7話 盟友オーレリア①
「結婚……ですか? グラーネ様と、このお方が? ……それはまた……急な話で御座いますね」
「ああそうだ、パトリックよ。そして紹介しよう。この男こそ愛する我が夫、ソウマだ」
次の日、俺とグラーネは獣人の族長であるヴォルック家へと赴いた。
現在こそヴォルック家が族長の座にあるが、かつてはグラーネの実家であるジンバール家がその地位を担っていた。
四年前、両家の間で争いが起こり、その結果として族長の座はヴォルック家へと移った――どうやら、それが経緯らしい。
グラーネの話ぶりだと、相当に酷い殺し合いだったらしい。
決着は着いたものの、ヴォルック家の卑劣な戦い方に納得がいかない獣人が多数派という有様。
族長として獣人をまとめるのに今も苦労している、というのが現状と聞いた。
「ソウマだ、よろしく頼む」
パトリック・ハドリー。ヴォルック家の家老を務めている。
長身で浅黒い肌、おそらく年齢は40歳前後だろう。
穏やかな雰囲気の中に、武人としての威圧感を纏っている。
「よろしくお願いします、ソウマ様。……それで、グラーネ様。本日はご結婚の件でオズワルド様に挨拶にお見えになった、ということでよろしいでしょうか?」
パトリックの問いに、グラーネはあっさりと首を横に振った。
「いや、ここに来たのは別件での話をする為だ。結婚の話はついでだな」
「左様でしたか。しかしながら、現在我が主はダレル様に用事があるとの事でして。ただいま外出しております」
「そうか。二人にはどこに行けば会える? 差し支えなければ教えて欲しい」
「鉄人の一番大きい街に行くと仰っていました。行き違いになる可能性もあるので、屋敷でお待ち頂くというのも──……いえ、失礼しました。今の言葉はお忘れ下さい」
パトリックが頭を下げる。
そんな彼の姿を見たグラーネは一瞬心苦しそうな顔を見せた後、肩をすくめて笑った。
「はは、気を遣わせたな。気にするな、パトリックよ」
そう言ってから、グラーネは俺の方を振り向いた。
「さあ行くぞ、ソウマ。次は鉄人の街だ」
俺達はそれぞれ自分の馬に跨がり、次の目的地へ向かった。
あちこちで煙が上がったり、怒鳴り声の応酬があったりと。
初めて見る彼らの生活ぶりは、とても興味を惹かれるものだった。
重労働で疲れている顔もあれば、商品を懸命に値切る顔があり、渾身の作品を見せびらかしている顔もある。
武器、陶器、民芸品。
様々な品が並べられた店に目を奪われながら、俺達は鉄人の街を歩いていた。
「おお……ようやく鉄人をこの目で見ることが出来た」
「そういえば、お前は隠れてこの国にやって来たと言っていたな。鉄人は付き合いやすいが、あれで意外と人見知りする奴らだ。第一印象が大事だぞ」
「へえ、覚えておくよ」
街の中を歩く鉄人に、どうしても視線が移ってしまう。
想像していた通り、彼らの見た目はファンタジー作品に登場するドワーフのそのもの。
グラーネ曰く、寿命は人間と変わらないらしい。
鉄人の街は、全体的にほんの少し建造物が小さく造られていた。
だが他の種族も利用することを考え、ある程度の大きさは考慮されているようだ。
そうして街の中を歩いていると、探していた人物達はすぐ見つける事が出来た。
広場の一角にある噴水の近くで、二人の男が立ち話をしている。
「け、結婚じゃと!? お主が、その優男と!? あれだけ、『結婚するなら、サイラスお爺さまのような強い男がいいの~』などと言っていたお前がか……!」
目的の二人を見つけたグラーネは、これ幸いと二人の会話に割り込んだ。
鉄人の族長ダレルが大声で喚いたせいで、周りから好奇の視線が集まっている。
「……流石に驚いたな。おめでとう、でいいのか?」
獣人の族長オズワルドも、意外な人物が結婚したと驚きの表情を浮かべている。
ダレル・マルコス。鉄人の族長を務めている。
鉄人の男達は皆が髭面で判別が難しいが、髭に混じった白髪の多さから年齢は恐らく50代半ばだろうか。
鉄人なので小柄ではあるが、いかにも力持ちといった体型。
人当たりは良さそうで、付き合いやすい性格の人物だと感じた。
オズワルド・ヴォルック。獣人の族長。年齢は20代半ばくらい。
長身で鋭い目つきをしており、体に関しては日々鍛錬をしているのが一目で分かった。
筋骨隆々という体型ではなく、あくまで必要なだけの筋肉を鍛えたというような体型。
実際に見たことはないが、狼のような男。
だが野生動物のそれとは相反するような、どこか純朴な青年のような雰囲気を併せ持っている。
「ああ、二人とも存分に祝ってくれ。それでな、急な話なのだが……明日の正午辺り、結婚式をやる。良ければ出席してくれないか? 場所はウェヌスの神殿。貧乏貴族なのですまないが、酒とちょっとした食事くらいは出せるぞ」
「ううむ……式には出られるが……本当に良いのか? もう少し経った後で、盛大に式を挙げてもいいと思うんじゃが……。なんなら、マルコス家から金を出してもいい」
「式には俺が出よう。グラーネ、ヴォルック家からも金を出す用意があるぞ。……まあ、妻には内密にだが」
二人の厚意に対し、グラーネは首を振った。
「マルコス家とヴォルック家の厚意は有り難いが、それには及ばん。お前達の領民の為に使ってくれ。……しかし金はいらんが、その代わりに了承して貰いたい事がある。聞いてくれるか?」
「構わない。言ってみろ、グラーネ」
「……ふうむ。何やら金を払うより、面倒な話の気がするが」
グラーネは一息つくと、本題に入った。
「私の頼みはな、オーレリアの事だ。いずれ子供が生まれた時の為に、彼女を我が屋敷で働かせたい。どうだ、オズワルドよ。了承してくれるか?」
「……なるほどのう。オーレリアの処遇についてか」
周りには相変わらず野次馬がいるが、オーレリアの名前が出てから雰囲気が変わった。
それはオーレリアという存在に対する同情や労り、ヴォルック家に対する怒りや蔑み。
様々な感情が、彼らの視線から伝わってくる。
「そうか。そういう話か……」
オズワルドは目を閉じ、腕を組み天を仰いだ。
扱いが難しい人物である事が窺える。
「オズワルドよ、あれから四年だぞ? 彼女のした事といえば、戦場でただ斧を振るっただけ。これ以上何を償えというんだ?」
「そうだな。彼女は高潔であり、戦場に於いては正に鬼神の如き存在だった。我が祖父ルドルフを見事な一撃で討ち取ったあの光景を、私は今でも覚えている。……だからこそ、難しい話だ」
恨みがあるという訳では無いのだろう。
眉根を寄せたオズワルドの顔には、様々な感情が浮かんでは消えていく。
「結局は面目の問題だという事か。戦とはいえあんな卑劣な真似をしたヴォルック家に、そんなものが果たして存在するのか?」
グラーネの言葉により、場の空気が一瞬にして凍えた。
熱気のある街にいるはずが、どこか肌寒い。
「……ほう。グラーネ、ここから先は言葉を選んだ方がいいぞ」
静かな印象だったオズワルドに、剣呑な雰囲気が漂い始める。
笑顔とは元々攻撃的な意味合いを持っていたそうだが、彼のそれはまさしく本来のもの。
だがそんな彼の笑みを、グラーネは涼しげに受けていた。
「グラーネよ、言葉が過ぎるぞ」
「ダレル、私は別にヴォルック家に喧嘩を売るつもりはない。双方にとって利のある話をしているのだ」
「オーレリアを赦すことが、ヴォルック家にとって利があると?」
オズワルドの雰囲気が和らぐ。
聞かせてみろという態度だ。
「その通りだ、オズワルド。私がなぜ野次馬がいる状況でオーレリアの話をしたか分かるか?」
「……皆の前で話をする事で、私が断りづらい空気を作る為だと思ったのだが。違うのか?」
「ああ、勿論そういう狙いもある。他には?」
「……謎解きは好きじゃない。明確な理由を話してくれ」
「……オズワルド、お前はいつまでも本当に……。なら、ソウマ。オズワルドに教えてやれ。私の意図を」
しばらく傍観者でいた俺に、突然出番がやってきた。
「はあ!? そんな事をいきなり言われても、俺に分かる訳がないだろ」
「いや、お前なら分かる。何故なら、私はお前をそういう男だと見込んで結婚したからな」
「……すまない、オズワルド。少し考えるから時間をくれ」
「構わないさ、ソウマ。……君も大変な女に見初められたな」
腕を組み、口をへの字に曲げ周囲を見渡す。
ここにいるのは野次馬に俺とグラーネ、族長のダレルとオズワルド。
俺の頭の中にある情報を整理する。
ヴォルック家とジンバール家の確執、オズワルドの族長としての振るまい、オーレリアの存在。
それらを踏まえ、グラーネが提示する双方の利とは──
「……ああ、そういう事か。何となく分かった気がする」
「うむ。ソウマ、話してみろ」
「グラーネ、その前に確認したい。オーレリアについて、獣人以外の種族はどこまで知っているんだ?」
「ダレルよ。オーレリアについて、お前が知っている事を話してくれ」
「……彼女については、儂だけではなくマールに住む多くの者が知っていよう。数年に一度この国で開催される武闘大会。彼女の戦いぶりに皆が心を震わせたものだ」
目を閉じながら、その時の光景を思い出しているのだろう。
その戦いが見られた喜びと、もうそれを見る事が出来ないという寂しさ。
そんな表情だった。
「ありがとう、ダレル。それなら多分、俺の考えは合っていると思う。オズワルド、オーレリアに恩赦を与えると皆の前で宣言してくれ。その後に、各種族にもお触れを出して貰うんだ。後はあんた達次第だが、ヴォルック家に対する周囲の印象は少しずつ良くなっていくと思う」
グラーネの方を見ると、大きく頷き微笑んでいた。
「……ほーう」
ダレルとしても合格という判断のようだ。
顎髭を指で弄りながら、興味深そうに俺を見ている。
「……なるほど、印象か。しかしそれは、所詮一時的なものではないのか?」
オズワルドは未だに懐疑的な様子。
そんな彼に対し、言葉を続ける。
「そうだな、一時的なものに過ぎない。だがそれは、ヴォルック家の振る舞いにより恒久的な信頼にもなり得る。これはその第一歩なんだ、オズワルド」
「……素晴らしい。やはり私の目に狂いは無かったようだな」
グラーネに背中から抱きしめられる。
周囲の目もあり、もの凄く恥ずかしい。
「ううむ、流石グラーネが選んだ男という訳か。腕っ節はグラーネに任せて旦那は頭で補佐。……案外、お似合いかもしれんな」
「そうだろう? ふふっ、我ながら良い買い物をしたものだ」
なんとかグラーネを引き剥がし、オズワルドの返答を待つ。
「……一度、話を持ち帰ってもいいだろうか? 皆に相談を──」
「いい加減にしろ、オズワルド!」
先ほどまで機嫌が良かったグラーネによる、突然の怒号。
よく言われる事だが、美人が怒ると怖いというのは本当らしい。
野次馬の連中もグラーネの迫力に後ずさりしている。
「この程度の事にあの女、フェリシアに伺いを立てる必要がどこにあるというのだ!? 獣人の族長は誰だ! 言ってみろ、オズワルド!」
「オーレリアの事となるとそうはいかんのだ! ……恥ずかしい話だが、私はヴォルックの者達さえ抑えることに苦労している」
オズワルドの悲痛な叫び。
彼の家の事情を窺い知ることは出来ないが、族長としての資質が明確に欠けている。
それが、彼に対する俺の評価だった。
恐らくグラーネとダレルは勿論、この場にいる野次馬、そしてヴォルックに連なる者達からの評価でさえも。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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