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3話 友との再会④

「それで……気が済みましたかね? 私としてはそろそろ、マール連邦に向かいたいのですが」


 笑いたいのをこらえ、努めて冷静に。これで終わりならそれで構わないが、はてさて。


「そう……だな。すまなかった、ライエル隊長。どうやら我々の思い違いだったようだ」


「エルギン侯爵、どうかお気になさらず。あなたはあなたの仕事をしただけ。そうでしょう?」


 本当は文句の一つも言ってやりたいが、俺も大人だ。労いの言葉が相応しいだろう。


「……いえ! 父上、もう一度調べましょう! 何か、何か見つかるはずです!」


 粘るなあ、ラッセル君。嫌いじゃないぞ、そういうの。


「……ラッセル、もう終わったのだ。引き際を知れ」


「ですが……!」


「……おい、貴様。先ほどから何を気にしている?」


 ひどく冷えていて、落ち着いた王子の声。マモルを見ていた。

 いや、マモルが視線をやったであろう御者台を観察し始めている。


「王子殿下、どうなされました?」


 エルギン侯爵はまだ気づいていない。さあ、最後の仕掛けだ。


「そうか! 馬車の荷台じゃない、御者台だ! おい、誰か! 槍をよこせ!」


 核心に迫ったと言わんばかりの顔。目は爛々と輝き、興奮からか頬は上気している。


「ジークベルト王子殿下、どうかお止め下さい。それをされてしまいますと、馬車が出せなくなります」


「どうした? ライエル。御者台が駄目になったら変わりを用意すればいい。そうだろう?」


 ここは商業が盛んなパルティーヤ。御者台の変わりなどいくらでもある。間違ってはいない。


「この馬車はルガール国王陛下自らが金銭を出し、職人に作らせています。陛下の財産を毀損する事になりますよ?」


「……黙れ」


 鋭い一撃により、御者台は串刺しとなった。

 しかし勝利を確信していた王子の顔は、次第に困惑へと変わっていく。


「……なんだ? この感触は」


「はあ……だから申し上げましたのに」


 俺は種明かしとばかりに御者台の仕掛けを外し、がばりと開けた。

 そして中の物を手に取り、エルギン侯爵に渡す。


「こ、これは……」


 一見すると、ただの本だ。それが大量に御者台に詰め込まれている。


「よこせ!」


 王子は槍を投げ捨て、侯爵から本を奪い取ると内容に目を通す。だがすぐに本も投げ捨ててしまう。


「……帰りましょう、王子殿下」


 うなだれる王子をエルギン侯爵が支え、追っ手は全員撤退していった。これにて完全勝利。


「一体何の本なんだろう……っ! ええっ! これ、全部そういう本ですか!?」


「おうよ。ま、エリノア王女に泥を被っていただいたって訳さ。後で小言を言われそうだぜ……」


『リヒトブリックの第一王女は、とんでもない欲求不満を抱えているらしい』


 どこかの陰湿王子により、そんな噂が広まってしまうのは避けられない。

 俺は一度深い溜息をついてから、御者台にぎっしり詰まった官能小説をどかし始めた。



 ◇◇◇



「……ライエルとソウマ達は、そろそろ兄さんに追いつかれる頃かな」


 リヒトブリック城城内、執務室。


 ソファーにだらしない格好で寝そべる息子を傍らに、私はいつものように大量の書類に目を通していた。


「かもしれんな。……ヘクトル、いくらなんでもだらけ過ぎだ」


「別にいいじゃありませんか。父上だってこの前、僕と同じような格好で寝ている所を侍女に起こされたんでしょう? 弱いくせに、お酒なんて飲むから」


 それを言われては何も言い返せないので、話題を変える事にする。


「……それで? お前から見て、種馬の男はどうだった?」


「父上。彼の事はソウマと呼んであげて下さい」


「そうだな。……お前は、ソウマという男をどう評価した?」


 ヘクトルはソファーから起き上がり、テーブルに頬杖をついた。


「なんというか……よく分かりませんでした」


「……ふむ。それでは、この点についてはどうだ? 色を好むような男に見えたか?」


 そこは父親としては、気になる所。


「彼は童貞らしいですよ、父上。……ソウマがいた世界は、我々の世界と比べて文明が物凄く発展しているみたいです。となると、当然娯楽には事欠かない。男女の交わりに関しては、そこまで重要視していないのではないでしょうか」


 普段はおちゃらけているが、この息子は人を見る目だけはそれなりだ。

 自分で選んだ者達を側仕えにしているが、その誰かが問題を起こしたような話は聞いたことがない。


「そうか。他に、彼について気になった事はあるか?」


「当然ですが、我々リヒトブリックの王族にあまりいい印象を持っていないようでした。……父上、ソウマは敵に回してはいけません。絶対に」


 頬杖をつきながらではあるが、ヘクトルの表情は真剣だった。

 この息子にそんな顔をさせるような何かが、ソウマという男にはあるのか。


「彼が我々と敵対する可能性がある。お前はそう思っているという事か?」


 ヘクトルは姿勢を正し、体をこちらに向けた。


「それは我々の対応次第でしょう。彼に対しては勿論、彼の仲間に対しても……とにかく、真摯に接することです。身内に使っていい言葉ではありませんが、姉さんのような不気味さを感じましたね」


 その言葉でヘクトルの言いたいことが理解出来た。

 要するに、彼は種馬の神能だけではなく政治に関しても何らかの才を持っている。

 そんな男が友人と徒党を組み、我々より文明の進んだ世界で学んだ知識を用いたとしたら?


「……この国の為になると思っていたが、虎の尾を踏んでしまったのかもしれんな」


「いえ。それが案外、なんとかなるかもしれません」


 先ほどまでの真剣な表情はすっかり消え失せ、ヘクトルはいつもの気楽な表情を見せた。


「それは何故だ? 彼は我々と敵対しないと、お前にはそういう確信があるように見えるが」


「勿論、絶対とは言いませんが。……ソウマは恐らく、姉さんの良き理解者となるでしょう。そしてソウマにとっての姉さんも、そういう存在となる。結構、相性がいいと思いますよ」


「……二人の婚姻を認めろという話か?」


 いくらなんでも、娘にそこまでさせるのは酷だと思っていた。


「父上。多分ソウマと姉さんは、そういう関係にはならないでしょう。どうしても必要なら二人も考えるでしょうが、あくまで友人。そのような距離感が最適でしょうね」


 正直、娘は勿論の事、この息子の事も測りかねている。

 だが二人は仲が良いし、そんな息子がそう言っているのだ。

 それなら父親として、国王としての道は決まった。


「つまり、だ。私に出来ることは彼を……ソウマを認めるという事だな? 利用するだけではなく、娘の良き友人として」


「はい。いずれ姉さんは、リヒトブリックに帰ってくることになる。そうすると、リヒトブリックには姉上。マール連邦にはソウマ。二人の存在が、周辺国家に対する剣と盾になるでしょう」


 ヘクトルのその発言を、私は聞き逃すことが出来なかった。


「……彼は王になりうると?」


「姉と同じく、必要ならば。器としての素質があるように見受けられました。現在のマール連邦の政治体制ならば、成り上がるのも可能でしょう」


 種馬が王となる。それも、あのマールの地で。

 私はそれに不安を覚えたが、その人物が娘の理解者となるかもしれないのだ。ならば受け入れよう。


「いずれは、ソウマと会わねばならん。つまらん父親の情などは邪魔だな」


「そうでしょうか? とりあえず一発くらいは殴っておいた方が、お互いにすっきりするのでは」


「むう……そうか? ……まあ、それも考えておくか」

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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