8話 マールの未来①
結婚式から三日後の早朝。
外出禁止を言い渡されている俺とグラーネは薄暗い時間を利用し、海人の領地まで来ていた。
二人とも外套を身につけ、顔を隠している。
人が通らない場所をグラーネに先導されながら、ひとまず目的地の近くである浜辺までたどり着くことが出来た。
「見えるか? あそこの入り江に洞窟がある。確かこの辺りに……ああ、あの者達だな」
入り江の方から二人の海人がやってきた。どうやら協力者らしい。
「お待ちしておりました。レイラ様とダレル様はこの先の洞窟に。お二人の馬は、我々がお預かり致しましょう」
「うむ、ありがとう。さあ、ソウマ。付いてきてくれ」
「分かった」
入り江にある洞窟までの道は、人が通りやすいように整備されていた。
薄暗い時間なので足下が不安だったが、これなら足を踏み外して海に落ちる心配も無い。
しかし肝心の洞窟内部は、海水が洞窟の中まで流れているので注意しながら進む必要があった。
幸い、焚き火が目印となり族長の二人はすぐに見つける事が出来た。
「来たか、二人共。流石にこの時間は冷えるのう。ほれ、お前達も火に当たれ」
「助かる。それにしても、まさかお前から呼ばれるとはな、レイラ。我々を助けるつもりがある、という事でいいのか?」
レイラと呼ばれた人物は肩をすくめた。
「助ける? 勘違いされては困りますわ。私はただ、お金になりそうな話をみすみす手放そうとしているのが許せないだけ。……っとまあ、その前に。あなたがソウマさんでしょう? 私は海人の族長を務めているレイラ・メルジーネ・ルシュディ。レイラでいいわ、ソウマ」
「ソウマだ。よろしく頼む、レイラ」
海人の族長、レイラ。緑の髪に、赤みのある茶色の目。
この寒い時間になんとも薄い、水着のような布で胸を隠している。
そして何より特徴的なのは、その下半身。おとぎ話に出てくる人魚のようだった。
グラーネによると、レイラのような見た目の海人は高貴な存在として扱われている一族らしい。
「……あなたは外の世界からやってきたのですから、どうしても私の姿が気になるのは理解出来るわ。でも、初対面の女性に対する視線としてはどうかと思いますの」
体をくねらせ、からかうようにレイラから窘められてしまった。
別に気分を害した訳では無いだろうが、俺が無礼を働いたのは事実だ。
「ぐっ……すまない、レイラ。別に言い訳するつもりはないが、君は俺の常識から余りにかけ離れた存在に見えて、つい……。いくら水に慣れているとはいえ、この気温は流石に大変だろう? 俺ので良ければ使ってくれ」
せめて罪滅ぼしにと、俺は外套を脱ぎレイラに差し出す。
「あら! 女性に気を遣う事が出来る殿方は、嫌いじゃないわ。あなたの厚意、有り難く受け取らせてもらいましょうか」
レイラは両腕を使い海水から上がると、焚き火から少し離れた所に寝転び俺に手招きをした。
俺はレイラの側に寄り、外套を掛けてやった。
「ふう。ソウマのいう通り、少し寒かったの。これで落ち着いて話が出来ますわね」
「なんじゃ、言ってくれれば儂のを貸してやったのに」
「あなたはもう、お爺ちゃんでしょう? 風邪でも引かれたら困りますわ」
「ソウマ、お前は私が暖めてやろう。そら、来い」
グラーネが片腕を広げる。
どうやら、一緒に外套の中に入れという事らしい。
「……二人の前だと恥ずかしいが、風邪を引くよりマシだな」
「あらあら。見せつけてくれますわね」
「はっは! 仲が良いようで何よりじゃな!」
そろそろ本題に入るべきだろう。
照れ隠しの意味も含め、肝心な話を始めるよう促す事にした。
「まず、確認したい。俺の正体がバレた経緯は何だったんだ?」
「お主達が結婚式を挙げた後じゃな。各種族の街に、『エリノア王女とジンバール家は種馬を匿っている』。そんな怪文書がばら撒かれていたのじゃ」
「……ああ、なるほど。誰がやったのか、なんとなく心当たりがある」
俺は直接会ったことはないが、恐らくジークベルト王子の仕業だろう。
ライエルとマモルにやり込められ、プライドをズタズタにされたのだ。
やり方としては、多分こうだ。
まず、俺の顔を見た者を、身分を偽り情報を集める為に入国させる。
どこかで俺達が結婚式をやる噂を聞きつけ、遠くから結婚式の様子を伺った。
そして俺の顔を確認したので公表し、事態をかき乱した。そんなところだろう。
「それで? なぜ二人は、いや、鉄人と海人は俺たちに手を貸すような真似をするんだ?」
エリノアは軟禁中。
屋敷から出ることは勿論、外部との連絡すら禁じられている状態。
俺とジンバール家に関しても、同様の扱いを受け動向を監視されているのが現状だ。
今日の監視役が鉄人と海人であり、昨日レイラの使者から連絡を受けこの場を設けることが出来た。
「それに関しては、先ほど申し上げた通りですわ」
レイラは関心と計算が混じったぎらぎらした視線を、ためらいもなく俺に突きつけてくる。
「あなたがこの国にいた方が、マール連邦にとって利益になる可能性が高いからです。……後はまあ、やはりあなたの神能が《種馬》だから」
「……この力は、なかなか曰く付きの神能らしいな」
俺は肩をすくめ、巷で囁かれる噂とやらを苦笑まじりに肯定した。
「三百年前の王様と同じでしょう? 気になるのは当然よ」
「お主の神能も、確かに気にはなる。だが――儂としては、それ以上に“異なる世界の知恵”に興味があるのじゃ」
先ほどまでのダレルとは違い、責任ある鉄人の族長としての顔を見せた。
彼の顔に刻まれた皺は、この地で生きてきた年月を表すだけではない。
数々の苦悩と憂慮、未来への不安でも出来ているのだ。
「今、マール大要塞は我ら鉄人が管理しておる。だが現実は厳しい。改修どころか、維持すらままならん。兵器も資材も、知恵も足りぬ。……このままでは、いずれ滅びる。儂らに残された時間は、そう長くはあるまい」
「はははっ! 随分期待されているようだな」
グラーネが笑いながら肩をすくめる。
「お前はお前で、大変な思いをしてここまで来たというのに。まったく、この世界の者たちは容赦がない。……ソウマ、たまにはぼやいてもいいのだぞ? 我々は夫婦なのだから」
「ああ、本当にな」
俺もつられて笑った。
だがすぐに、現実の重さが頭をもたげる。
「まあ、ぼやくよりもまずは現実だ」
グラーネに肩を抱かれ、少し気が楽になった。
要するに、俺達の世界で学んだ知識をこの国の者達に提供出来れば。
……そう。話は、きっと上手くまとまる。
「二人の言いたい事は分かったよ。……だが、それは無理だな」
「……ええっと、追い出されたい訳じゃないですわよね? 一応、確認しますけど」
「何じゃ、何か理由でもあるのか?」
レイラとダレルの疑問に対し、真摯に答えた。
「神能を持つ人間についてだが、この国には俺の他にもう一人、マモルという友人が来ている。だが俺達はあまり勉強が得意ではなかったし、神能に関しても使い方が限られているものだ。使い道は勿論有るだろうが、皆を説得する材料としては弱いな」
ここは今現在の俺の価値を、正直に話すべきだ。
その上で、将来的なプランを提示する。
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