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10話 ソウマ・スタリオン①

 翌朝。俺達は死体の後始末をしつつ、出国するルガール国王陛下とエリノアを見送る為に、屋敷の外で作業をしていた。

 だが、死体の後始末を主に行っているのは俺達ではない。

 屋敷の庭では20人ほどの海人が、死体を荷馬車に乗せる作業を行っている。


 タリアとアルゴルは、ダレルの屋敷に預けたモリス達を迎えに行ってもらい、そのままグラーネの屋敷へと一足先に帰らせた。


 ルガール国王陛下はこの国に10人ほどの護衛を連れてきていたが、彼らは鉄人の街にある宿屋に宿泊していたらしい。

 国王の護衛の数にしては少ないのではと思ったが、あまり護衛が多すぎても移動が遅くなるし、余程重要な人物を護衛しているのだなと気取られるのを避けたかったようだ。


 ただ、流石に帰りはそうも言っていられない。

 身籠った時期女王候補も加わるのだから、道中は万全を期すべきだ。


 そこでタリア達にダレル宛の伝言を託し、帰国の旅路には新たにダレル率いる10人の護衛が加わることとなった。


「そら、お前達! 作業が遅れているぞ! しっかりと働くのだ!」


「まあそういってやるな、グラーネ。彼らも慣れない仕事で大変なんだろう」


 野次のような適当な指示を出していると、彼らの主が申し訳なさそうに話しかけてきた。


「……あの、ソウマさん? いえ、ソウマ様。確かに賊を集めたのは私ですが、その、もうそろそろ……」


「いや、駄目だ。お前の部下達には俺達が指揮を出すから、終わるまでそうしていろ」


 水の入った大きなタライの中で、足は無いが土下座のような姿勢を続けているレイラ。

 王族のいる屋敷に賊をけしかけるという、大逆を犯したのだ。

 本来ならば、殺されても文句は言えない。


「ソウマ、その辺りで許してやろうではないか。レイラ族長自らが質の低い賊を集め、襲撃が失敗するよう仕向けた。一応、そなたに襲撃を教えようともしていたのだろう? ……功もあれば、罪もある。だが皆、無事であった。それに免じ、咎めはせぬよ」


 俺達の側で海人達の作業を眺めていたルガール国王陛下は、特にレイラに対して怒っている様子は無かった。


「賠償金などは一切請求せん。だがな、レイラよ。その代わりに約束しろ。遠く離れた我々の代わりに、ソウマの事を支えよ。彼はエリノアの、かけがえのない盟友となったのだ」


「……ありがたきお言葉、痛み入ります。国王陛下の寛大なるご裁定、レイラ、この身に刻みましょう。――それはそれとして! いやあほんと、大変でしたの! 弱い賊達を集めて、お金と酒と女でその気にさせるのには骨が折れましたわあ!」


「よかったな、レイラ。頭を上げていいぞ。……いずれにせよ、30人は多いと思ったが」


 襲撃の可能性を聞いても、ルガール国王陛下は護衛を駐留させなかった。

 娘との時間を、なるべく静かに過ごしたかったというのもあるのだろう。


 襲撃者の数を見誤ったという事に関しては、俺達が何か言えるような立場ではない。

 国王は、間違わないのだから。


 レイラには、俺達を殺すつもりは無かった。

 森人の族長主導でそういう動きが見られたため、させてたまるかとレイラが名乗りを上げたというのが事の真相だ。

 

 マール連邦、パルティーヤ共和国、アドラー帝国の三国の間には荒れた土地が広がっており、レイラは配下を向かわせ、そこに住み着いている賊の中から適当に見繕(みつくろ)い声を掛けたらしい。

 疑問だった賊の入国方法については、マール大要塞の関所を通らずに山を超えるという方法を採用したそうだ。


 マール大要塞に連なる山々はかなりの傾斜があり、鎧で身を包んだ兵士達が山を登るというのは現実的ではない。

 だが登山用の装備をした比較的身軽な者達であれば、ごく一部の者だけが知っている安全なルートを辿り登る事が可能との事。


 どうせ彼らを生かして帰らせるつもりはないのだから、その事が他国に漏れる心配は無い。

 賊達はレイラの配下達に先導され、山を越えマールに密入国。登山用の装備を山の(ふもと)に隠し、暗闇に紛れてエリノアの屋敷を襲撃したというのが一連の流れなのだろう。


「ルガール国王、追加の護衛は本当に十名だけで良いのか? まあ、ダレルもいるのであれば心配ないと思うが……」


「心配には及ばんよ、グラーネ。事態も一段落したのだ、君はまず自らの家を再興することに専念するがよい。……私も家の事情に関しては、他人に対してとやかく言える立場では無いがな。はっはっは!」


「くくっ、お互いに問題は山積みのようだ。だが貴方にはもう、エリノアという心強い味方がいる。……ああ、そういえば、ソウマ。近頃忙しくてお前に言い忘れていたことがある」


 ぽん、と俺の肩を叩き、グラーネは告げた。


「無事、お前の子を身籠もることが出来たようだ」


 グラーネは自らの下腹部を撫でながら、誇らしげな笑みを見せた。

 頭をぶん殴られたような気分だ。

 俺とレイラは口をぽかんと開けたまま、何を言うべきか言葉が出ずに困ってしまった。


「なに、それは(まこと)か!? いやあ、なんと喜ばしい! 無事に生まれたら、祝い金を送らんとな!」


 突然の告白にも関わらず、国王陛下はすんなりと受け入れ喜んでくれた。

 これが王者の風格というものなのか。


「……ソウマ、お前は喜んでくれないのか?」


 不満そうな表情で俺を見つめる我が妻。物のついでのように言われてしまっては、反応も薄れてしまって当然だろう。


「いや、お前……はあ。そんなの、嬉しいに決まってるだろ? とりあえず、体には気を付けないとな……」


「……グラーネ、あなたはもう少し雰囲気というものを大切にするべきですわね」


「ははっ! まあ、確かに突然過ぎたな。今後は気を付ける。……ルガール国王、先ほど祝い金の話をしていたが不要だ。既に金はソウマが十分受け取ったし、それ以外にも大きな贈り物を貰い受けた。そうだろう? ソウマ」


 俺は国王陛下に対し頭を下げ、再び感謝の言葉を伝えた。

 いくら感謝しても足りないほどの物を、手に入れる事が出来たからだ。


「……ルガール国王陛下。爵位を授けてくださり、誠に感謝しています」


「うむ。マモルには辞退されてしまったが、そなたは爵位があった方が良い。リヒトブリック国内においては、今回の襲撃を撃退した褒美として叙爵(じょしゃく)し、男爵の位を授けた。そのように喧伝しておこう」


 金貨三千枚。


 それが国王陛下とエリノアからの、種馬の仕事を果たした俺に対する報酬だった。

 俺はいまいち価値が分からなかったが、グラーネやアルマ達の様子から相当な額を渡された事だけは分かった。


 爵位に関する書状。


 これは種馬の仕事への報酬の一つとして、昨夜の夕食の後に受け取っていた。

 だが表向きの建前としては、王族を襲撃した賊を撃退した事への褒美。

 その方が、波風が立たないだろうから。


 種馬がリヒトブリック国王から、爵位を授かった。


 この事実が広まれば、俺に対して危害を加えようとする奴は減っていくはずだ。

 しかし、そのような威光にも、勿論例外はある。

 万能の盾にはなり得ないという事だけは覚えておく。


「お父様、荷造りは粗方終わりました。……はあ、少しは手伝ってくれてもよかったのに」


 荷造りを終え、玄関からエリノアが出てきた。

 荷造りや掃除に関してはアルマ、イライザ、ウルスラ、エメリンが行っている。

 マモルは死体を見たくないとの事で、ライエルと一緒に納屋で馬の世話と馬車の点検を手伝っている。


「うっ……。いや、お前も年頃だろう? あまり荷造りの現場に立ち会わん方が良いと思ったのだが」


「はあ? そんな気遣いをされる方が鬱陶しいわ」


 いくら王族といえど、そこは父親と娘の会話。

 しょぼくれた国王陛下の顔に思わず笑ってしまいそうになり、慌てて口元を手で隠した。


「おいおい、朝っぱらから親子喧嘩など勘弁してくれ。……ああそうだ、エリノア。私は無事、ソウマの子を身籠ったぞ」


 エリノアはしばらく停止し、やがて何かを諦めたように口を開いた。


「……いくら何でも、唐突過ぎるわ……。でも、おめでとう。あなたの事だから祝い金はいらないと言うでしょうけど、私とお父様の私財から出させてもらうわ。つべこべ言わずに受け取りなさい。いいわね?」


「エリノアにこう言われてしまっては、受け取るしか無いな。諦めよ、グラーネ」


 グラーネは腕を組みながら、降参の意を表した。


「二人がどうしてもと言うならば仕方ない。丈夫な子を産んで、有り難く頂戴するとしよう」


 金に関しては、無いよりはあった方がいい。

 子供を育てる際、大いに活用させてもらおう。


「国王陛下、王女殿下! 馬車の準備が終わりました、問題無さそうです」


「ふー。結構大変だったなあ」


 そんな話をしていると、ライエルとマモルがそれぞれ馬車を一台ずつ引きながら会話に加わってきた。

 一つは大人数が乗れる造りの馬車で、もう片方は荷物を積むのが目的の荷馬車だ。


 そして丁度いいタイミングで、死体の片付けも終わったようだ。

 レイラは部下の報告を聞くと、海人達に撤収の指示を出した。


「さて、それでは我々はこの辺りでお(いとま)させて頂きますわ。ルガール国王陛下、エリノア王女殿下。お二人がどうか息災でありますように」


「うむ。そなたも息災でな」


「はい。レイラ族長も、どうかお元気で」


 レイラはタライの中で優雅に一礼をすると、部下達に荷馬車に乗せられ去って行った。


 残る作業はほんの少しで、つまりは別れの時が近い。

 俺は少し感傷的な気分になりながら、皆に呼びかけた。


「これで静かに見送りが出来るな。……それじゃ、早いとこ荷馬車に荷物を積んでしまおう」


「ええ、そうね。ほら、お父様も今度こそ手伝うのよ」


「あ、ああ。分かっているさ、エリノア」

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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