【2】
「…それってヤバくない?」
お昼休みになり、部室でご飯を食べながら、親友の倉本佳奈が言う。活発な性格で、サバサバしており、いつも相談事をしているのだった。制服姿で、胸元に大きなリボンとチェックのスカートをはいている。
「そうかな?」
母親お手製のお弁当を食べていると、佳奈が真剣な顔つきで言ってくる。
「変な悪霊とかじゃないよね?」
ほかに誰も居ないのに、佳奈は声をひそめた。もちろん、綾の近くに、明は一緒に居るのだった。少しも離れたことはなかった。卓球の部室は8畳くらいで、漫画の雑誌などが置かれている。ウインナーを咀嚼し、綾が答える。
「違うよ、優しいもん!!」
明のことを相談できるのは彼女しか居なかった。母親と一緒に暮らしているが、仕事が忙しいので、彼女には内緒だった。
「それなら良いけど…」
卵焼きを箸ではさみ、佳奈が言ってくる。明は佳奈に対し、少し怒っている気がし、慌てて綾は言う。
「良い人よ!! 悪霊じゃなくて…。なんて言えば良いか分からないけど。そう!! 透明人間みたいなものよ」
「透明人間…」
佳奈が心配そうに呟く。その反応が気になり、綾は聞く。
「まずい?」
「まずい…、うーん」
箸を唇に置き、佳奈が指摘してくる。
「綾はさ、その透明人間に恋をしてるんじゃないの?」
「…へ?」
意外な返答に、綾はドキリとした。思わず持っていた鮭を落としてしまう。
「ごめん、今、拾うから」
「いいんどけどさ」
佳奈は綾を見、真剣に言ってくる。
「今も側に居るんでしょ?」
「もちろん。家族みたいなものだし」
そう言うと、綾は少し頬を赤らめて言う。
「実は初恋の相手なんだ」
「透明人間が? …綾、本気?」
佳奈が弁当を置き、綾の肩に手を置いてくる。綾も真剣な表情で返す。
「本気よ!! …実は今も気になって仕方がないのよ」
「綾…、しょうがないなあ」
佳奈はのびた髪をみみにかけ、ため息をつく。再び、弁当箱を持ち、
「…意外と両思い何じゃないの?」
「…両思い!?」
考えるといくつか心当たりがあった。明は紳士的で綾しか見ていないようだった。
ー私しか見えないというと…。
両思いの確率が高かった。しかし、明の表情がしれないので、お付き合いできるか、不安もある。
ー側に居てくれるだけで嬉しいのに。
顔が赤くなる。佳奈に言われなけば、綾の片思いで終わるところだったかもしれない。
「冗談じゃなくて…、その本気で好きなのかもしれない」
「そうだろうね。お姫様扱いなんて好きじゃなきゃできないもの」
野菜ジュースを飲み、佳奈が答えてくれる。
「今、聞いてみれば? 好きか嫌いか?」
「えっ? でも…」
「いいじゃん、告っちゃえ」
綾はミニトマトを口にし、少し間をあける。今告白することになるとは思わなかった。
「どうしよう。…その嫌われたら」
「嫌ったら側に居ないでしょ? この会話も聞いているんだから」
「…そうだよね」
綾は決意し、明が居る方向を見る。今さらながら、ドキドキしてきた。
ー告白なんて初めてだし。
恋愛経験値がゼロの綾は乾いた唇を舐める。
「早く言ってあげなよ。その…明って言う人に」
「分かってるんだけど…」
「躊躇しない!! ズバッと言ってしまえ」
「佳奈は度胸があるからな」
「いいから、早く」
腕を捕まれ、綾は決意をする。何度も口を開けたり閉めながらようやく声をだす。
「あの…、好きなんですけど…」
それだけ言うのが精一杯だった。耳まで真っ赤になった。明らからの返答は早く、綾の唇に触れるものがあった。キスをしてくれたようだった。もちろん、初めてのキスだった。相手の柔らかい唇を感じた気がし、綾は唇に触れる。生々しかった。本気で両思いなのかもしれなかった。佳奈がいるせいか、いつもの子ども扱いとは違う気がした。
「…綾、綾ってば」
肩を揺さぶられ、綾はハッとする。
「ごめん、何?」
「で、どうだったの?」
「…キスされた気がする」
「キス?」
驚いたのは佳奈だけじゃなく、綾もだった。胸がドキドキする。口から悲鳴が出そうだった。
「なんだ、やっぱり両思いじゃん」
「それは…」
言い淀んでいると、佳奈が明に言う。
「綾は良い子よ。遊びだったら止めてね」
その言い方にカチンときたのか、明は不機嫌になった気がした。
「佳奈は良い子だから大丈夫。私の心配をしてくれているの」
綾が宥めると、明はまた頬にキスしてきた気がした。今日の明は大胆だった。
ーもう恥ずかしい。
照れて俯き、唐揚げを手にする。すると、佳奈が言ってくる。
「ねえ、透明人間ってことは、どこかに本体が居るんじゃない?」
「本体?」
佳奈に言われて、ハッとする。考えたことがなかった。
「本体、探そうか?」
「えっーと、…どうしよう」
困り明を見れば、首を横にふった気がした。探すなということだろう。
「佳奈、ありがとう。でも、そこまでしなくて良いわ」
「でも、一生透明人間と暮らすことなんて、出来ないのよ。分かってる?」
「分かってる。でも、大切な人だから」
「それならいいんだけど」
そう言うと、佳奈が部室にある置き時計を気にする。休み時間がそろそろ、終わりだった。
「早く食べようか」
「うん」
明の話はそこで途切れたのだった。