6話 懐胎②
「……お前、凄いな。どんな風に誘ったんだ?」
「うーん。なんか機嫌が良さそうだったから、試しにお願いしてみたんだよね。そしたら教えてくれた、みたいな感じだったよ」
「ふふ、マモルのそれは最早才能ですね。政治の世界で生きていると、そのような人にやり込められてしまう事があります。……ええ、そうです。こちらが有利な条件で話を進めていたはずなのに、一体何故……」
どうやら思い当たることが多々あるようだ。
エリノア王女は虚ろな目で、過去の出来事を振り返っている。
早急に、現実に引き戻して差し上げなくては。
「皆様、紅茶とお茶菓子をお持ちしました~」
そこに、いいタイミングでエメリンが現れた。
甘く良い匂いがするお茶請けはクッキーで、小腹も空いていた俺には有り難かった。
「んじゃ、俺が早速……おお、こりゃ美味いな! いつも通りいい仕事だぜ、エメリン! さあ、姫様も是非!」
エメリンが紅茶も淹れ終わらぬうちに、ライエルはクッキーを口に放り込んだ。
マナーに欠ける行為だが、ライエルなりに機転を利かせたという事だろう。
「え? ああ、そうね、ライエル。それじゃあ、これを頂こうかしら。……まあ! エメリン、とっても美味しいわ、このクッキー」
「良かったです~! 姫様、最近好みの味が変わりましたよね? 色んなお味のものを作ってみたので、皆さんも宜しければ~」
「じゃあ、俺はこれを」
王女と同じものをつまみ、一口食べてみる。見た目でレーズンが入っているのは分かった。
甘みと酸味のバランスが丁度いい。淹れ立ての紅茶を一口飲み、唇を湿らす。
「おお……。レーズンは苦手だったけど、これは認識を変えないといけないな。美味いよ、エメリン」
一つ、苦手な食べ物を克服出来たかもしれない。
この世界では、あれが好きこれが嫌いとは言っていられない。
よくやったなと、とりあえず自分を褒めておく。
「では私はこれを貰おう。……うん、いいチョコレートを使っているな。素晴らしい」
「じゃあ僕はこれかな。クッキーの上にジャム、どれどれ……うわ、美味しい!」
俺達の様子を見て、エメリンも嬉しそうに微笑んでいる。
「……あなた達も食べたら? 後で食べられるかもしれないけど、焼きたての方が美味しいでしょう?」
「えっ!? いやー、でもそんな、姫様の前で……」
「それじゃあ、命令するわ。アルマ、イライザ、エメリン。私達と一緒にお茶とお菓子を楽しみなさい」
やはり甘いものは好きなのか、侍女三人の顔が明るくなる。
「さっすが姫様! ささ、ソウマ君。ちょっとそっちに詰めてね」
「グラーネ様、お隣失礼しますね」
「私達の分のカップとお皿を持ってきますね~」
俺も甘いものは好きだが、この調子だとあっという間に無くなってしまう。
今回は侍女の皆に譲るとしよう。
「そういえば、ウルスラがいないな。何か他の仕事でもやってるのか?」
先ほどから姿を見ていない、あいつ。
いない方が気楽だから、別にいいのだが。
「あ、ウルスラは姫様にお使いを頼まれて出かけてるよ。ちょっとした物を買いに行ったりさ」
「なるほど。折角の機会だったのに、ついてないな」
「ウルスラは、甘いものが余り好きではないので。本人も気にしないかと思います」
「そうそう! あの子、本当に甘いもの食べないの」
「んじゃ、問題無いか」
エメリンが三人分のカップと皿を用意して戻ってきた。
丁度いい機会なので、しばらく俺は皆の会話を聞く方に回ることにする。
こういう時に周囲の人間を観察する事で、その人の得意な話題や苦手な話題、好きなものや嫌いなものをある程度把握しておく。
それが俺の処世術の一つだ。
それぞれが思った事、気になった事を話題にし、お茶会の時間はゆっくりと過ぎていった。
そんな中、俺はふとエリノア王女の様子が気になった。
いや、王女に関しては、朝食の時から違和感があった。
「エリノア王女。俺の勘違いだったらいいんだが、体調は大丈夫か? なんだか、朝から少し顔色が良くないように見えたからさ」
「……分かりますか? 一応、化粧で誤魔化していたつもりだったのですが」
「えっ!? 姫様、ごめんなさい! 私達、全然気づけなくて、その」
「姫様、お医者様をお呼びいたしましょうか?」
先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、アルマとイライザはすぐに仕事の顔に戻った。
エメリンは慌てふためき、ライエルも姿勢を正して王女の様子を窺っている。
「……エリノアよ。先ほどエメリンがお前に関して、気になる事を言っていた。最近、味の好みが変わったと。他に何か、体に異変を感じた事はあるか?」
「そうですね……一昨日あたりから、吐き気のようなものが。それになんだか、匂いに敏感になった気がします」
「なるほどな。……エメリン。エリノアの食事に関して、何か気づいた事は?」
「そ、そうですね~、えっと……。ソウマ様が来てから、丈夫な体を作るために食事はしっかり摂っていました……ですが、ここ数日は食事の量が減っているような~……」
確か、早い人で四週目から症状が出始めると聞いたことがある。
……つまり逆算すると、最初の夜だ。
「決まりだな。エリノアよ、すぐに医者に診てもらえ。お前は身籠っている可能性が高い」
「……確かに、その可能性は有りますね。グラーネ、あなたの所のモリスに診てもらいたいのだけど、いいかしら?」
「勿論だ。私が一度屋敷に戻り、連れてこよう。ついでに何か役に立ちそうな物と一緒にな」
「ええ、ありがとう」
俺とマモル以外が慌ただしく動き始め、お茶会はお開きとなった。
ライエルは俺の肩をぽんと叩き、バルコニーを後にした。
種馬としてのお役目ご苦労という、彼なりの労いのつもりなのだろうか。
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