4話 たどり着いたマール連邦と、それぞれの役割④
「僕が開けてくるよ」
部屋の入り口に近い場所に座っていたマモルが立ち上がり、ドアを開ける。
やってきたのはアルマだった。
「あ、マモルくん。そういう時はね、部屋の中からどうぞって呼びかけてね。ソウマくんも、次からはそんな感じで」
「ああ、そっか。僕たちは客人だから、こういう事をすると困っちゃうのか」
「そういう事なのです。えへん!」
「分かったよ、アルマ。俺もなるべく客らしく振る舞えるよう、最善を尽くしてみせる」
当然、こんなやりとりをしに部屋を訪れた訳ではないはず。
「ええっと。今、時間あるかな? その、出来ればソウマくんと二人だけで話したいっていうか……」
「あ、僕は構わないですよ。じゃあソウマ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
幸い寝室は別々なので、遅くなったとしてもマモルの眠りを妨げる事にはならない。
「それでは、本日の議題です! ……ソウマくん、なんで姫様のお誘いを断っちゃったの?」
思い返してみると、あれは王女に恥をかかせてしまった事になるかもしれない。
もし誤解があるのであれば、正しておく必要がある。
「いや、流石に初対面の相手とその日のうちにっていうのは、無理だよ。しかも、相手はお姫様だろ? 仮に今日誘いに乗っていたとしても、緊張して上手くいかなかったと思う」
「むー、そういうものなんだね。……あれ、ひょっとしてソウマくんはそういう経験、無いの?」
「……そうですけど」
「そっか。……でもね、ソウマくん。きみの気持ちが準備出来るまで、あまり待っていられないんだよ。分かるよね? きみも姫様も、何が起こるか分からない立場だからさ」
お互いに、いつ殺されてもおかしくはない。
だからこそ速やかに、『役割』を果たして欲しい。つまりはそういう事。
「……はあ。具体的には、いつまで待ってもらえる?」
「明日の夜まで。一応、マモルくんとライエル隊長は一日屋敷を空けてくれるみたいだからさ。とりあえず、朝から姫様となるべく二人で過ごしてもらうよ。それで、後はまあ……頑張ってね」
明日。明日にはもう、種馬としての役割を求められる。俺は、俺は……。
「……あの、さ。そんなに不安なら、私と練習する?」
「……はあ!? いやいや、だから、無理だって!」
「ええー……? ……私って、そんなに魅力無いかな……」
「そういう話じゃないんだ。なんていうか、心の距離が問題というかさ……」
「ふーん? ……なんか男の人の事、ちょっと色眼鏡で見てたのかも。ヤレればいいって訳じゃないんだね」
随分と酷い偏見だが、それはあながち間違ってはいない。
別に見下す訳ではないが、少なくとも今現在この世界では、娯楽というものはあまりない。
ならば、異性との交わりが娯楽として多くの割合を占めているのは、事実としてあるだろう。
「まあ、男にも色々あるんだよ。それじゃ、アルマ。明日に備えて俺はもう寝るよ」
「あ、うん! ……おやすみなさい、ソウマくん」
そして、次の日。
結論から言おう。役割そのものは、なんとかやり遂げることが出来た。
ただお互いに初めてという事もあり、本当に酷い有様だった。
今は深夜で、隣には裸のエリノア王女がいる。
(……今日は朝から何をしていたか、あまり覚えていない)
自分にとって、他人と交わる事がこんなに精神的な負担になるとは思っていなかった。
これが、この先もずっと。
俺は自分で思っていた以上に、ナイーブな人間だったらしい。
「……ソウマ、まだ起きていますか?」
「……ああ、起きてるよ」
「今日は、お互いに初めてだったのですから。気にすることはないですよ」
「そう言われると、気にするのが男ってものらしいよ」
「……ふふっ。なるほど、勉強になりました」
少なくとも、身籠るまでは続けないといけない。それがお互いの役割。
「……正直、俺はこの行為が好きになる事はないと思ったよ。まあ、いつか好きな人でも出来たら変わるかもしれないけどさ」
「……私も、正直に話していいですか?」
「ああ。誰にも言わないから、安心してくれ」
「役割だとは分かっていても、私はなんて不幸な女なんだろうと思っていました。でも私を抱いている時の貴方はとても辛そうで、悲しそうな顔をしていました。お互いに不幸な者同士、仲良くなれるかもと思ったのです」
それは、とても意外な言葉だった。
「俺とエリノア王女が? まあ、そう思って貰えるのは少し嬉しいかな。その……かなり痛い思いをさせただろうし、嫌われたかと」
「ええ、本当に。股が裂けたと思いました。今もひりひりして、痛いです」
「……悪かった」
それに関しては、平謝りするしかない。
「貴方はこれから、種馬として沢山の女性を抱くことになるでしょう。……いえ、そうしなければならないのです」
「……そうなのか?」
「はい。種馬の役割を放棄しようとした者の末路は、良くない結末が多い。そして種馬の力に溺れる者の末路もまた、得てして悲惨です」
「過去の歴史、か」
どちらも想像出来るが、俺としては前者の結末の方が考えたくはない未来だ。
「だから、ソウマ。約束してください。お互いに見える景色は違うかもしれませんが、共にこの時代を生き抜くと」
そう言うと、エリノア王女は俺の手を握った。
小さくて冷たいが、はっきりと彼女の存在を感じることが出来た。
「ああ。約束する」
言葉と共に、王女の手を握り返す。
「……後は、寝る前にこれだけ。……貴方が私の初めての相手で良かったわ」
「……ああ、俺も。君が初めての相手で良かった」
こうして俺と王女はお互いのことを少しだけ知り、眠りについた。
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