9話 俺の覚悟と、マモルの決断③
「よし、縛り終わったな。アルマ、国王陛下達を呼んできてくれ。タリア、ウルスラと一緒に警戒を頼む。残る俺達はこいつらを全力で監視だ」
やがて、アルマが国王陛下達を連れて戻ってきた。
国王と王女は寝間着、エメリンはアルマと同じ戦闘用の給仕服に、両手に金属製の無骨な手甲を装備していた。
「皆、無事で何より。そしてこやつらが賊の生き残りか。……ライエル、生かしておく必要はあるのか?」
「特に無いかと」
「だろうな。ならば、速やかに始末せよ」
「は!? いや、おい! 話が違うだろうが!!」
賊達にとっては希望を打ち砕かれた形だ。ぎゃあぎゃあと喚くも、当然の結果でしかない。
「ソウマ、お前は二人殺せ。マモルには一人殺してもらう。残りはまあ、俺でいいか」
ライエルは淡々とそう告げた。
まるで、食事の配分でも決めるように。
「……さっき二人やったけど、まだ足りないって事か?」
聞き直すような事ではない。
それでもまだ躊躇いが残っているのが、俺が生ぬるい世界にいたという証拠に他ならない。
「ああ、全然足りない。お前達はもっと、命を奪う事に慣れる必要がある」
最初から、理解している。これはライエルなりの、俺達に対する餞別なのだ。
「……了解」
ならばそれを、受け取ろう。
この先の道は、どうせ血に塗れている。
「ひっ!! い、嫌だ! 頼む、やめ──!」
拘束された賊の背後に回り、頭を抑え素早く喉を切り裂いた。
もう一人の背後に立つ。ぶるぶると震えながら何かを呟き、股間からアンモニア臭を漂わせていた。
頭を掴み、同じように喉を掻き切る。
凄まじい嫌悪感と吐き気を覚えつつも、俺はそれらを呑み込んだ。
そのうち、何も感じなくなるのかもしれない。
それが良い事か、悪い事かは分からない。
「……流石に抵抗出来ない人間を殺すのは、キツいな」
俺は息を整えながら、震える指先を眺めた。
「お見事。それでもやれるっつうんだから、お前は凄いよ。……マモル、お前の番だ」
ライエルの言葉により、マモルに視線が集まる。
極限の状況に迫られ、堪らずマモルは感情を爆発させた。
「こっ、こんなの、無理だっ! おかしい、おかしいよ! 出来ない、僕には出来ないっ!!」
友人の悲痛な叫び。
どこか異形な生き物を初めて見るような目で、俺を見てさえいる。
……そうだな、気持ちは分かる。
けどな、マモル。
お前は俺の気持ちが分かるか?
「……アルマ。あなたの短剣を私に貸しなさい」
「へっ? あ、はい! こちらをどうぞ!」
エリノアはアルマから短剣を受け取ると、右手で短剣を抜き、左手に残った鞘を地面に放り投げた。
そして賊の前まで歩み寄ると膝を突き、賊の肩を掴み喉を切り裂いた。
すぐさま同じように、もう一人の喉も切り裂く。
俺と違い、正面から行ったせいで全身が返り血で真っ赤に染まっていた。
余りにも凄まじい光景を目撃し、俺達はしばらく言葉を発する事が出来なかった。
エリノアは顔を拭いながら立ち上がると、マモルの前で立ち止まり、短剣を無理矢理握らせた。
そのままマモルの手を血に塗れた両手で優しく包み、話しかけた。
「……マモル。私は今、初めて人を殺めました。でも後悔はしていません。何故だか分かりますか?」
「……分かりません、エリノア王女」
「我々リヒトブリックの王族は、神柱石を利用してあなた達を召喚しました。そのような事が、何百年も前からずっと行われていたのです。ですが、この世界の人間はあなた達を利用するばかり。召喚された沢山の人々が、多くの苦難を強いられ死んでいった。私はマールに来てから、彼らに関する文献や手記を読み漁る日々を送っていました」
エリノアは一息つくと、更に言葉を続けた。
「そして私はあなた達二人に出会い共に過ごして、こう思ったのです。あなた達のような存在を利用するだけではいけない。守り、助け合うべきだと。先ほど殺めた二人はあなたとソウマの二人分、私なりの誠意と覚悟です。……マモル、あなたはどう決断しますか?」
「僕は……僕は……」
それでもやはり、皆が俺やエリノアのように決断出来るわけではない。
だが、俺は友人であるマモルには後悔して欲しくない。
俺が何を思い決断する事が出来たのか、俺の言葉でマモルに伝えるべきだろう。
「なあ、マモル。お前が争いとは無縁の生活をしたいのであれば、俺はお前の選択を尊重する。二度と戦わせたりしないよ。……だがな、俺達の状況を考えてみてくれ。いくら俺達が争いは嫌だと思っていても、逃げ続けることは不可能なんだ。そうだろう?」
「……」
マモルは押し黙り、俯いている。
彼は臆病だが、馬鹿ではない。
理屈と情、どちらも使って訴えかける必要がある。
「卑怯な言い方だが、俺はお前を守る為に人を殺した。でもな、もし俺が死んだら? それにグラーネ、タリアやアルゴルが死んでしまったら、お前の事は誰が守る? お前の神能の力で守りたいと思った人はいないのか? よく考えてくれ。今後の生き方を決める、最後の選択肢かもしれない」
言葉は、きちんと届いているはず。
お前の神能と意思で、生き抜いて見せろ。
きっと周りの皆も、お前と一緒に戦ってくれるさ。
「……そう、だよね。僕にはもう、戦う力が……守る力があるんだ」
そう呟いたマモルは、深呼吸をして顔を上げた。
目にはしっかりとした意思がある。
俺に対して、静かに問いかけた。
「……ソウマ、僕の分も背負ってくれる?」
「当たり前だろ? 友達なんだから」
マモルはエリノアに対して頷き、覚悟を示した。
エリノアも頷き返すと、マモルの決断を見届けるために道を空けた。
残る賊はリーダーの男だけ。
自分の少し先の未来を完全に受け入れたようで、呆然とした表情で終わりを待っていた。
マモルは男の背後まで歩くと、ゆっくりと短剣を構えた。
短剣が小刻みに震えているのが分かる。何度か深呼吸をし、そして──
「うっ! おええっ! えほっ、ごほっ!」
やるべき事を終えたマモルは短剣を投げ捨て、その場に両膝を突き嘔吐した。
俺はマモルのそばに寄り、背中を摩りながら労りの言葉を掛け続けた。
ライエルは片膝を突きマモルの肩に手を置くと、何も言わずに落ち着くまで側にいてくれた。
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