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8話 マールの未来④

「全員集まったようだな。それでは族長会議を始めよう。議長はこの私、サイモン・ヴェサリウスが務めさせてもらう」


 やがて四人の族長が到着し、会議が始まった。

 他の三人とは違い、森人もりびとの族長と顔を合わせたのは今回が初めてだった。

 そして何より、従者達によって大きなタライで運ばれてくるレイラに驚かされた。


 サイモン・ヴェサリウス。緑の髪と瞳で、痩せた体に俺と同じくらいの背。

 補佐役のクロエも見た目は冷たい印象だったが、サイモンは内面すらそうだろうというのがひしひしと伝わってくる。

 この場で一番俺という存在を邪魔だと思っているのは、彼で間違いない。


「ま、議長はお主でいいじゃろう。それで? 何を議題とするつもりじゃ?」


「そんなものは決まっている! エリノア王女がそこにいる種馬を無断で入国させ、我が国の安全を脅かそうとしている事についてだ!」


 ヒステリックに喚く様子もキャラに合っているなと、つい場違いな事を思ってしまった。

 机の下で手の甲をつねり、自制する。


「……正直な所、神柱石により召喚された人間達に対しては気の毒に思っている。だが、我々は族長として国の安全を守る義務があるのだ。ソウマ、その点については理解してもらえるか?」


 オーレリアの件で一悶着が有ったにも関わらず、彼はそれでも俺に寄り添ってくれた。

 こういった面は、彼の美徳と言っていいだろう。

 その美徳があるがゆえに、族長として思い悩む事になるとしても。


(もしこの場を無事に乗り切ったら、彼に何かしら手助けをしてやらないとな)


 ヴォルック家が安定してこそ、ジンバール再興に本腰を入れられる。


「そうだな、オズワルド。あんたの立場ならそう考えるのも分かるよ」


「オズワルド、そいつには必要な事だけ喋らせろ! 同情など必要無い!」


(……こいつは一体、何をしに来たんだ)


 先ほどの彼に対する適当な評価は取り下げ、ただ邪魔な者だと認識を改めた。

 発言のひとつひとつが状況を掻き回すばかりで、何の建設性もない。

 あちらの世界で、こういうタイプの人間はそれなりにやり過ごしていたはずだ。

 今はその経験を思い出す他ない。

 

「あー……すまないが、発言しても構わないかね?」


「……許可する。ルガール国王陛下」


 肝心の議長がこの調子では、まともに会議出来るか怪しい。

 これからどうなるのかとうんざりしていると、頼りになる人物が助け船を出してくれた。


「どうやら、誤解があるようだ。結果として、種馬である彼を我々がマール連邦に入国させてしまったのは事実。だが彼を保護した時点では、エリノアは彼が種馬であることを知らなかったのだ。そうであろう? エリノア」


「はい。馬車の中に隠れていた彼の事を保護した時は、ただ生活に困っている若者だと思っていました」


 打ち合わせは出来なかったが、エリノア側としてはそういうシナリオで通す予定らしい。

 ならばこちらも、それに合わせるように発言しなくては。


「……それは流石に苦しいのではないか? 我々は貴方達がソウマの脱獄と出国を手引きし、エリノア王女の王位継承権を復活させる為に利用したと考えている。王女、何か反論はお有りか?」


「それは明確に違うと、私は主張します。何故なら私には既に秘密裏に結婚した相手がおり、その方の子を身籠っているからです」


 オズワルドの尋問に対し、エリノアはそう答えた。

 結婚相手は既に見繕っていると聞いている。ぼろが出ないといいが。


「そんなもの、信じられるわけが無い! それでは、相手は誰だというのだ?」


 苛々した表情のサイモンに睨まれるエリノアは、涼しげな顔で答弁を続ける。


「レイラ族長。あなたなら多分、お会いした事があるはずです。時々リヒトブリックから商売の話を持ってマールを訪れる、グラス家の次男。覚えは有りませんか?」


「えっ! わ、わたくしですか? ええと、グラス、グラス……っああ、あの方ですのね! 確かに、何度かお会いした事がありますわ。少し前にも彼はマールに入国して、海人の者達と商談をして帰って行きました。うちの商人達も信用している方のようですし、エリノア王女の話におかしな所は無いかと」


 レイラも約束通り、俺達の味方をしてくれている。

 この辺りでダレルの手助けが欲しいと考えていると、ダレルが手を挙げサイモンに発言の許可を求めた。

 流石は年の功といったところか。サイモンは頷いた。


「肝心の種馬の意見も聞かねばな。ソウマよ、お主は保護された後に自分が種馬であるとエリノアに告げたのかどうか。そしてもう一つ。仮にマールで暮らすことを許されたとしたら、お主はマールでどのように暮らすつもりだ?」


 想定の範囲内の質問に安堵し、それに淀みなく答えた。

 

「保護された後に落ち着いてから、俺が種馬の神能を持つ人間だと告げたよ。それでも王女は、俺を利用しようとはしなかった。俺がこの国で静かに暮らせるように、色々気を回してくれた。本当に感謝している」


 一度深呼吸をし、もう一つの質問に答える。


「もし仮に、マールで暮らすことが許されたなら……俺はマールの為に精一杯働きたいと思う。俺や友人が持つ知識や技術で、マールの民が豊かに暮らせたとしたら。それはとても素晴らしい事だ」


 証言については嘘まみれ。だが、最後のは素直な気持ちだ。

 この国の雰囲気は個人的に気に入っているし、叶うなら(つい)住処(すみか)であればいいとさえ思っている。


 俺の横でグラーネが手を挙げる。

 それを見たサイモンは頷き、発言を促した。


「私はソウマと結婚した。そしてこの国には、貴族や王族の配偶者は無闇に国から追い出してはならないという法律がある。私の夫を追い出すというなら、それなりの理由が必要だぞ」


「国防上の理由、それだけで事足りるであろうが! それ以外に何がある!?」


「……そなた、確かサイモンと申したな。君は馬鹿なのかね?」


「ばっ……は?」


 ルガール国王陛下の唐突かつ痛烈な一言に、サイモンは言葉を失った。

 いくら国力が上とはいえ、あまりにも露骨過ぎる物言い。

 通常であれば、他国の為政者に対してこんな発言は外交問題になってもおかしくない。


 だが陛下はそれどころか、椅子をゆっくりと引き、机に両足を無造作に乗せ、両手を後頭部で組むというふてぶてしい姿勢を取った。

 完全に見下した態度であり、隣に座るエリノアも信じられないという表情を浮かべていた。


「この下らん茶番はいつ終わるのだ? ある日偶然、強い力を持つ人間が弱小国家に転がり込んだ。それを囲い込むどころか……追い出すだと? そんなのは余程の阿呆がする事だ。私には貴様らの行動が理解出来ん」


「し、しかし、他国との軋轢が……」


 国王陛下は椅子から立ち上がると、両拳を机に叩きつけ激昂した。


「それすら厭うなら為政者など辞めろ! はっきりと申すぞ、貴様らはつまらんのだ! 貴様らには価値が無い! 民からの税金で良い暮らしをしておきながら、保身の為に国力を上げる機会を平気で捨てようとする愚かな為政者よ。お前のような者が存在する限り、マールはずっと弱い国で有り続けるしか無いのだ!」


 会議室の場は静まりかえった。

 サイモンは顔面蒼白になり、怒りと恥辱に震えている。

 他の三人の族長は目を閉じ、国王陛下の言葉を噛み締めているようだった。


「……さて、もう良いだろう。この者、ソウマをマールから追放すべきでは無いと思う者は手を上げよ」


 国王陛下の言葉に、サイモン以外の族長が手を上げた。


「なっ……オズワルド! 貴様、裏切るのか!?」


「サイモン。私は何故、君が私に対して裏切りという言葉を使うのかが分からない。この国の発展を願う同士と思っていたが、違うのか?」


 オズワルドは、静かな目でサイモンを見つめる。

 その視線に耐えかねたのか、サイモンは舌打ちをすると早足で会議室から出ていった。


「ふう、これで一段落かのう。……ルガール国王陛下よ、今回の件は本当に世話になった。見苦しいものを見せてしまったようじゃ」


「こちらこそ申し訳ない、ダレル族長。お互いに苦労しているようだな。……さて。エリノア、我々も退出しよう。ソウマ、グラーネ。良ければ今晩、エリノアの屋敷に来ないか? 酒でも飲みながら、色々と語らおうじゃないか」


「断る理由は無いな、是非お邪魔させてもらおう。ソウマ、お前も来るだろう?」


「お邪魔させていただきます、国王陛下」


 ルガール国王陛下とエリノアは、退出した。

 俺達も会議室を出ようとすると、ふとレイラから呼び止められた。


「ソウマ。少しいいかしら?」


「ん? どうした、レイラ」


 しかしどうしたことか、レイラは何も言わず、ただ真剣な目で俺を見ていた。


「……ごめんなさい、何を言うか忘れてしまったわ。それじゃあ、御機嫌よう」


「……ああ、分かった。またな、レイラ」


「なんだ? レイラの奴め。まあいい、外の皆と合流するか」


 ひとまず俺達は会議室を出て、タリア達と合流した。

 会議の結果を伝えると、三人はようやく緊張が解けたのか大きく息を吐いた。


「みんな、ちょっといいか? 話したいことがある」


 杞憂ならそれでいい。だがさっきのレイラの様子は、明らかに普通ではなかった。

 俺はグラーネ達にこれから起こり得る事を伝え、早々に屋敷へと戻った。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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