9話 俺の覚悟と、マモルの決断①
そしてその日の夜、場所はエリノアの屋敷。
食事を済ませた後、貴賓室で国王陛下を交えた談笑が終わり、それぞれが寝室へと戻った。
酒は一切飲んでいない。
同室に泊まっている俺とマモルは、それぞれベッドの中で目を閉じ休んでいたが、眠るつもりは無かった。
いや、眠るわけにはいかなかった。
「ソウマ、起きてる?」
「ああ、勿論な」
「……はあ。本当に、来るのかな?」
「来ないなら、それが一番だけどな。ただ、俺達はもう、そういう世界に来てるんだ。マモル、覚悟は決めとけよ」
「うん……。分かってる。分かってるけど……」
会話は途切れ、暫しの間静寂が続いた。
マモルには偉そうに言ったが、俺の心臓は早鐘を打っている。
これから起こるかもしれない事は、俺とマモルにとって耐えがたい現実であるからだ。
──何も起こらなければ、それが一番だ。
俺はそう願っていた。
こんこん。
少し強めにドアをノックする音。
ああ、やはり現実は甘くなかった。
俺とマモルはベッドから飛び上がるように起き、素早く帯剣し盾を装備してドアを開けた。
「うん、二人とも起きてたね。残念だけど、ソウマくんの言った通り。屋敷の周りに、30人くらい。玄関で皆と合流するよ」
真剣な表情のアルマ。
いつもの給仕服とは違い、胸の部分には心臓を守る鉄板が縫い付けられていた。
腰には、二本の剣。
恐らくスカートの下にも、太股を守る防具やとっさの際の暗器などが隠されているはずだ。
ただの侍女ではなく、近衛侍女としてのアルマ。
圧倒的不利な状況でありながら、その目は、戦う意思に満ち溢れていた。
「くそっ。……だがまあ、準備しといて良かったな」
俺とマモルも寝間着ではなく、服の下に鎖帷子を着込んでこの事態に備えていた。
ここへ来る前に、あらかじめグラーネの屋敷で戦闘の準備をしてきたのが功を奏した形となった。
モリス達は、ダレルの屋敷に避難させている。
ルガール国王陛下とエリノアは、もしもの際にはエメリンと共に、隠し部屋に避難する手筈となっていた。
早足で玄関へ向かうと、既にライエル、イライザ、ウルスラ、グラーネが待機していた。
ライエルとイライザは重装備で、守りを重視。
ウルスラとグラーネは軽装備で、動きやすさを優先しているようだった。
「ライエル、国王陛下とエリノア王女は?」
「安心しろ、既に避難は完了している。ソウマ、感謝するぜ。お前のおかげで十分に備えた状態で事に臨めるからな。……ははっ、ビビってんのか?」
「当たり前だろ。初めて人と殺し合うんだぞ? ……まあ、お前やグラーネに散々扱しごかれたからな。死んだら化けて夢に出てやるよ」
不本意ではあるが、今はライエルの存在がとても心強く感じた。
そして、もう一人の頼りになる存在。
我が妻、グラーネ。
「ははっ!! 強がりもあるだろうが、それだけ言い返せる余裕があるならマシだな。……いいか、ソウマ、マモル。身を守ることだけ考えろ。生き残ることが出来たら、お前達の勝ちだ」
「そ、そうだね、グラーネ。ぼ、僕は、生き残るんだ……こんな所で、死ぬのは嫌だっ……!」
暗闇でも分かるくらい、マモルの顔は恐怖で真っ青になっていた。
歯をかちかちと鳴らし、手は震えている。
そんな友人を見る事で、俺は心が急速に冷えていくのを感じた。
──この精神状態ならば、なんとかなるかもしれない。
いざという時は、ためらわず相手の命を奪う。
さもないと、マモルが死ぬぞ。
そう、改めて自分に言い聞かせた。
「……あなたは《盾》の神能があるし、私たちもいるから大丈夫。絶対に守るから」
ウルスラがマモルに声を掛ける。
無表情だが、声色には確実にマモルに対しての優しさがあった。
「ウルスラ、俺にも優しい言葉を掛けてくれないか? 怖くて怖くて、今にも逃げ出したいくらいなんだ……」
「うるさい。あんたは勝手にすれば?」
俺の迫真の演技も、ウルスラには通じなかった。
予想通りの反応に満足し、ライエルに声を掛ける。
「ライエル、お前の判断で外に出よう」
「はっ、いっちょ前に仕切ろうとすんなっつうの。……イライザ、ウルスラ、グラーネ。外に出たら俺達は、まず視界の確保だ。矢に警戒しながら、松明を地面に突き立てろ。ソウマとマモルも松明を一本ずつ持て。アルマは二人が松明を設置するまで援護してやれ」
俺達は頷き、渡された松明に火を分けてもらった。
心臓の鼓動は相変わらずだが、頭は冷静だ。
「……よし、行くぞ!」
ライエルが玄関のドアを開け、静かに外に出ながら周囲を警戒する。
次にイライザ、ウルスラ、グラーネが続き、四つの松明が地面に突き立てられた。
「二人は私の後についてきて!」
アルマの後に続き、俺とマモルは外に出た。
エリノアの屋敷は開けた場所にあり、隠れられる場所は限られている。
屋敷の外壁に隠れるか、草むらに潜むか。
夜空を見上げると、丁度月が雲で隠れている。
俺とマモルは、アルマに指示された場所に松明を設置した。
「ライエル! 松明の設置場所はここで問題無いか!?」
「上出来だ! いいかお前ら、弓に警戒しろ! 散々練習しただろ!?」
「分かってる! マモル、落ち着いてやれば大丈夫だ!」
「う、うん!」
引き続き周囲を警戒するが、敵に動きはない。
賊が有利の状況ではあるが、リーダーが慎重なのだろう。
「ちっ。アルマ、敵さんを煽ってやれ」
「りょーかいです!」
アルマは正門の方に歩み寄ると、大声で呼びかけた。
「お客様ー! 正門の鍵は開けてありますので、どうぞお入り下さいねー! それともまさか、そんな大人数で押しかけておいて、今更怖じ気づいたって事はないですよねえー!?」
暫くすると、正門が開きぞろぞろと賊らしき連中が侵入してきた。
形勢は、こちらが圧倒的に不利。
どいつもこいつも、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
事前に報告を受けていた通り、数が多い。
これだけの人数が、いったいどこから湧いてきたのか不思議だ。
そして、リーダーらしき男が前に出て来た。
細身だが、戦う為の筋肉は十分に付いている体型。
「まあ、こういう状況だ。大人しく種馬を差し出せば、お互い誰も死なずに済む。それで手を打たないか?」
「はあ? ……おいおい。王族の屋敷に入り込んできて、おまけに人さらいまでして無事に帰れると思ってるのかよ。流石に頭が目出度めでた過ぎるんじゃないか?」
戦力差は承知の上。
それでも軽口を叩ける度胸と、王族の盾たる誇り。
悔しいが、格好いいと思ってしまった。
「そうか? 頭が目出度いのはそっちの方だと思うんだが。……お前達、構えろ!」
「タリア、アルゴル! 今だ!!」
賊のリーダーが弓を持つ部下に命令を下すと同時に、グラーネが叫んだ。
屋根上から二本の矢が放たれ、賊の二人が倒れた。
立て続けに二本の矢が放たれ、また二人倒れる。
俺達が屋敷に帰った後、タリアとアルゴルには一足先にエリノアの屋敷に向かわせ、周囲の警戒を任せていた。
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