3話 友との再会③
当然向こうはこっちを見逃すつもりは無く、事はすぐに始まるだろう。早朝とはいえ、騒ぎを余り沢山の人に見られたくないはず。なので宿屋の敷地内での舌戦という訳だ。……マモル、頼むから余計な事は言うんじゃねえぞ。
なんて思案していると、やはり案の定だ。御者台に乗り込みいざ出発というふりをしていると、追っ手の奴らがぞろぞろとやって来た。数は10人ちょっとで、先頭には予想通りの人間がいた。んじゃまあ、いっちょやりますか。
「おやおや、ライエル殿。こんな朝早くにお出かけですか」
「おやおや。誰かと思えば、エルギン侯爵ではありませんか。それになんと、ジークベルト王子殿下まで。こんな場所に、こんな時間にいかがなさいましたか?」
ノーマン・エルギン。ここ最近、リヒトブリック王国の財務大臣となってから随分と辣腕を振るっている。侯爵の地位まで上り詰めているが、数年前まではあまり表舞台に出てくる事は無かった。ジークベルト王子に腕を買われてから、あの手この手で王子の参謀として動いているようだ。
「ライエル。残念なことに、我が国で脱獄犯が出た。しかもよりによって、種馬の神能を持つ人間だ。何か知っていることはあるか?」
そしてジークベルト王子。野心があるのは悪い事じゃないが、とにかくやり方が露骨で過激、おまけに陰湿ときている。あんたホントにルガール国王陛下の息子か? などと思っているのは俺だけじゃないはずだ。なんというか、エリノア王女やヘクトル王子みたいな『格』っていうか、仕えたいと思えるようなモノを全く持っていないんだよなあ。
「なんと……それはまあ、由々しき事態ですね。ですが私は、現在国王陛下の命令によりマール連邦へ向かっている最中です。脱獄犯については顔すら知りませんし、協力出来る事は無いかと存じます」
「何を白々しい事を。脱獄犯が出たタイミングで君が出国。疑われて当然だと思わないのかね?」
エルギン侯爵の指摘はごもっとも。よくよく考えてみれば、よくもこんなあからさまな作戦を俺にやらせようと思ったものだ。幸いにもその人物に心当たりはあるので、無事に切り抜けられたら美味い飯と酒でも奢ってもらおう。
「そう仰いますがね……。本当に偶然かと。ほら、これが国王陛下の命令書です。エルギン侯爵も、陛下の子煩悩な所はご存じですよね? ふとエリノア王女に手紙を書きたくなって、美味い酒やいい物をプレゼントしたくなった。いつもの事では?」
命令書を広げ、見せつける。実際、今回のような任務は今まで何度か受けている。筋は通っているはずだ。
「ライエル、父上の手紙は? 見せてみろ」
「……まさか、手紙の内容を検めるおつもりで?」
「事情が事情だ。何か問題はあるのか?」
「……分かりました。一応、陛下にご報告させて頂きますよ」
王子に手紙を渡す。この作戦の為に陛下が書いた手紙だ。見られて困る内容ではない。
「特に問題は無さそうだ。まあ、こんなもので尻尾を掴まえられるとは思っていないがな。……ところでライエル、なぜ荷台にそいつを乗せているんだ? 説明しろ」
流石にマモルの存在は無視出来なかったか。捨てたとはいえ、盾の神能持ち。たとえ自分が捨てたとしても、強力な神能を持つ人間が国外に流出するのは見逃せないという事なんだろう。
「いや、それがですね。城下町を走っていた所、こいつが馬車の目の前に立ち塞がりまして。ぎゃあぎゃあとうるさかったので、とりあえずマール連邦までは連れてってやると。そんな感じです」
「マールには姉上がいる。盾の神能持ちとして仕えさせるつもりか?」
実の姉すら疑うか。王族という身分を考えればある程度は仕方ないが、色々と企んでるのは自分の方だろうに。
「確かにそれも良いかもしれません。ですが、それは王女殿下が由としないでしょう。私が申し上げている意味、それは王子殿下御自身がよく分かっているのではないかと」
「……確かに、姉上ならそう判断するか」
エリノア王女の優れている点。それは人の感情の機微を敏感に察知し、可能な限り敵を作らない立ち回りが出来る所。本人は王族として生まれれば嫌でも身につくと自嘲していたが、間近で長年それを見てきた俺が断言しよう。あれはそんな生やさしいものではない。あの才覚でもって政治の表舞台に立っている所を、俺はどうしても見てみたい。
「マモル、お前はマールに着いたらどうしたい?」
「えっ……それはまあ、何か仕事にありつけたらいいかなって。静かに生活出来たらそれでいいです」
「……だそうですよ、皆さん」
種馬の神能を探して来てみたら、実際には別の神能持ちの人間だった。なかなかいいハッタリになっているはず。後はもう一手、決め手になる物が必要だ。隠れているはずの場所にいるはずの人間がいなかった、そういう肩透かし的な。ここまで来たことに意味は無かったと、完全に心をへし折る必要がある。
「ジークベルト王子殿下、馬車を調べましょう! こいつはきっと何かを隠しているに決まっているんだ!」
「……おたくはどなたで?」
取り巻きの兵士達の中から出てきた、見るからに父ちゃん坊や風な男。初めて見る顔だ。
「ラッセル、お前は大人しくしているんだ。我が息子ながら、なんと情けない。貴族らしい振る舞いをするよう心掛けよ」
なるほど。うだつの上がらない息子に少しでも現場を経験させようって所か。
「ノーマン。お前の息子の言うとおり、馬車を隅々まで調べさせろ。いや、馬車だけではない。宿屋の中、納屋の中、全てだ」
「はっ。お前達、辺りを徹底的に調べるのだ。何も見つからぬなど、あるはずが無い!」
ここまでは想定通り。宿屋の主人は俺の知り合いで、その上たんまりと迷惑料を渡してある。俺達に不利な証言をする事は無い。そして現時点で宿にいる客は、全て俺達より後に泊まり始めた人物だけ。ソウマの姿を見た者は誰もいない。
「いやあ、朝から皆さん精が出ますね。ノーマン侯爵、良ければ私もお手伝いしましょうか?」
「ライエル隊長、君はここで待機だ。捜索に手心を加えられては困るからな」
「それは残念。私ほど仕事熱心な人間も、なかなかいないと思っているのですがね」
あまり無駄話をすると、猜疑心を更に煽ってしまいかねない。大人しく捜索が終わるのを待つとしよう。
「……まさか、本当に見つからないのか?」
ジークベルト王子の呟きは聞こえなかったフリをしておく。勝手に焦って、勝手に不安にさせておけばいい。
そして30分程経過した所で、捜索していた兵士達が集められた。
「……何か見つかったか? 宿の主人や宿泊客から情報は?」
ノーマン侯爵も兵士達の表情で察しているのだろう。それでも、報告を聞く責務がある。
「その……何も見つけられませんでした。宿の主人や宿泊客にも情報を求めたのですが、何も……」
「そうか……。ご苦労だった」
「……馬鹿な」
意気揚々とやってきて、何も無かったのだ。侯爵と王子の落胆は明らかだった。
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