8話 マールの未来②
「なるほど。ではソウマ、お前は自分の利用価値を、この場にいる族長二人にどう売り込むつもりだ?」
グラーネは、きちんと俺の意図を理解してくれている。
だが、理解者が一人だけでは何も変わらない。
「レイラ。君はかなり手広く商売をしているそうだな。各国の商人や貴族と、ツテがあったりするのか?」
「まあ、それなりには。……私に何かして欲しいという事ですの? あなたの存在が、本当に利益となるかも分からないというのに?」
レイラの言い分はごもっともだ。
ここから先は、言葉を慎重に選ぶ必要がある。
「そこはまあ、先行投資……いや、この世界だとパトロンと言った方が伝わりやすいか。金を出して欲しい訳じゃない。君の元で商売をしている者達が他国で商売するとき、俺のことを話題にして欲しい。なんなら、俺を使って商売をするのもいいだろう。」
「あなたを使った商売、ですか。……うーん。例えば、どんなものが挙げられますか?」
ぱっと思い付いたものではあるが、提案してみた。
「そうだな、例えば……俺を題材にした劇をやるとかか? 劇の内容はいくら脚色したっていい。召喚された種馬の男は、結婚して生まれた子供と幸せに暮らしました。めでたしめでたし。なんて終わり方がいいな」
「へえ。うちには小さな劇団がありますので、試してみるのはありですわね。……でも、ソウマ。私にはいまいちあなたの意図が分かりません」
まあ、これは予想通りの反応。
「なるほど。それは、俺の存在を周辺国に広める意味が分からないって事か?」
「ええ、そうですわ」
「うむ、そうじゃな。お主の存在を喧伝し過ぎてしまうと、他国からマール連邦に対しての警戒心を煽ることにもなりかねん」
族長としては当たり前の意見。
その懸念を無視出来る程の利益を、きちんと伝えなければ。
「確かに、族長としてはその辺りが懸念材料になるのは分かってる。それでも、俺の友人達にマールへの移住を考えさせるには、この方法が一番だと思う。神能を持つ人間を多く確保出来るのは、この国にとって利益になるんじゃないか?」
「……族長ではないが、私はソウマのやろうとしている事に賛成だ。お前達が思っている以上に、ソウマがいた世界は文明が進んでいる。絶対に手放してはならん」
グラーネには俺達の世界の文明については軽く話している。
具体例をいくつか提示すれば、レイラとダレルも俺達の味方をする気になってくれるだろうか。
「じゃあ、いくつか例を挙げよう。俺たちの世界じゃ、切り口にもよるが切断された腕や足を繋げて動くようにする事が出来る。他には、肺や腎臓みたいな二つある臓器を他人の体に移植したりとかな。後はまあ、手術の際に血が足りなくなったら他人の血液を使ったり、みたいな事が出来る」
現代社会においては、当たり前になっている技術。
ここまでくるのに多大な犠牲と、膨大な時間が必要だっただろう。
「色々と気にはなるが……他人の血を使うじゃと? そんな事が可能なのか」
「ええ、それは私も驚きましたわ。以前、そのようなやり方が様々な国で模索されたのは聞いた事があります。ですが、あまりに失敗例が多く今では禁止されている国が殆どのはずです。当然、マールにおいても」
「血液にはいくつかの『型』のようなものがある。血が足りない人間に他人の血液を使う場合、同じ型の血液じゃないと駄目なんだ。基本的にはな」
やはりその辺りに関しては、食いつきがいい。
「ソウマ。お前の友人の中には、医学について深く学んでいる者がいるという事だな?」
「その通りだ。俺の友人の一人に、父親が医者の息子がいる。そいつもこの世界に来ているから、仲間に出来たら計り知れない利益を生むぞ」
「……なるほど。可能性の話ではあるが、今の話を聞いて儂はお主を余所の国に放り出す気は無くなった。ところで、戦に関してはどうじゃ? 何か物凄い──」
「それは駄目だ!! ……いや。制限はこっちで考えるが、ある程度戦争に関する武器や技術の提供はする方向で考えている。納得してもらえるか?」
つい言葉を荒げてしまった。
これでは、とてつもない武器を知っていると言ってしまったようなもの。
だがこの世界には、俺達の世界のようにはなって欲しくない。
いずれそういう時代が来るとしても、それはその時代の人々が決めるべきだ。
「あなたの反応で何となく分かりましたわ。要するに、武器の威力が大き過ぎて危険だという事でしょう? それが他国に渡ればお仕舞いですものね」
「ああ、そうだ。俺たちの世界じゃ、たった一発で何十万人が死ぬ武器がある。それのおかげで、結果的に戦争が起きにくくなったのは皮肉だがな」
「それは、なんと……。ヒトには過ぎた武器じゃな、それは。戦に関してはお主たちの判断に任せよう。レイラ。海人の族長として、お前はソウマを助けるつもりはあるか?」
ダレルは味方になったと判断していいだろう。
俺達三人の視線がレイラに集まる。
「そんなの、当然助けるに決まっているでしょう? ……でも、あなたのお友達が必ずマールに来てくれる訳ではないのよね。そこはまあ、仕方ないとして」
レイラは視線を落とし、何か考えるような仕草をした。
族長としては、コストとリターンのバランスを考える必要があるのだろう。
慈善事業ではないのだから、そこは当然。
「俺は余所の国で大っぴらに動けないが、レイラの関係者が俺の友人と他国で接触出来たとするだろ? 本人がマールに移住する気があった場合、何か手助けは出来るんじゃないか」
なので、更に追加でコストを払ってはどうかと提案する。
安物買いの銭失いどころか、銭だけ失ってお仕舞いというのは無意味過ぎる。
その分、こちらがレイラにとってのリターンを増やしてやればいい。
「それはいい考えだな。ソウマの友人の中には、この世界に絶望し自ら命を絶ってしまった者がいるようだ。様々な理由で不自由を強いられている者もいるだろう。マールで保護出来るなら、なるべく早く動くべきだな」
「……ええ、そうですわね。ごめんなさい、ソウマ。あなたも、あなたたちも辛いわよね。それなのに、私たちの都合ばかりで」
「そうじゃないだろう? レイラ、君は海人の族長なんだ。君に出来る事をしてくれ。同情の言葉なんか、何の役にも立たない」
出会ったばかりの相手に向けていい言葉かと言われると、そうではないかもしれない。
だが情に流され判断が遅れ、悲劇が更に加速するというのはよくある話だ。
その悲劇が自分に降りかかって来てから後悔しても、もう遅い。
なら例え関係が悪化したとしても、常に現実を突き詰める者は必要だ。
突き放した物言いなのは自覚している。
だが、俺の協力者には出来る限り理屈で動く者が欲しい。
八割の理性と二割の情。俺が為政者に最低限望むのは、それだけ。
「決まりじゃな。鉄人と海人はソウマを守る側に付く。肝心の族長会議だが、恐らく竜人は参加せんだろう。となると、擁護派が鉄人と海人。反対派が獣人と森人。……うーむ、もう一手欲しいところだがのう」
「それに関しては、私に当てがある。確実ではないのだが、娘の為だ。来てくれると思っていいだろう」
グラーネは自信満々の顔でそう言った。
娘の為と言ったが、それはつまり、そういう事なのだろう。
「……あなたまさか、ルガール国王陛下を呼びつけたって事ですの!? こうなる事を想定してたって事よね? いくら何でも、悪知恵が過ぎるでしょうに……」
「ライエルがリヒトブリックに帰った時か? あの時に手紙を預けたのか。ははっ! グラーネ、お前は凄い奴だな!」
我が妻ながら恐ろしい。それと同時に、誇らしくもある。
場の雰囲気が一気に明るくなるのを感じた。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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