9話 俺の覚悟と、マモルの決断②
「くそっ、伏兵か! お前ら、皆殺しだ! 数で押しつぶせ!」
リーダーの号令で、賊達が一斉に動き出す。
しかし屋上の弓を警戒してか、目の前の俺達に集中しきれていない。
「ウルスラ、出番だ! 思いっきりかき回せ!」
「きひひっ! お前ら、皆殺しにしてやるよおっ!」
ライエルのかけ声で、二本の短剣を逆手に持ったウルスラが敵に突っ込んでいった。
小柄な彼女が低い姿勢で疾走する姿は、まさに野生動物のよう。
あっという間に敵に接近し、敵の腹を切り裂いた。
続けざまに心臓を一突きすると、ダメ押しとばかりに二本の短剣で喉を切り裂いた。
暗がりの中で紫の目がぎょろぎょろと動き、敵の位置を把握しつつ次の獲物を探しているのが分かる。
「タリア、アルゴル! 敵の弓をどんどん減らせ! ライエル、イライザ! 敵の前衛を減らすぞ!」
「ああ、分かってる!」
「お任せ下さい! アルマ、あなたはソウマ様とマモル様の援護を!」
「うん、任せて!」
前衛役の三人が、敵に攻撃を開始する。
それぞれが造作も無く一人ずつ殺すと、賊の勢いは削がれた。
「テメエら、何やってる!? ただ各個撃破されてるだけじゃねえか! しっかり囲んで、数を減らしやがれ! 隙がありゃ後ろのガキを殺せ!」
冷静だったリーダーにも、流石に苛立ちが見えた。
一気に八人ほどが突っ込んでくると、三人の賊がライエル達をすり抜け、俺達の前で対峙した。
「ちっ、クソが! おいお前ら、三人くらいはてめえらでなんとかしろ!」
「やってみせるさ!」
状況としてはマモルとアルマで二人、俺が一人を相手にする形だ。
こちらから攻撃するか迷っていると、賊の方から攻撃してきた。
片手による、上段からの一撃。何度も練習してきたそれを盾で受ける。
盾は金属製なので耐久性は問題無いが、俺の筋力を考えるといつまでも受けている訳にはいかない。
「へへっ、種馬はお前か? どうだ、怖いか?」
横からの一薙ぎ。これも盾で受ける。
上段、上段、横、上段、下段。
全て難なく受けてから、俺はお返しとばかりに上段からの一撃を振る。
しかし、それは防がれてしまう。
「おっ! なかなか筋が良いじゃないか。種をまき散らすばかりが能じゃ無いってか?」
相手の男がにやりと笑った。
……そうだ、その調子でやってくれ。
それなら、容赦なく殺せる。
「そりゃ、どーも。でもまあ、あんたのはただ剣を振ってるだけだな。基本に返って、もうちょい素振りとかした方がいいぞ」
お決まりの挑発に簡単に乗ってくれたようで、男は分かりやすく顔を歪めた。
「……んのガキっ……!? ……おっ……げっ……!」
そいつが振りかぶるそぶりを見せた瞬間、俺は体を半身にしながら、喉を狙い真っ直ぐに突いた。
ぐらりと身体を揺らし、溺れたような息を吐いた男は、膝から崩れ落ちる。
俺はその胸にためらいなく剣を突き立て、そして引き抜いた。
剣から伝わった肉と骨の感触よりは、優先すべき事がある。
湧き始めたどす黒い感情を振り払い、周囲を警戒しつつ、マモルとアルマの様子を確認した。
アルマはマモルの背後から攻撃し、マモルは二人からの攻撃を凌ぐという状況だった。
《盾》の神能の効果とはいえ、初陣からとんでもない事をやってのけている。
俺は姿勢を低くし、静かに近づく。
背を向けている賊の一人に、容赦なく剣を突き刺す。
「ぐっ!? ……があっ……」
「マジ……かよ……」
すかさずアルマが喉を切り裂き、立て続けにもう一人の心臓も貫いた。
彼女の動きに迷いはなかった。とても、普段は給仕をしている人物とは思えない。
「マモル、怪我は無いか?」
「はあっ、はあっ……。うん、大丈夫……」
息を切らしながらも、マモルは必死に立っていた。
とどめを刺したのはアルマだが、しっかりと役割を遂行したんだ。
大した奴だよ、お前は。
「ふうー。……ソウマくん、凄いね。なかなかやれないよ、初めてでそんな事」
倒れた二人の死体を見ると、手や足に無数の切り傷がついていた。
恐らくマモルに経験を積ませるために、アルマが意図的に戦闘を長引かせていたのだろう。
だがそれは、わざわざマモルに教える必要はない。
俺はマモルの肩を叩き、ただ健闘を称えた。
「さあ、ライエル達を援護しよう」
弓を使う賊は全て片付いたようだ。
辺りに転がった死体を見ると、イライザが殺したと思われる死体の損壊が特に酷い。
彼女の振るったメイスによって生まれた死体は手や足、胸や頭が潰れていた。
俺はグラーネの横に並び、生き残りの賊に対し剣と盾を構えた。
「悪い、手間取った」
「おお、無事なようで何より。こちらも終わる所だ」
味方は全員無事。対する相手は残り六人。
すっかり戦意を喪失した一人が逃げようとするが──
既に敵の背後を陣取っているウルスラに、瞬殺される。これで残りは五人。
「んじゃまあ、二人くらい口が聞ける状態で生かして終わりにするか」
「了解しました、ライエルさん」
既に戦闘が終わった後について話し始めている。
屋根上のタリアとアルゴルのおかげもあるが、あれだけの人数差をものともしないとは。
(戦闘時間としては、20分くらいか? ……とりあえず、生き延びたか)
血の匂いと、焦げた油のような臭いが鼻につく。
倒れた敵の呻き声すら消えた今、聞こえるのは松明が静かに燃える音だけ。
増援の可能性は、流石に無いだろう。
それでも万が一を考え、俺は息を潜めて周囲を見渡した。
「な、なあ。見逃してくれないか? 依頼主については正直に話す。なんなら、ねぐらにある溜め込んだ金もあんたらに全部やったっていい」
先程の威勢は消え失せ、情けない表情で命乞いをする賊のリーダー。
ここは俺が出しゃばる必要は無い。
賊の咄嗟の行動に注意して、後はライエル達に任せよう。
「依頼主ねえ。もう見当は付いてるし、別に金にも困ってないからなあ。とりあえず、武器をこっちによこしな」
賊達はすぐさま武器をこちらに放り捨てた。
イライザがそれらを拾い上げると、屋敷の方へ放り投げる。
「誰か、こいつらを拘束してくれ! 拘束が確認出来次第、国王陛下と王女殿下に来てもらう!」
「私たちに任せて!」
ライエルの呼びかけに、屋根上からタリアとアルゴルが飛び降りて合流する。
二人は腰の鞄から縄を取り出し、慣れた手つきで賊の手足を縛っていく。
「ウルスラ、周囲の警戒をお願い出来る?」
「うん、分かった」
ウルスラはイライザの言葉に素直に従い、屋敷の正門から外に出て行った。
一人でやらせるのはどうなんだと思ったが、こういう状況に慣れている人間がそう判断しているのだ。
人員も限られているし、素人の俺が口を挟んでもしょうが無い。
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