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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「鼻捩じ(となりの桜)」【江戸落語版】

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/05/08


落語声劇「鼻捩(はなね)じ(となりの桜)」【江戸落語版】


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)【性別準拠人数比率】

      (3:1:0)

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


定吉:商家(しょうか)の丁稚(でっち)。

   口は達者(たっしゃ)だが、教えられた口上(こうじょう)を覚えられなかったりと、

   物覚えの良くない部分も。


大旦那:商家(しょうか)の旦那(だんな)様。

    自分の庭の桜の枝が、隣の家の学者に折られているのに腹を立て

    、丁稚(でっち)の定吉(さだきち)に文句を言いにやらせる。


学者:商家(しょうか)の隣に居(きょ)を構えて、漢学を教えている。

   頭はいいようだが、それにありがちな態度をとる。


番頭:商家(しょうか)の番頭(ばんとう)。忠義者(ちゅうぎもの)で旦那の仇(かたき)を討つべく策を巡らせる。


芸者:番頭(ばんとう)が商家(しょうか)に招いた行きつけの店の芸者。


生徒:学者の生徒。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例


定吉・生徒:

大旦那・学者:

番頭:

枕・語り・芸者:




枕:皆さんは花見は好きでしょうか。

  桜の木の下で敷物(しきもの)を広げ、弁当を広げ、話の輪を広げる。

  昭和の昔からコロナ禍(か)が訪れるまでの間、毎年当たり前のように

  見られた光景でした。

  企業ともなると、良い場所を確保するために新人社員を派遣して

  場所取り…なんて光景もよく見られたものでございます。

  しかし、桜の周りに座れる人数というものは当然ながら限界がある

  わけで、なんとしても良い場所を確保するべく、二週間も前から

  大きなブルーシートを二枚も敷いて公共の迷惑になったという、

  そんな問題も起こったものです。

  対して自宅に咲いてる桜だったら、誰に遠慮する事もなく、

  堂々と花見が楽しめるわけですが、

  まあこれも、全ての家に桜が咲いてるわけでは無し、

  ましてや庭すらない家も多々あるわけで。

  そもそも花見なんか興味ない…ともなったら、これは花も実も、

  ついでに言うと蓋(ふた)もないなんて事になる。

  とまあ、そんなわけで自宅に桜があるなら場所取りの必要は

  なくなるわけですが、これが家と家の境界線上に桜が植(う)わってると

  、新たな問題が生じて来るようで。


大旦那:これ定吉(さだきち)…。

    定吉(さだきち)はおらんか?

    定吉(さだきち)っ!


定吉:まただよ、また呼んでるよ…。

   ここの家(うち)ほど人使いの荒い家(うち)はないよ。

   朝から晩まで定吉(さだきち)、定吉(さだきち)ってさ…。

   丁稚(でっち)は使わないと損するとでも思ってるんだな。

   これ人間だからもってるんだよ。

   すりこぎだったらもうだいぶすり減って、

   雑巾だったらとうにボロボロだよ。


大旦那:定吉(さだきち)はおらんのか?


定吉:まぁだ呼んでるよ…あ、そうだ。

   今日はいっぺん、何べん呼ぶか勘定(かんじょう)してみよ。


大旦那:定吉(さだきち)…!


定吉:これで五へん目だ…。


大旦那:定吉(さだきち)ィッッ!!


定吉:【走りながら返事】

   ひぇぇぇぇいッッ、ぺぃっ。


大旦那:なんという返事をするんだ。

    最前から人が声を枯らして百ぺんも呼んでるというのに、

    なんですぐに返事をしないんだ。


定吉:へへ、旦那(だんな)様、

   噓つきは盗人(ぬすっと)の始まりですな。


大旦那:そうだ、噓つきは盗人(ぬすっと)の始まりだ。

    それがどうしたんだ。


定吉:なら旦那(だんな)様も、ちょいと盗人(ぬすっと)の気(け)がありますな。


大旦那:なに言ってるんだ。

    わしのどこが盗人(ぬすっと)だというんだ。


定吉:旦那(だんな)様さっき、最前から声枯らして百ぺんも呼んでるって

   言ってましたよね。

   まだ六ぺんしか呼んでません。


大旦那:数を勘定(かんじょう)してるのかこいつは。

    本当にしかたの無い奴だ。

    だんだんだんだん体ばっかり大きくなりおって。


定吉:なにおっしゃってるんですか。

   だんだんだんだん大きくなるから、大人になるんです。

   だんだんだんだん小さくなったら、しまいにはなくなってしまいま

   すよ。

   それともだんだん小さくなるのがお好きだったら、

   ろうそくに火を灯(とも)してご覧になったら、だんだん小さくなりますか

   らーー


大旦那:【↑の語尾に喰い気味に】

    ~~本当に理屈だけは一人前だな!


定吉:飯(めし)は二人前です!


大旦那:殴るぞ!


定吉:逃げるぞ!


大旦那:~~まるで掛け合いだな本当に…。

    あーこれからな、隣に使いに行ってきてくれ。


定吉:お使い…またですか?


大旦那:また?

    またなどと言うやつがあるか。

    丁稚(でっち)と言うものはな、使われて大きくなるんだ。


定吉:そうそう、丁稚(でっち)は使われて大きくなります。

   お金は使ったら減りますな。

   旦那(だんな)様は経済家(けいざいか)ですから、使ったら減るお金はちょいとも

   使わずに、丁稚(でっち)ばかり使いやがる。


大旦那:使いやがるとはどういうことだ、まったく…。

    これからな、東隣(ひがしどなり)へ行ってきなさい。


定吉:東隣(ひがしどなり)と言うと、漢学(かんがく)の学問の先生のとこですか?


大旦那:何が先生だ、あんなの。

    わたしはね、もうムカムカ腹が立って腹が立ってしょうがない。


定吉:それはまた、なんでです?


大旦那:今朝がたな、裏庭へ出てみると、昨日今日(きのうきょう)咲き初(そ)めた桜がな

    パラパラ散り始めてるんだ。

    これはおかしい、散るにはまだ早いはずだと思ってよく見るとな

    、あの隣の学者、裏の高塀(たかべい)へ梯子(はしご)を掛けて、うちの大事な桜の枝

    をボキボキボキボキ折ってるんだ。

    

    ひと言文句を言ってやろうと思って行きかけるとな、

    スーッと降りていってしまったんだ。

    だからお前が今から談判に行くんだ。

    ところが相手は学者だからな、揚(あ)げ足を取られないように、

    じゅうぶん言葉に気をつけて言うんだぞ。


定吉:はぁ、どう言えばいいんです?


大旦那:「こんにちわ、結構なお天気でございますな。

    わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。

    罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?

    ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます

    。

    無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

    言語道断(ごんごどうだん)、落花狼藉(らっかろうぜき)でございます。

    あなた様も「子(し)のたまわく」の一つもお学びになった方に似合わぬ

    仕儀(しぎ)でございます。

    ご返事を頂戴(ちょうだい)して参ります。」

    …と、これだけ言ってきなさい。


定吉:それ、誰が言いますので?


大旦那:誰が言いますのでって、お前が言うんだ。


定吉:今日じゅうに?


大旦那:当たり前だ、こんなの何日もかけて言ってどうするんだ。


定吉:いやぁとてもじゃないけど無理です。


大旦那:他人事(ひとごと)みたいに言ってるな、本当に…。

    しょうがないな…分かった。

    なら、口移ししようか。


定吉:な、何でございます?


大旦那:お前とわしとで、口移しするんだ。


定吉:へ?旦那(だんな)様と、あたいが、今ここで、口移し……?

   す、助平(すけべい)だなぁ…!

   け、けどしょうがないや。

   【両手を広げて目を閉じて】

   …どうぞ。


大旦那:なにを考えてるんだ。

    わしの言うとおり真似(まね)をして、そのあいだに覚える。

    それが口移しだ。


定吉:あぁ、そうだったんですかぁ。

   あたいもいよいよ操(みさお)が守れないのかと、

   一時はどうなるかと思って、ドキドキしちゃった。

   なら、旦那(だんな)様のおっしゃるとおりに言えばいいんですね?


大旦那:そういうことだ。


定吉:それなら、おっしゃってください。


大旦那:「こんにちわ、結構なお天気でございますな」と。


定吉:ここ、こんにちわ、結構なお天気でございますなぁ、と。


大旦那:いやいや、そんなとこに「と」は要(い)らんぞ。


定吉:いやいや、そんなとこに「と」は要(い)らんぞ。


大旦那:いや、違うぞ。


定吉:いや、違うぞ。


大旦那:わしはな、お前に口上(こうじょう)を教えてるんだぞ。


定吉:わしはな、お前に口上(こうじょう)を教えてるんだぞ。


大旦那:教えてるのはわしだぞ。


定吉:教えてるのはわしだぞ。


大旦那:ははぁ、さては主人をなぶる気だな?


定吉:ははぁ、さては主人をなぶる気だな?


大旦那:なぶってるのはお前だ。


定吉:なぶってるのはお前だ。


大旦那:しまいには殴るぞ。


定吉:しまいには殴るぞ。


大旦那:主人に向かって殴るぞとは何事だ。


定吉:主人に向かって殴るぞとは何事だ。


大旦那:えぇい、本当に腹が立つな、このガキ!【叩くSEあれば】


定吉:えぇい、本当に腹が立つな、このガキ!【叩くSEあれば】


大旦那:痛ッ!

    なっ何をするんだ!


定吉:旦那(だんな)様、口移しって面白いですねえ。

   しまいには頭の殴り合いをするんですか?


大旦那:そんなバカな事があるか!痛たた…。

    お前、いったい何で殴ったんだ?


定吉:いや、旦那(だんな)様キセルで殴ったでしょ。

   あたいはキセル持ってないですから、

   ここにあった火箸(ひばし)使いました。


大旦那:火箸(ひばし)!?

    なんてものを使うんだ、まったく。

    もう一ぺん初めからやり直しだ、いいか?

    「こんにちわ、結構なお天気でございますな。」


定吉:こ、こんにちわ、結構なお天気でございますな。


大旦那:そうだ、それでいいんだ。


定吉:そうだ、それでいいんだ。


大旦那:それを言うからややこしくなるんだ。

    口上(こうじょう)だけ言いなさい。

    「わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは悋気(りんき)のーー


大旦那:いや、悋気(りんき)じゃない、隣家(りんか)だ。


定吉:隣家(りんか)って、何です?


大旦那:隣りの家(うち)だから隣家(りんか)だな。


定吉:それなら初めから、隣りの家(うち)でいいじゃないですか。


大旦那:ところが相手は学者だからな、

    ちょいと捻(ひね)ってやるんだ。


定吉:捻(ひね)ったら痛がりますか?


大旦那:本当に捻(ひね)るわけじゃない、言葉の上で捻(ひね)るんだ。

    「わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは、隣家(りんか)の大橋(おおはし)さんから参りました。


大旦那:違う違う。

    「大橋(おおはし)から、参りました。」


定吉:大橋(おおはし)さんから、参りました。


大旦那:バカだねお前は。

    何で「さん」を付けるんだ。

    隣へ行って、先様(さきさま)の前で自分の主人にさんを付けて言ったら

    失礼だぞ。

    大橋(おおはし)と、呼び捨てにしなさい。


定吉:だけど、奉公してる店のご主人を「大橋(おおはし)」だなんて

   呼び捨てにしたら、罰(ばち)が当たって口が歪(ゆが)んじゃいますよ。


大旦那:そんなこと、今まで言ったことないだろ。

    今日はかまわない。


定吉:え、だったら今日は、大橋(おおはし)で、よろしいんですか?


大旦那:おかしな念を押したな…。

    そうだ、今日は大橋(おおはし)でいい。


定吉:へへへそうかぁ、大橋(おおはし)。


大旦那:何が大橋(おおはし)だ。


定吉:だからあたいが大橋(おおはし)って呼んだらいけないって言ってるのに、

   大橋(おおはし)が大橋(おおはし)って言ってもいいって言ったから、

   大橋(おおはし)って呼んだんじゃないですか。

   それを大橋(おおはし)が怒ったらダメじゃないですか大橋(おおはし)。

   そうでしょう?なぁ大橋(おおはし)。

   大橋(おおはし)もこのごろ頭が薄(うす)くなってきましたなぁ。

   大橋(おおはし)、ちょいと喉が渇(かわ)いたから、お茶煎(い)れてくれ。

   おい、大橋(おおはし)。


大旦那:うるさいな、大橋(おおはし)大橋(おおはし)って何べん言うんだ。

    しかも主人をあごで使おうとはとんでもない奴だ。

    ここで言うんじゃなくて、向こうへ行って言いなさい。

    「わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。」


定吉:わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。


大旦那:「罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?」


定吉:罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?


大旦那:「ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げま

    す。」


定吉:ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます。


大旦那:「無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

    言語道断(ごんごどうだん)、落花狼藉(らっかろうぜき)でございます。」


定吉:無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

   今後どうなん?やっぱ同人でございます。


大旦那:何だその、やっぱ同人てのは。

    まぁ、同人ものは企業ものには無い強味(つよみ)がーー

    って何を言わせるんだ。

    言語道断(ごんごどうだん)、落花狼藉(らっかろうぜき)だ。


定吉:ら、らら、ら…らっかろうぜき、て何です?


大旦那:まぁ早い話が

    「桜の枝折りやがって、この盗人(ぬすっと)め!」

    と言う所だ。


定吉:なら初めから、桜の枝を折りやがって、この盗人(ぬすっと)め!

   て言ったらいいじゃないですか。


大旦那:ところが相手が学者だからな、ちょいと捻(ひね)ってやるんだ。


定吉:ずいぶんと捻(ひね)りますなぁ。


大旦那:「あなた様も「子(し)のたまわく」のひとつもお学びになっ

    た方に似合わぬ仕儀(しぎ)にございます。」


定吉:あなた様も、火の玉転がしたお方に似合わぬーー


大旦那:そんな危ない人がどこにいるんだ。

    火の玉なんか転がしてどうする。

    「しのたまわく」だ。


定吉:し、しし、のたまわく、って何です、それ?


大旦那:これはな、漢学(かんがく)の学問だ。


定吉:それなら初めから「漢学(かんがく)の学問」て言ったら

   よろしいじゃないですか。


大旦那:ところが相手が学者だからなーー


定吉:ちょいと捻(ひね)ってやるんですか?


大旦那:お前が言ってどうするんだ、まったく…。

    早く先方(せんぽう)行って、返事もらってきなさい。


定吉:へ~~いっ。


   【二拍】


   とうとう怒りやがったよ…。

   あたいが物覚えが悪いところへ、

   旦那(だんな)様んが気が短いときてるからなぁ。

   しまいに頭から湯気(ゆげ)を出して怒ってたし。

   それだから皆が、陰(かげ)でヤカンヤカン言うんだ。

   ……着いた、ここだな。


   えぇこんちわぁ~っ。


学者:どぉ~れ……。

   おぉ、誰かと思ったら、隣家(りんか)の丁稚(でっち)ではないか!


定吉:え~こんちわぁ、結構なお天気でございますな。


学者:あぁいかにも、誠に良い天気だな!


定吉:え~、え~…、この分だと明日もいい天気でしょうな。


学者:うむ、天気は何日続いてもいいものだ!


定吉:けど明後日あたりは危ない。


学者:何の話だ、天気を報(しら)せに来たのか!?


定吉:ち、違いますよ。

   そちらが大きな声でわーっと言うもんだから、

   あたいはドキンとして言う事を忘れてしまうんです。

   ちょいと黙っててもらえますか?


   え~、わ、わたくしは隣家(りんか)の大橋(おおはし)から参りました。


学者:そんなことは分かっておる!


定吉:い、いや、だから、もぉ~、ちょっと静かにしてくださいって。

   間違っちゃいますから。


   【たどたどしく】

   ぇ~つ、つ、つ、罪咎(つみとが)のない桜、なぜお折りになりました?

   ご入用(いりよう)なれば隣家(りんか)様のことゆえ、根引(ねび)きにでもして差し上げます。

   無沙汰(ぶさた)で折るとはその意(い)を得ません。

   今後どうなん?やっぱ同人でございます。

   あなた様も火の玉転がして、熱い熱い。


学者:何のことだ、お前の言ってる事さっぱり分からんな。


定吉:分からない?分かりませんよね?やっぱり?

   そりゃ分かりませんよ、そちら、だいぶ捻(ひね)られてますから。

   じゃあ分かりやすく言いますよ。

   つまりね、「桜の枝折りやがって、この盗人(ぬすっと)め!」と、

   こう言うことなんです。


学者:何かと思ったらそんなことか。

   帰ってお前の分からず屋の主(あるじ)にこう申せ。

   「裏の高塀(たかべい)は隣家(りんか)と拙宅(せったく)との境界線である。

   その境界線を無断で突破いたしたる桜の枝の処分については、

   当方(とうほう)の心任(こころまか)せ。」

   帰ってそう申せ!


定吉:…あの、ご、ご返事を頂戴(ちょうだい)して参ります。


学者:今のが返事だ。


定吉:えぇ?今のが返事?

   こっちがちょいと捻(ひね)ったら、またずいぶんと捻(ひね)り返して

   きましたなぁ。しかも長いし。

   もうちょっとこう、短いのありません?


学者:紐(ひも)でも買うように申すな。

   主(あるじ)が主(あるじ)なら家来(けらい)も家来(けらい)だ…。

   よし分かった、書いてやる。

   手数(てすう)のかかる奴め……。


   【二拍】


   さ、これを持って帰れ。


定吉:これが受取…領収書ですか?


学者:受取などと言う奴があるか!

   とっとと持って帰れッ!


定吉:へぇぇぇいっ!


   …段(だんだん)々面白くなってきたぞ。

   こっちがちょいと捻(ひね)ったら、ずいぶんと捻(ひね)り返してきたなあ。

   こりゃ向こうのほうがだいぶ上手(うわて)だよ。


   【二拍】


   旦那(だんな)様、ただ今戻りました!


大旦那:おぉ定吉(さだきち)か、ご苦労ご苦労。

    こっちへ来なさい。


    どうだった?

    向こうも自分に落ち度があるもんだから、

    両手をついて、平謝(ひらあやま)りに謝っただろ?


定吉:いやいやなかなか…、

   謝るどころかえらい剣幕(けんまく)でした。


大旦那:えらい剣幕(けんまく)って…怒ってたのか?


定吉:怒ってましたよぉ…。

   こう言ってました。


   このごろの丁稚(でっち)使いが荒すぎる。

   何でそんなに定吉(さだきち)ばっかり使うんだ。

   ほかに亀吉(かめきち)とか留吉(とめきち)とかいるだろうが。

   他の丁稚(でっち)も使ったらどうなんだ!て。


大旦那:そんなに言ってたのか?


定吉:えぇ言ってました。

   それだけじゃなくて、まだ言ってましたよ。


   このごろオカズが悪すぎる。

   もうボチボチ竹の子も出てるんだから、

   ワカメと煮て食べさせたらいいじゃないか!て。


大旦那:あの学者、うちのおかずにまで文句を言ってるのか?


定吉:そりゃああたいの分です。


大旦那:お前のことはどうでもいいんだよ。

    それで、むこうはどう言ってたんだ?


定吉:あ、それでしたら、これが領収書です。


大旦那:領収書などと言うやつがあるか。

    なるほど、相手は学者だな。

    自分に落ち度があって、子供に手をついて謝るのはくやしいと

    いうので、謝り証文(しょうもん)でも書いてよこしたんだろ。

    いやいや、それなら許してやらんこともないが……、

    そうかそうか、こういうものを書いてよこしたか。

    どれ、眼鏡(めがね)かけてじっくり読ましてもらおうかな。

    なになに…、


    塀越(へいご)しに、隣りの庭へ出た花は、捻(ね)じょと手折(たお)ろとこちら任せ

    …?


    ッなんだこれは!

    謝り証文(しょうもん)どころか逆(さか)ねじじゃないか!

    えぇい腹が立つ!

    すぐに番頭(ばんとう)さんを呼んでくれ!


定吉:ひぇぇいっ、ただいまぁ!


   【二拍】


番頭:旦那(だんな)様、お呼びですか?


大旦那:おぉ番頭(ばんとう)さん、こっち入ってくれ。

    まぁ聞いてくれ。

    実はな……かくかくしかじかとらとらうまうま…。


番頭:はい、はい……、左様(さよう)でございますか。

   いや、旦那(だんな)様がお怒りになるのもご無理ございません。


大旦那:そうだろう?

    もう腹が立って腹が立って…すぐにこの仕返しをしてくれ。


番頭:承知しました。

   もう明日と言わず、今日じゅうに仕返ししてご覧に入れますが、

   しかしそれには、ちょっと…その、「こちら」のほうが……。


大旦那:あぁ、金ならかかってもかまわん。


番頭:左様(さよう)でございますか。

   それではさっそく。


大旦那:で、どうするつもりだい?

    なんかいい方法があるのかい?


番頭:ええ、これから裏のお庭を拝借しまして、花見の宴(えん)を催します。

   ご親戚(しんせき)は申すに及ばず、ご近所の方、出入り先や得意先も、

   たくさんお客を呼びまして、ご馳走酒肴(ちそうしゅこう)もたくさん並べて、

   それから太鼓持ちや芸者衆(げいしゃしゅう)の五、六人も呼びましてな、

   もう賑(にぎ)やかに派手(はで)にどんちゃん騒ぎを、

   パ~ッと散財していただきます。

   そのあとは全てわたくしにお任せを。


大旦那:いやまぁ、それはそれでいいんだが……弱ったなぁ。

    いや、わしはどういうわけか、若い時分(じぶん)から商売一途(しょうばいいちず)で

    芸者(げいしゃ)遊びというのをしたことがないんだ。

    芸者(げいしゃ)をどうやって呼んでいいものやら分からなくてな。


番頭:それでしたらご心配には及びません。

   わたくしがいつも行ってるとこへちょいちょいと、

   手紙を一本書いてやればもうすぐにやって……ゴホン、

   いえ、万事(ばんじ)わたくしにお任せを。


大旦那:まあ番頭(ばんとう)さんの事だから大丈夫だろう。

    よろしく頼んだよ。


語り:もう全(すべ)て分かった番頭(ばんとう)、ぐっと呑(の)み込み胸をポンとひと叩き、

   すぐに準備に取り掛かる。

   「花見の宴(えん)を催すので、皆様がたお集まりを……」

   なにせご本家の言うことでございますから、

   親類縁者(しんるいえんじゃ)や取引先にまで知らせると、皆がすぐにパ~ッと

   集まり、芸者衆(げいしゃしゅう)、太鼓持ちもやってきます。

   お盃(さかずき)がお席を一巡(いちじゅん)すると、だんだん和(なご)やかになって、

   芸者衆(げいしゃしゅう)も腕によりをかけて座を盛り上げる。

   その賑(にぎ)やかなこと賑(にぎ)やかなこと。


【笛太鼓のお囃子などのBGMがあれば】


番頭:どうも皆様方、今日はご苦労様でございます。

   実は急遽(きゅうきょ)、花見を催(もよお)すことになりましてな。

   なるべく賑(にぎ)やかにやってもらえましたら、うちの主(あるじ)も喜びますので

   。

   ちょいと趣向(しゅこう)がございますので、なるべく派手(はで)にやってもらえまし

   たら結構(けっこう)でございます。

   【踊っている】

   あ、こりゃこりゃ、こりゃこりゃ…!


芸者:ちょっと番頭(ばんとう)さん、このごろどうなってるんだい?

   ちょっとも店に顔出してくれないじゃないのさ。

   たまには来ておくれよ。


番頭:【慌てて】

   分かってる、分かってる。

   今日は旦那(だんな)様がいるから、

   あんまりへばりついたらいかん…!


芸者:そうやって、いつも来る来る言って、

   ちょっとも来てくれないじゃないのさ。

   どっかにいいのができたんじゃないの?

   もう、腹の立つ……!


番頭:い、痛い痛い!

   何をするんだい…!

   【踊っている】

   あっ、こりゃこりゃ、こりゃこりゃ…!


語り:番頭(ばんとう)さん、青くなって一人で踊ってる。

   いっぽう、学者先生のほうはと申したら。


学者:子(し)のたまわく。

   学びて、時にこれを習う。

   また喜ばしからずや。

   友あり遠方より来たるあり、

   また楽しからずや。


【笛太鼓のお囃子のせいで講義ができない】


   し、しの、しのたま、わくま、ま……

   なんだこの騒ぎは。

   講義ができないではないか。

   これ、隣では何をやってるのだ?


生徒:あの、裏庭で宴会をやってるようでございます。


学者:なに、宴会?


生徒:ええ、花見の宴をやってるようで。

   酒や肴(さかな)やどんちゃん騒ぎ、

   芸者衆(げいしゃしゅう)も繰(く)り込んで参りまして、賑(にぎ)やかにやってます。


学者:なんでお前にそんな事が分かる?


生徒:実はあの、裏の高塀(たかべい)の節穴(ふしあな)からちょいと覗(のぞ)きました。


学者:なにを考えてるんだ。

   学者の家に来て勉学に励(はげ)もうという者が、

   隣を高塀(たかべい)の節穴(ふしあな)から覗(のぞ)く!?

   そんなこと……面白そうだな。

   よし、わしも覗(のぞ)いてみよう……。


語り:とまあ面白い学者先生がいたもので、

   庭下駄(にわげた)を突っかけますというと裏へまわり、

   高塀(たかべい)のところへ来ると節穴(ふしあな)を見つけ、さっそく目をあてがいます。


学者:おぉ~っ、本当にやってるなぁ。

   こらぁ賑(にぎ)やかだ。

   楽しそうにやってるわ。こりゃ面白い。


番頭:【踊っている】

   あこりゃこりゃ、こりゃこりゃ…!

   おっ、釣られて来たな。

   定吉(さだきち)、手で穴を塞(ふさ)いでやれ。


定吉:へぇぇ~いっ。

   ほっ。


学者:ん?

   せっかく人が見てるのに何をするんだ?

   見せても減るものでもなし、けち臭いことをしおって。

   まあ別に節穴(ふしあな)はここだけじゃない、ほかにもある。

   おぉ、これは……


定吉:ほっ。


学者:ん?また塞(ふさ)ぎおった!

   何をするんだ!


   えぇいこうなったら意地(いじ)だ。

   梯子(はしご)掛けて上から見てやるわ!


   さあここなら蓋(ふた)もできんだろ!

   おぉ~っ、派手(はで)にやってるなぁ。

   さあぁ皆、おおいにや~れやれやれ、やれ~ッ!


番頭:おい、こっちも梯子(はしご)掛けろ梯子(はしご)。

   定吉(さだきち)、釘抜(くぎぬ)き持って来ないか。


定吉:番頭(ばんとう)さん、持って来ました!


番頭:おお、夢中になって見てるわ。

   主(あるじ)の仇討(あだう)ちだ。

   学者先生の鼻先をこの釘抜(くぎぬ)きで…


   ええぇいッ!


学者:【↑の語尾に喰い気味に】

   ッッ痛たたたたたッ!!

   なっ、なっ何するんだ!


番頭:へぇ先生、今朝がたのお返し、返歌(へんか)でございます。


学者:な、なに、返歌(へんか)だと?



番頭:へぇ、

   塀越(へいご)しに、隣りの庭へ出た鼻は、捻(ね)じょと手折(たお)ろと、こちら任せ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


林家染左

笑福亭鶴二



※用語解説


悋気(りんき):やきもち。男女間の嫉妬。



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