1話 召喚、そして牢獄へ③
「いや、なんだろうな……。逆にその時が来るまで、意地でも生き抜いてやろうって思えてきた」
「はあ? ひねくれてるっつうか……お前を処刑場まで連れて行くかもしれないこっちの身にもなれよ」
「だったら、俺の死体をここから運び出すのは構わないのか?」
「……それも嫌だな」
軽口を言い合えるくらいにはなった。まあ、頃合いだろう。これ以上の情報は期待出来そうにないし、お開きにしよう。
「はあ、とりあえずありがとうよ、おっさん。久しぶりに人と会話して気も紛れた。仕事に戻りなよ」
しっしっと手を振り、業務への復帰を促す。
「……ああ、そうだな。……いや、最後に聞いてほしい事があるんだ」
声色が変わったのは、真面目な話であるという事なのだろう。
「ああ? なんだよ、まだ暗い話が残ってたのか?」
「さっき渡した木の枝なんだが……お前が使うかどうか、看守達の間で賭けてた。……すまなかった」
「なるほど。まあ退屈を紛らわす為に、よくありそうな話だな」
別に腹は立たないし、悲しい気持ちにもならない。
男の様子を伺うと、俯いて俺の言葉を待っているようだった。
なんだ? 懺悔でもしているつもりなのか。
「なあ、おっさん。そんな話を俺に正直に話して、俺にどうして欲しいんだ? 以外にも敬虔な信徒だったりするとか?」
「……来月、子供が生まれる予定なんだ」
看守の信仰心については、その言葉だけで十分だった。まあ、少しからかってやるか。
「つまりあんたは、人様の生き死にで賭け事をしておきながら、生まれてくる子供の為にいい親でありたいから俺に許してほしいとほざく、最低のクズ野郎って事でいいのか?」
「……ああ、そうだ」
「いいよなあ。あんたは家に帰れば暖かい家庭がある。別に俺があんたを許さなくても、家庭と仕事に追われてさ。惨めに死んだ俺のことなんか、すぐに忘れられるもんなあ」
「……すまない、すまない……」
「おい、ちゃんと俺を見ろよ。向き合え、自分の罪と」
「……」
表情を消し、看守を見つめる。
看守は頭を上げ、今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。
全く、馬鹿馬鹿しい。
決められたお約束の展開かもしれないが、当事者の立場になった俺がそれは違うと断言する。
俺の言葉はこの看守の、どこまでも人間らしい生き様を見せられた事によって紡がれたものだからだ。
決して、存在するかも分からない神様とやらに定められたものではない。
「……はーあ。いいよいいよ、おっさん。あんたを許すよ。ほら、これでいいか?」
「ほ、本当か? 俺を許してくれるってのか?」
安堵、驚愕、困惑。看守は様々な感情が交じり合った表情をしていた。家族やクラスメイトには表情が乏しいと言われることがあるが、この男のように表情に出過ぎてもデメリットがありそうだ。
「そう言ってるだろ? ほら、さっさと帰りな」
俺は立ち上がり、ベッドに寝転がり毛布を被る。
「……ありがとよ。俺に出来ることなんざ何もないが、あんたがここから出られるように毎日祈るよ」
看守はそう言うと、仕事に戻っていった。恐らく、もうあいつとここで会うことはない気がする。何か別の仕事を探すのではないだろうか。
「……信仰心を持たない男の祈りか。大層、御利益があるに違いない」
毛布の中でそう呟き、苦笑する。その日はなかなかいい気分で眠りにつく事が出来た。
◇◇◇
リヒトブリック城城内、執務室。
私は皆が寝静まった時間にある男を呼びつけ、もうすぐ行われる極秘の作戦についての概要と進捗に対する報告を聞いていた。
「……報告は以上となります、陛下」
「所々気になる点はあるが、お前が考えた作戦だ。成功する確率は高いのだろうな」
「はい。多く見積もって、九割程の確率で上手くいくと思われます」
我が娘が擁するこの平凡な見た目をした男は、もともとは只の平民だったらしい。
市井の者達で揉め事が起こったとき、それを解決する事で金を貰うというような事を行っていたようだ。
噂を聞きつけた娘は、すぐにこの男と面談。只の市民にしておくにはもったいないとして、相談役として雇ったと聞いている。
そんな娘は数年前から遠く離れた地で療養中の身だが、彼はそのままリヒトブリックにとどまっている。現在は情報収集や私との連絡役が主な仕事だ。
「九割。……些か自信過剰ではないか?」
「今回召喚された者達ですが、彼らが非常に大人しいのも成功率を上げる要因となっていますね。捕らえられた彼の警備に関しても、最初の厳重さはすっかり無くなったようで。……正直、気味が悪いですよ。もっと暴れてもおかしくはないのに」
「そのような事を申すな。彼らはあくまで被害者で、我々がこの世界に無理矢理連れて来たようなものなのだぞ?」
「お言葉ですが、陛下。神柱石による召喚は、神柱石自身が行う自然現象のようなものです。そんな物に対し、我々が責任を持つ必要があるのでしょうか?」
「召喚を行った神柱石は我が領土にある。知らぬ存ぜぬなどと言えるはずがなかろう。……三百年振りの召喚らしいが、それがまさか我が国の神柱石だとはな。運がいいのか、悪いのか」
現在、この大陸には三つの神柱石がある。元は全部で五つあったものの、その内の二つは破壊されている。
そして古い書物によれば、召喚が行われる少し前から神柱石が淡く光を発すようになるという。
神柱石は普段意識する必要はないが、無視出来ない存在ではある。
その為、ある程度警備に人を割いていたが、まさか私の代で『神柱石に反応あり』と報告を聞く事になるとは。
「それは勿論、幸運以外に表現する言葉はないかと。……私の雇い主である王女殿下に関して言えば、その言葉は不適当かもしれませんがね」
「……確か、お前の配下の者は彼に会っているのだろう? どんな男だったのか、報告くらいはあるはずだが」
「顔は悪くなかったようですが、とにかく覇気がない男だったと聞いています。まあ、投獄されたのであれば致し方ないと思いますが」
気を紛らわす為に酒が欲しい。
椅子から立ち上がり、棚にある数種類の酒瓶を眺めた。
強めの酒と一緒に、グラスを二つ手に取る。
「お前も付き合え」
「有り難く」
椅子に座り、二つのグラスに酒を注ぐ。
片方を娘の配下にやると、適当な言葉で乾杯した。
「リヒトブリックの永遠なる繁栄に」
「わが雇い主の健やかなる日々に」
味や香りは必要ない。一杯目を一気に飲み干し、すぐに二杯目を注ぐ。
「……その、陛下。お気持ちは分かりますが、お体に障りますので。どうか、嗜む程度でお願い申し上げます」
「普段は控えているのだ、お前に言われるまでもないわ。……それに、私の気持ちが分かるだと? ならば当ててみよ」
「陛下の不興を買いたくはないので、私からは控えさせて頂きます」
「不興なら既に買っているし、明日には忘れる。……ずっと立たせているのもアレだな。そこのソファーに座ってくれ。私もそちらに行こう」
「お心遣い感謝します、陛下」
執務室の中央にあるテーブルには、ソファーが二つ用意されている。
私は酒瓶とグラスを持ち、男と向き合う形で反対側のソファーに座った。
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