度、神能の力を自覚し自らを強く戒めた。俺は豊穣王のようにはならない。
「……ソウマ、考えすぎは毒だぞ。しかしまあ、男が二人、女が一人か。モリス、生まれた順番は?」
「親帰りの男の子が一番目、二番目が女の子、三番目に男の子ですな」
「そうだわ。二人とも、子供の名前は決めてあるのかしら?」
オーレリアの言葉により、いよいよ肝心の名前をお披露目する機会となった。
「ああ、勿論決めてあるぞ。ソウマ、皆に教えてやれ」
そうだ。今はただ、子供達の誕生を喜ぼう。俺は深呼吸し、晴れやかな気持ちで子供達の名を告げた。
「いいか? この毛むくじゃらがレオナルド、女の子がモニカ、もう一人の男の子がユリウスだ」
皆の穏やかで暖かい祝福。俺は腕の中ですやすやと眠るレオナルドに、父親として優しく微笑みかけた。
《第1章・完》
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次章では、ソウマのクラスメイトたちが登場し、物語はさらに加速していきます。
引き続き、お楽しみいただければ嬉しいです!




