5話 獣人の女、グラーネ③
「そういう事なら、仕方ないわ。……では、ソウマ。グラーネの繁殖期が終わるまで、彼女の屋敷に滞在して下さい。構いませんか?」
「ああ、分かった。グラーネ、君の繁殖期は後どのくらいまで続くんだ?」
「いつも通りなら、一週間くらいだと思う。今日と明日で飲んでいる薬の効果を抜く事を考えると、お前に種馬として頑張って貰うのは五日ほどだな。よし! 早速だが、屋敷に帰らせてもらう。ソウマ、馬で帰るから私の背中にしがみついていてくれ」
かなり大変そうだが、それが俺の役割。無事にこなせるよう励むしかない。
「……その、グラーネ。馬に乗るのは初めてなんだが……」
「ほう、そうなのか? 私の馬は気性は荒いが、まあ大丈夫だろう。ではエリノア、またな」
「ええ。あなた達、二人の見送りをお願いね」
アルマとイライザに見送られ、王女の屋敷を後にした。
結局、グラーネの馬には無事に跨がることが出来た。それどころか、鼻筋を撫でる事さえ許してくれたほど。
これには、グラーネも驚いていた。
「お前達、今帰ったぞ!」
エリノア王女の屋敷からそれほど離れていない場所に、グラーネの屋敷はあった。
「ふ、太股がつりそうだ……」
「はははっ! 最初は皆そうなる。慣れるしかないな」
「お帰りなさいませ、グラーネ様。……お客人ですか?」
屋敷に到着すると、庭の手入れをしていた獣人の男が出迎えてくれた。かなり大柄な体格だ。
「ああ、この男の名前はソウマだ。しばらく屋敷に滞在するから、よろしく頼む」
「アルゴルです。よろしくお願いします、ソウマ様」
「やあ、初めまして。よろしく頼むよ、アルゴル」
「アルゴル、談話室に皆を集めてくれ。大事な話だ」
「分かりました」
グラーネに案内され談話室で待っていると、やがて屋敷で働いている者達がぞろぞろと入室してきた。
最後の一人がドアを閉めて整列した所で、グラーネが口を開いた。
「うむ、全員いるようだな。皆に紹介しよう。この男の名前はソウマ、しばらく屋敷に滞在する事になっている。アルゴルは先ほど済ませているので、それ以外の者達は軽く挨拶してくれ」
最初は長くこの屋敷で働いているであろう、年齢は60代ほどの人間の男からだった。
「モリス、と申します。ここで働き始めて30年程になりますな。よろしくお願いします、ソウマ殿」
アルゴルを飛ばし、次に挨拶したのは小柄な獣人の女性。
「タリアです! アルゴルと一緒にグラーネ様に拾われて、ここで働かせてもらってます。よろしくお願いしますね」
そして最後は、小柄で恰幅のいい夫婦らしき男女の獣人が二人。
「ピーターです。妻と一緒に料理人をやらせてもらってます。よろしくお願いします、ソウマの旦那」
「カミラです。夫のピーターと料理の仕事をしています。よろしくね」
これで挨拶は全員済んだはず。グラーネからこの場にいる皆に向け、俺についての説明があるはずだ。
「良いか? 今から私が言う事は他言無用だ。この男、ソウマはリヒトブリック王国の神柱石により召喚された、《種馬》の神能を持つ人間だ。普段から親交のあるエリノア王女が彼を匿っていた。私はソウマの力を借り、ジンバール家再興を果たす。異論はあるか?」
しばらく反応を待つが、反対の意見を言う者はいなかった。
驚きと喜びで、皆が色めき立っている。
「おお……。ついに、ついにでございますな」
「確か、神柱石の召喚そのものが三百年ぶりなんでしょ? もの凄い幸運じゃない? ねえ、アルゴル」
「……ああ。この機会は逃すわけにはいかない」
「余所の世界から来たっていうと、俺の料理が口に合うか心配だなあ」
「ま、ウチらはそれだけ考えとけばいいね」
それぞれの様子を確かめ、グラーネは満足そうに微笑んだ。
「明日、明後日はソウマに剣や馬術を教えるなどして普通に過ごす。ピーターとカミラは、ソウマに精の付く料理を作ってやってくれ。ソウマ、皆に言っておきたい事はあるか?」
「そうだな……俺はこの世界やこの国の事をまだ何も知らないから、何かあったら色々聞くことになる。その時はよろしく頼むよ」
こうして、グラーネの屋敷での生活が始まった。
「ふう……はあ……グラーネ。流石にもういいだろう? これ以上は……」
「はあ……はあ……そうだな……とりあえず、水でも飲もう……」
そして、グラーネの屋敷で過ごす最後の夜。
出すものも出し尽くした俺は、すっかりぬるくなった水で喉の渇きを癒やした。
グラーネも水を飲み干すと、足を開きスペースを作った。そこに座れという事らしい。
「うむ、それでいい。ふふっ……しかしまあ、種馬の神能にも弱点があると分かって良かったな」
「……ああ、三日目だったか? いくら起こそうとしても、一日中ずっと眠りっぱなしだったんだろ?」
最初の頃は、かなりのハイペースだった。それこそ、こういう殺され方もあるのかと思った程に。
恐らく種馬としてきちんと仕事をする為に、神能の力が強制的に体を休ませたんだろう。
「すまなかった。繁殖期となると、色々と抑えるのが難しい。次からは気を付ける」
背中から優しく抱きしめられる。柔らかい胸と、硬い腹筋の感触が面白い。
「ああ、そうしてくれると助かる。……それで、グラーネ。真面目な話をしてもいいか?」
「ほう、なんだ? 言ってみろ」
俺とマモルに関わる大事な話だ。今なら断られないだろう、そう判断した。
「そのうちエリノア王女からもそういう話があるだろうけど、確実な話じゃないからな。……王女が国に帰ったら、俺と俺の友人を一人、ここで住まわせて欲しい。勿論、俺達に出来る仕事はやるつもりだ」
「それは私にとって望ましい展開だな。しかし、友人もマールに来ているのか。勿論構わないぞ」
「そうか。助かるよ」
「……いや、待て。条件がある」
「こっちが無理を言ってるんだ、どんな条件だ?」
グラーネは呻きながら、何かを言い淀む。
それから一度深呼吸をして、条件を告げた。
「……いいか? 私の都合もあるが、お前をより確実にマールで生活させる為の提案だ。ソウマ、私と結婚してくれ。それならお前を守る事が出来る」
「要するに、他人じゃ厳しいって事か? ……分かった。俺で良ければ結婚してくれ、グラーネ」
俺を抱きしめる力が少し強まる。
言葉より先に伝わってくるのは、俺への謝罪と労り。
「……こんな身売りのような真似をさせて、すまない」
これから結婚する相手に罪悪感などいらない。
それならばと、もう一つ提案する。対等な立場だと伝える為に。
「それじゃあ、夫になる男の願いをもう一つ聞いてくれるか? 俺の友人はまだ他の国に沢山いる。マールに、俺の友人達が安心して暮らせる場所を作りたい。どうだ、手伝ってくれるか?」
抱きしめられる力が、より強まった。
全てのものから、俺を守ろうとするかのように。
「ソウマ。私はグラーネ・ジンバールの名に懸けて、お前とお前の友人が安らかに、生涯この地で暮らせるよう尽力することを誓おう」
ひたむきな言葉と、暖かな温もり。
ここに、俺とグラーネの誓約は成された。
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