5話 獣人の女、グラーネ②
「……ははは、すまない! 馬車でこの神殿に向かう者がいると従者から報告を聞き、様子を見に来たのだ! この神殿の管理を任されているからな! 今、そちらに顔を出す!」
どうやら、読みは当たったようだ。
柱の陰から顔を出した人物がこちらに歩み寄って来た。
「……はあ、あなただったのね。全く、人騒がせな……」
エリノア王女の顔見知りらしい。
ライエルとイライザも警戒を解いたようで、とりあえず一安心といったところか。
「……ったく。いつもみたいに俺達をからかうつもりだったんだろうが、洒落になってないっつうの」
不満を漏らすライエルの横で、イライザも小さくため息を吐いている。
きまぐれにタチの悪いからかい方をすることがある、そんな人物のようだ。
彼女の見た目を観察する。
長いウェーブのかかった金髪に小麦色の肌、緑の目。
身長は俺と同じくらいで、170半ばくらい。
多分、俺の方が少し低いと思う。腰には幅広の剣を下げている。
だがそれらが霞むような特徴として、人間の耳の他に動物のような耳がある。
鉄人と同様に、異種族の一つなのだろう。
「エリノア。普段ロクに人も訪れない場所に、馬車でやってきたお前らも悪いぞ? 私が管理する場所で、政治的な企みでも相談されては困る。そうだろう?」
「……確かに、この方角にある建物はこの神殿だけ。そういった意味では、あらぬ誤解を招いてしまったかもしれないわね」
「いや。気にするな、エリノアよ。私とお前の付き合いではないか。……ところで、初めて見る顔がいるな。お互いに自己紹介でもしておくか?」
「あ、ああ。俺の名前はソウマ。よろしく頼む」
グラーネの鋭い目つきと野性的な雰囲気に圧倒されそうになるが、なんとか名乗ることが出来た。
「ソウマというのか。私はグラーネ。グラーネ・ジンバールだ。まあ、見ての通り獣人だな」
「ケモノビト……。マールには君みたいな種族が沢山いるのか?」
「なんだ、マールに来たのはつい最近か? この国には獣人、鉄人、森人、海人、竜人、そしてお前達『人間』が住んでいる。人間の立場は些か窮屈だがな」
まさに多文化社会という言葉が相応しい国。
人間の立場に関しては不安が残るが、退屈する事は無さそうだ。
「へえ、面白そうな国だな。人間がこの国で生活する上で、何か気を付けるべき事はあるのか?」
初対面で厚かましい事と思いつつ、この国で暮らす先輩に助言を請う。
「他種族の問題に関わらない。これに尽きるだろうな」
「分かった、覚えておくよ」
挨拶はこのくらいでいいだろう。今は目立ちたくない。
俺の事は姫と護衛二人に付いてきた、召使いだとでも思ってもらう必要がある。
「エリノアよ、お前の屋敷で話さないか? いつまでもここにいると、本当に刺客の類いにでも襲われかねん」
「……ええ、そうね。久し振りに、世間話でもしましょうか」
思わず肝を冷やす羽目になったが、ひとまず事なきを得た。
場所はエリノア王女の屋敷に移る。
時間はまだ午前中で、談話室には俺、エリノア王女、グラーネの三人と、侍女のアルマ、イライザがいた。
「うん、相変わらずこの屋敷で飲む紅茶は美味いな」
グラーネはソファに座り優雅に足を組みながら、紅茶を楽しんでいる。
シャツとロングパンツ、ブーツのスタイルが様になっていて、もし俺に絵心があったとしたら、デッサンのモデルを頼んでいたかもしれない。
「ここなら、落ち着いて話が出来るわ。……ねえ、グラーネ。あなたの狙いは何?」
いきなり本題に入るエリノア王女。あまり長居はさせたくないとか、そういう訳では無いのだろうが。
談話室に入ってからずっと、友人との会話を楽しむというような雰囲気は無かった。
「ははっ! 全く、お前らしいな。それでは早速、そういう話をしようか。……ズバリ言おう。エリノアよ、ソウマ……この男は種馬だろう? お前の王位継承権の為に匿っている。違うか?」
どうやら、相当に頭の切れる人物のようだ。
侍女の二人も、客人の応対中ではあるが驚いた表情を見せた。
肝心の王女は目を閉じ、思案している。
「その辺りは相変わらず、嫌になるほど鋭いのね。……ねえグラーネ、あなたはこの事を族長達に報告する?」
「いや、そんなつもりは全く無いな」
政治家の顔で尋ねる王女に対し、両手を広げおどけた顔で否定するグラーネ。
「となればやはり、あなたの狙いもソウマ。ジンバール家を再興させる為に、神能の力を借りたい。間違いないわね?」
「そうだ。悪い話じゃないだろう? マールの中にも協力者は必要だ」
グラーネの詳しい事情は分からない。
ただ、これだけは分かる。
エリノア王女に続き、種馬の役割を果たすべき相手が早くも現れたという事。
「ソウマ、グラーネの望みについては貴方次第です。協力してもらえますか?」
「……ああ、問題無い。でもお互いの屋敷を行ったり来たり日替わりで、みたいなのはちょっとなあ……」
それはまあ、なんとなく嫌だ。
「そうなのか? 男としては女を取っ替え引っ替えと、夢のような話だと思ったのだが。ふーむ……だとすると、少し困ったな」
「困る? 何か問題があるのか?」
俺の気持ちとは裏腹に、待っていられない事情があるようだ。
「……なるほど。グラーネ、まさか今がその時期なのですか?」
「そうだ。薬で抑えているが、まさに今がその時期だな」
王女とグラーネの会話の流れで、なんとなく察する事が出来た。
「……えーっと、グラーネ。君は獣人だよな? 言葉として間違っているかもしれないけど、その……発情期があるのか? そういうものが」
女性にこういう事を聞くのは失礼かと思ったが、大事な話だ。
デリカシーの無い奴という批判を受け入れる覚悟はある。
「我々にも慎みというものがあるので、繁殖期と呼んではいるがな。獣人の身体的な特徴として、まず身籠るのが難しい。その上、人間のように一年中交わる機会が有る訳ではない。影響を受けている動物の血にもよるが、年に何回かある繁殖期が非常に重要なのだ」
「そういう事だったのか」
影響を受けている動物の血、という言葉が気になった。
言葉通りの意味なら、グラーネは見た目から推察するにライオンの獣人である可能性が高い。
だが俺が知っているライオンは繁殖に関して、それほど厳しい制限のようなものは無かったはず。
俺が知っているライオンとは違う生物の影響を受けているのか、そもそも人間と獣人の生殖機能が違うのは当たり前、という話でしかないのか。
とりあえず、そういうものだと理解しておく。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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