【3】
「うわ…、暗いな」
学校から出、綾は呟く。秋も終わりの方なので、日が短く、外は真っ暗だった。若干、寒い気がする。校舎を取り囲む木々の落ち葉が、絨毯を作っていた。
綾は自転車のライトをつけ、乗り込む。早く帰った方が良さそうだった。
ー30分はかかるからな。
ペダルに足をかけ、こぎ始める。自転車のライトは心もとなく不安だった。綾は気をつけながら移動していく。その間にも明の視線を感じていた。
「大丈夫だよ、家に帰るだけだし」
周りに誰も居ないのを確認し、綾が答える。向かい風でチェックのスカートから出ている足が寒かった。そろそろ、ストッキングをはいた方が良いかなと考える。しかし、それがまずく、曲がり角に来たところで、何かが飛び出してきた。
「きゃ」
慌ててブレーキをかけたのだが、間に合わず、相手と一緒に倒れこむ。相手を見れば、子どもだった。小学生だろうか。痛そうに全身を丸めている。
「大丈夫? …痛っ」
子どもが心配だったが、綾の体にも異変があった。左足が異常に傷んだ。足を引きずるように子どもに近づけば、男の子は無事に立ち上がる。どうやら、すり傷だけで済んだようで、綾に何も言わず、立ち去っていく。残された綾は左足を引きずる。足が捻挫か骨折したのかもしれない。
「…どうしよう」
何とか自転車を立ち終えたのは良いが、足がジンジンする。自転車をこぐのは無理のようだった。
ーでも、お母さん、まだ帰って来ないしな。
途方にくれていると、明が慰めるように頭を撫でてくる感触があった。それから、痛む足を見られたきがする。
「どうしたら良いと思う?」
困って明に聞くと、彼は綾のカバンを指差す気がした。中には教科書やノート、筆箱などが入っている。あとは母親に持たされたスマホだった。
「…お母さんに連絡したほうが良い?」
コクリと頷く気配がした。綾はすがる気持ちで母親に電話をかける。すると、いつもは忙しくて出ないのに、今日はすんなりと出た。ラッキーだと思い、
「あ、お母さん、あのね…」
理由を告げるなか、明は足の状態を見ている気がした。痛みがますます酷くなっていく。腫れているのかもしれなかった。
「じゃあ、待っているから」
そう言い、綾は電話を切る。母親が向かいに来てくれると約束してくれたのだった。
「…ありがとうね」
明に対し、礼を言う。明の心配そうな視線に明るく言う。
「大丈夫。湿布でも貼っておけば治るから」
しかし、首を横にふる気配がする。明は事を重大に考えているようだった。綾の空元気にも気づいているのかもしれない。
ーやっぱりバレるか。
長年一緒に居るので、ごまかすことはできなかった。ここは素直をなって言う。
「骨折していると思う?」
答えはイエスのようで、明は綾を強く抱きしめてくる。突然の行為に綾は顔を真っ赤に染める。
ー両思いだって、佳奈が言うから。
思い出し、さらに真っ赤になる。明は透明人間だから、周囲には不自然に見られないが、綾1人だけは違った。
「もう恥ずかしいよ」
何とか足を引きずりながら、道路の端に向かう。他校の学生たちが自転車で通り過ぎていくのを横目に、母親が来るのを待つ。空はさらに暗くなり、肌寒くなってきた。スクールベストを着ていて良かったと思いながらも、手に吐いた息をかける。少しは暖かかった。母親が来るのに時間があるので、綾は明に聞いてみる。
「ねえ、あなたの本体ってどこにいるの…」
答えてくれる気配はなかった。教えたくないのかもしれない。綾は話題を変えることにした。
「あの…、あのね」
行って良いのか言い淀む。すると、キスしてくれる気配があった。柔らかい感触が伝わってくる。明なりに慰めようとしているのかもしれないが、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
「もう恥ずかしいよ…」
正直に言っても、明は何度もキスをしてくる。綾は周囲を見回す。誰も明の存在に気づかず、車やバイクがすれ違っていく。
ー見えないから良いけど…。
見えているとしたら大問題だった。綾は自転車を支えにし、明に告げる。
「心配してくれて、ありがとう。でも…、キスはいいから」
そう言うと離れていく気配があった。ホッとしたのが半分、淋しいのが半分だった。
「あ、来たかも」
1人ごちると綾は見覚えのある車に手をあげたのだった。