【1】
ー誰か側に居る。
幼少の頃から高井綾はいつも優しい視線と優しい手触りを感じていた。怖いと思ったことはなかった。両親が離婚をして、1人ぼっちの時が多くなったが、それでも気配を感じて居て、安堵していた。見えないが、自分を見守って居てくれている誰かが、居る。それは15歳になった今でも同じだった。
ー頭を撫でられた。
今、1人でテレビを観ていたら、柔らかい感触がしたのだった。
「…ありがとう」
礼を言うと、ますます優しく撫でられる。1人で留守中は一緒に居てくれて、嬉しかった。怖さ対策でテレビをつけているが、本当は誰かいるおかげで過ごすことが出来たのだった。
ー透明人間だよね。
姿が見られないので、そう思うしかなかった。しかし、嫌な気はしない。男性か女性かはっきりしないが、多分、頭を撫でられる手の大きさからして男性のような気がする。
綾は毛布を頭かけられ、足を三角座りにする。秋になって、夜が少し寒くなった気がする。それでも、透明人間ー明と名付けたのだが、長い夜も優しい時間に包まれていた。
「つまらないから、ココアでも飲もうかな」
1人ごちて、キッチンに向かう。後から誰かついてくる気配がした。お湯を沸かして、ココアを入れると甘い香りがした。明の分は作らなくても良かった。
また定位置に戻ると、テレビを観る。ココアが熱いので、息を吹きかけながら、飲んでいく。その間も明が見守っている気がした。
「…大丈夫。あなたが居るから怖くないよ」
そう言うと、明が喜んだ気がした。長い間、一緒に居るので家族のような間柄だった。
「ごちそうさま」
ココアを飲み終え、コップをテーブルの上に置く。明が毛布をいじる気配を感じ、また座り直す。お姫様扱いされている気がし、綾は満足そうに笑う。
ー恋…じゃないよね?
あまりの優しさに錯覚しそうになる。王子様のような対応をいつもしてくれるのだった。初恋は明に対してかもしれなかった。
「あなたが好きって言ったら、困る?」
気配を感じる方を見て聞くと、明が頬にキスをしてくれた気がした。嫌悪感はなく、むしろドキリとしたのだった。綾も年ごろになったが、キスをされて頬が赤くなる。どうしてここまで優しいのだろうか。
「どうして優しいの?」
直球で聞いたのだが、明から返答はない。声は聞こえなかった。しかし、綾を抱きしめる感触から、がっしりした良い体型をしていることが分かる。綾も卓球の部活に入っているが、ここまで体型がいいのはなかなか居ない。綾よりも年上で、優しく気高い男性のような気がした。ベッドを指された気がし、綾はテレビを消して移動する。布団をかけると、優しいキスが額にされた気がする。
「おやすみなさい」
そう告げ、瞼を閉じる。髪を撫でてくれる感触が気持ち良かった。綾は何の心配もなく、眠りについたのだった。