7話 盟友オーレリア④
そして、また次の日。
急な話ではあったものの、結婚式は無事に終える事が出来た。神父役はモリス。
俺とグラーネが首から提げたネックレスには、グラーネの両親が生前身に付けていた指輪を通してある。
今は神殿の外で、ささやかな食事会をしている最中。
三つの大きな丸いテーブルと椅子が用意してあり、俺とグラーネは二人で挨拶回りをしていた。
「はっはっは! ほれ、ソウマ! お前も飲もう!」
「ありがとう、ダレル」
葡萄酒がなみなみと注がれた杯を受け取り、一息で飲み干した。
正直、酒の味もまだ分かっていない俺には苦痛だった。
それでもパフォーマンスとして必要なのだから、耐えるしか無い。
「おいおい、ダレルよ。私には注いでくれないのか? お前とは何度も飲み比べをした仲じゃないか」
「おお! すまんな、グラーネ! ほら、お前にも」
そんな俺を見かねて、助け船を出してくれたのが我が妻。
ダレルから受け取った酒をすかさず飲み干す。
「ふう。皆、急な話だがよく集まってくれた。……うーむ、族長とその関係者だからと一カ所に集めすぎたか? 狭い思いをさせてすまない」
「平気よ、グラーネ。でもまあ、あなたが結婚とはね。……私もそろそろ考える時期なのかなあ。どう思う? オズワルド」
「……クロエ、君たち森人は我々に比べて長命だ。それほど急ぐ必要は無いのではないか?」
「……うん。ま、焦る必要無いわよね。ありがとう、オズワルド」
オズワルドと会話している女性の名は、クロエ・スタンダール。
背は低めで、切れ長の目に長い耳。森人の族長補佐をしているそうだ。
グラーネ曰く、見た目は冷たそうな雰囲気だが意外に茶目っ気のある人物との事。
「オズワルド。オーレリアの件でヴォルック家の方は大変だろう? 何かあれば相談してくれ」
「全くその通りだな、グラーネ。今日の結婚式に参加する事さえも、家の連中は最後まで文句を言っていたよ。……それでも、いい切っ掛けだったと私は思っている」
酒が入っている影響もあるのか、オズワルドの表情は柔らかかった。
「そうですよ、オズワルド様! 僕たち海人にとっても、オーレリアさんの恩赦は嬉しい知らせでした。皆でマールを盛り上げていけるといいですね!」
「オズワルド様。兄が申し上げた通り、あなたの裁定は海人の族長であるレイラ様も喜んでいました。海人もヴォルック家に対し協力を惜しまない、との事です」
「ヨシツネ、トモエ。お前達の言葉、このオズワルドがしかと受け取った。獣人と海人も、もう少し交流を増やすべきだな」
海人の族長代理として参加してくれた、ヨシツネとトモエ。
彼ら海人の特徴なのか、皮膚の一部に鱗のようなものがある。
明るい性格なのがヨシツネ、静かなのがトモエと事前にグラーネから紹介されている。
「二人とも、今日はよく来てくれたな。有り難う。レイラにも宜しく言っておいてくれ」
「はい! 族長もグラーネ様の結婚相手が気になっていましたので、宜しければお時間のある時に二人で遊びに来て下さい」
「ああ、近いうちに顔を出すつもりだ。……とまあ、これで挨拶回りも済んだ。後はお前達で飲んで食べてくれ。おい、ダレル。あまり飲み過ぎるなよ」
ジンバール家とその関係者が集まったテーブルに戻り、ようやく落ち着く事が出来た。
タイを胸ポケットに入れ、シャツのボタンを一つ外した俺は、テーブルの皿にあった手羽先を手に取りかぶり付いた。
程よい塩加減が心地良い。
水で薄めた葡萄酒を一口飲み、一息ついた。
「ピーター、この手羽先は美味いな。良い仕事だ」
俺が美味そうに手羽先を食べているのを見て、料理人のピーターは顔を綻ばせた。
「本当ですかい? そりゃ良かった。うちの屋敷の奴らは濃い味付けが好みなんですが、ソウマの旦那はどっちかというと薄めの味がお好きでしょう? へへっ、丁度いい味付けに苦労しましたぜ」
「ああ、悪いな。世話をかけるが、よろしく頼む」
「いーえ、ソウマ様が来てくれてあたし達は寧ろ嬉しいんですよ。うちの旦那も言いましたが、ハッキリ言って屋敷の皆は舌がちょっと馬鹿になっちまってるのさ。いつかソウマ様の国の料理も作ってみたいねえ」
ピーターと妻のカミラは普段の仕事に少し物足りなさがあったのか、俺の存在を嬉しく思っているようだ。
確かに料理人としては、自分の作った料理を色んな味覚で楽しんで欲しい──そんな気持ちがあるのも分かる。
そんな二人の言葉を聞いたグラーネは、目を細めて小さく肩をすくめた。
別に怒っている訳では無いが、心外だという表情だ。
「……なんだ? お前たちは我々に対してそんなふうに思っていたのか。ふん、私とて貴族なのだ。お上品な味付けの料理も、嫌いではないぞ」
どこか拗ねたような口ぶりで言いながら、グラーネは憮然とした表情のまま手羽先にかぶりつく。
だがやはり味が物足りないと感じたのか、他の料理に添えられていたソースを器から取り、無言でたっぷりとつけて食べ始めた。
それを見たピーターとカミラは顔を見合わせながら、呆れたように小さく息を吐いた。
夫婦といえど、味覚の一致はなかなか難しい。
俺はそんなことを思いながら、手元の料理を静かに口に運んだ。
「ソウマ様。グラーネ様とのご結婚、誠にお目出度う御座います。先ほどは神父を務めさせていただき光栄でした。宜しければ、この老いぼれと是非乾杯を」
「勿論だ、モリス。さあ、乾杯しよう。医学の知識もあって凄いと思っていたが、さっきの神父役も見事だったよ」
「はいはいはいっ! 私もまーぜて!」
モリスと乾杯しようとすると、そこにタリアも割り込む形で杯を掲げ三人で乾杯する形となった。
彼女の頬は赤く染まっており、すっかり出来上がっている。
「いやー、まさか君がグラーネ様と結婚とはねえ。もうソウマ君とは呼べなくなっちゃったよー」
「別に今まで通りでも構わないぞ、タリア。というか、この国の人達はその辺り結構大らかだよな。俺はその方がやりやすくて良いけど」
「その辺りに関しては、この国の現状が影響しているかと。マール連邦と名乗ってはいますが、実際の所は五つの種族と人間の寄せ集めでしかないので……」
アルゴルの言葉で察しがついた。
確かに、それほど統一されていないからこそ、周辺国から本格的な脅威と見なされていないのだろう。
柔軟性や多様性という利点はあるだろうが、それをもどかしく思う者がいるのも当然だった。
「それでは駄目なのだ! この国は強くならねばならん! かつて《豊穣王》が築き上げたマール王国のような、強く豊かな国を民は求めている!」
「そうだそうだー! もっとみんな仲良くしろー!」
「あの、二人とも。危ないから落ち着いて……」
「……はあ。グラーネはお酒が入ると大変なのは知ってたけど、まさかタリアまでとはね……」
肩を組んだグラーネとタリアが、それぞれ空いている手に酒瓶を持ち、大声で騒ぎ始めた。
マモルとオーレリアが必死に宥めようとしているが、効果は薄そうだった。
――まさか未成年で結婚することになるとは思ってもみなかったが、悪くない気分だ。
俺はちびちびと酒を口に運びながら、ときおり会話に加わりつつ、楽しそうな皆の顔を眺めていた。
だがそんな幸せな時間は残念ながら、長く続く事は無かった。
その日の夜、エリノアが軟禁されたとの報が届いたからだ。
そして、それは俺とグラーネにも及んだ。
軟禁処分に伴い、一週間後に族長達が集まる会議に出頭せよと知らせが届く。
罪状は当然、エリノアと共に種馬である俺を匿った共犯者としての疑いだった。
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