【7】
ところが、1人1人探していくのは難しく、プライバシーの侵害にあたりそうだった。そこで佳奈と相談をし、内科のナースステーションを訪れることにした。エレベーターを使い、ナースステーションのある階で止まる。
ーなにかドキドキしてきた。
掌に汗をかき、綾は車椅子をひかれていく。
「ねえ、佳奈」
「何? 綾」
「誰も居なかったらどうする?」
「それはもちろん、小児科にも行くしかないでしょう」
「…そっか。そうだよね」
そう答えると、明の手が両肩に触れた気がした。緊張を和らげようとしてくれているのかもしれない。
ーありがとう。
心の中で呟くと、明は嬉しそうな気配を出してくる。それは錯覚ではなく、ナースステーションに近づくほどに強くなった。
「どうしたの?」
佳奈に聞こえない声で告げる。明は何も答えず、ぴったりとくっついていく。何か特別なことでもあるのだろうか。
ーまさか…。
予感めいたものを感じ、綾の心音が早くなる。そうとは知らず、佳奈が内科のステーションに声をかける。
「あのー」
相手は若い看護師だった。ピンクのユニフォームを着ており、少し意地悪そうな感じだった。
「何ですか?」
「あの…」
佳奈が言い淀むと胡散臭そうに凝視してくる。嫌な性格の人かと思い、綾が代わりに答える。
「ここに長年入院している…、17・18の人って居ますか?」
「は?」
冷たい言い方に腹がたった。明は守るように綾の目の前に移動する気配がした。それで、勇気をもらい、もう一度聞いてみる。
「小児科から内科へ移動してきた患者さんって居ますか?」
「お答えできません。プライバシーの侵害なので」
ロボットのように無機質な声だった。ジロジロと見られ、怪しがられているようだった。
「ちょっと、看護師さん、居るの居ないの?」
「だからお答えー」
苛立ったような声に綾も殺気だつ。明も嫌いなタイプらしく、綾の背に回ると後ろから抱きしめてきた。
ー大丈夫、負けないから。
心の中で答えると、綾はさらに聞こうとした。その時。
「あら、あなた」
少し太めの看護師が奥からやってくる。穏やかそうな顔に見覚えがあった。
「…もしかして、長尾さんですか?」
確信をもって聞くと、柔らかく笑ってくる。
「そう。よく分かったわね」
「はい。前、入院していた時によくしてもらったので」
明るく答えと長尾が言ってくる。
「綾ちゃんよね。大きくなって」
「ありがとうございます」
久しぶりに会えたことが嬉しく、微笑む。長尾も嬉しそうに言ってくる。
「何? 足どうしたの?」
「ちょっと自転車で転んで…。入院中なんです」
「そう。早く治ると良いわね」
そこで長尾は若い看護師に告げる。
「私が対応するから、引っ込んで良いわ」
若い看護師は長尾が苦手なのか、そそくさと逃げた。長尾が綾に向き合う。
「何年ぶりかしら。綺麗になって」
「そうですか?」
「そうよ。…こちらは?」
「あっ、親友の佳奈です」
「はじめまして。倉本佳奈といいます」
「はい、よろしく」
長尾が人の良さそうな表情で言ってくる。言葉は温かみがあった。佳奈も長尾は好きなタイプらしく、穏やかだった。
「はい。ー実は…」
ことの内容を告げると、長尾が顎に手をあてる。少し難しい表情だった。
「私達には守秘義務があって、簡単に教えられないのよね」
「そうなんですか…」
綾は残念そうな声をだす。ベテランの長尾ならば知っているのかもしれないという期待があっただけに、落差が激しかった。明が肩に手をおいてくる気配がする。そこで右手を重ねるようにおき、綾は言う。
「無理なことを言ってごめんなさい」
「良いわよ…。うん、どうしよう…」
長尾は何か悩んでいるようだった。すると明が綾の手を握る。心配しているようで、綾は明の手を握り返す。
「どうしても駄目ですか?」
「そうだな…。もう二度と会えないかもしれないし」
「…どういう意味ですか?」
長尾は少し躊躇した後、こっそりと言ってくる。
「…今回だけよ、ついてきてくれる?」
「もちろん。ねえ、佳奈」
「うん! 私もついていく」
すると明は先に歩き出した。
「えっ、ちょっと…」
思わず声がでてしまった。2人に不審がられると思ったが、気にしなくて良いと安堵する。
ー何かあるのかしら。気になる。
明は何かを伝えたいようだった。
長尾は明の後を追うように、ナースステーションからでて、歩きだす。
「行こう」
佳奈に車椅子を押してもらい、後についていくのだった。