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推し作者が婚約破棄されたので、俺が幸せにします(前編)

 糞みたいな時期に出会った本。

 それが【聖石の乙女】だった。


 俺は娼婦の子だ。

 元々の母の出自は、カルセドニウス伯爵家。そこの一人娘だ。

 カルセドニウス家は大層裕福だったそうだが、何代目かで王家の不興を買い、そのまま没落して、とうとう伯爵位を手放し一家離散することとなった。

 母はそんな中、借金の形として娼館に売られた。元貴族のご令嬢というのは、その名だけで客がつくそうだ。

 母は文字も読むことができず、生きていく上では使えない教養のみしか教わらなかったので、売られたおかげで命拾いをしたと言っていた。それが強がりなのかは分からないが、真実ではあっただろう。


 そんな生活をしていた母は俺に、文字の読み書き、算術だけはできるようになりなさいと口酸っぱく言っていた。それができるだけで、生きていくすべを得る方法が広がるのだそうだ。

 俺は娼館で小間使いのようなことをしてお小遣いをもらいつつ、母が教えることのできない文字や算術について周りから学んだ。

 だがそんな生活も、母が生きている時までだ。いくら俺が小遣い稼ぎをしたところで微々たるお金を稼ぐことしかできなかった為、母は無理をして働いていたのだろう。流行り病で亡くなった。

 俺が十一歳の時である。


 母は死ぬ少し前に、俺の父親について話した。

「アメジスト、貴方のお父様は王族に連なる方なの」

 どうやらお忍びで城下町に出ていたソイツが、娼館で母を見初め、一夜を共にしたそうだ。そしていつか迎えに来ると言って、自身のマントを置いて行ったそうで、母はそれを大切にとっていた。

 そのマントには王家の紋章である、宝玉を持ったドラゴンが描かれていた。

 ソイツはすぐにでも母を娼館から連れ出したかったらしいが、王位争いが起こっており、とてもじゃないが後ろ盾のない女性を娶れる状況ではなかった。だから待っていて欲しいとマントを渡してきたらしい。

 俺には男の勝手な言い訳にしか聞こえないが、母はその時だけ、まるで少女のような顔で語っていた。

 そして男は母を迎えに来る前に、若くして亡くなったそうだ。落馬だった。これが暗殺などの後ろ暗いものなのか、単なる事故なのかは分からない。ただ母は、やはり理由あって迎えにこれなかったのだと、男の言い分を信じた。


 男がいなくなった後生まれたのが俺だ。

 俺の髪は父親譲りの金髪で、この髪色は王家の色らしい。だから安全のために隠さなければと、俺は髪を短く切られ帽子をかぶっての生活だったようだ。

 母はわずかながら貯めていたお金とマント、それと本を一冊俺に残した。

 この本は、なんでも今、若い女性貴族の間で流行っている娯楽本だそうだ。文字を学びたがっていた母に、客の一人がプレゼントしてくれたものらしい。

 母は文字をちゃんと覚えなさいと、【聖石の乙女】と題名が書かれた本を俺にくれた。


 母がいなくなり、俺は孤児院に身を寄せることになった。

 娼館での母の友人は俺が孤児院に行くことに眉をひそめた。心配して、自分が面倒を見てやるからここで小遣い稼ぎをしてなんとか生きていけばいいと言ったが、俺は孤児院では文字が教えて貰えると聞いたため出ることにした。

 それに母の友人だって母と同じような生活だろうと思うと、とてもじゃないが頼る気にはならなかった。間違いなく母は、俺というお荷物がいなければもう少し楽な生活ができたはずだから。


 さて孤児院の生活だが、言われるほど悪いものではなかった。くたくたになるぐらいの労働はあるし、慣れない共同生活だが、最初に聞いた通り文字と算術は教えて貰えた。ご飯だって貧相ではあるが、一日二食は食べられた。

 俺はそんな生活をしながら、母からもらった本を少しづつ読んだ。

 女性向けの本らしいと母が言っていた通り、主人公は女で、その女に男達が求愛しているような構図の話しだった。それでも冒険もののような推理もののような話もあり、俺はその本の虜になった。

 

 唯一の不満は、続きがないことだろう。

 本を何往復も読み返していた俺は、いつかお金を溜めて続きを買いたいと思うようにまでなっていた。そこでこういった本の相場はどれぐらいなのかを、孤児院から出て商人として働くようになっていた男に聞いたところ、続きがないと言うことを知った。

 いつかの目標とする前に、そもそもない。大金を手に入れようが、この話の続きは手に入れようがないのだ。

 どう考えても続きがまだあるだろうという話だ。もしかして作者が亡くなっていたり、お金の問題で出版できずにいるのかと聞くと、どうやらそういうことでもないらしい。

「噂では、著者は貴族令嬢ではないかと言われている。何故そう言われるのかは、【聖石の乙女】に出てくる貴族女性の生活を描いた部分の描写が、妙に具体的だからだ」

「貴族女性は文字が書けないんじゃないのか?」

 俺の母の例からみても、普通の貴族女性は文字を習わない。だとするととても不可思議だ。

「最近の貴族令嬢は、文字の読み書きはならっているらしい。でもアメジストぐらい若い世代の話だ。もしもそんな貴族令嬢がこの話を書いたのだとしたら、その家は子供が出版を許せるほど裕福なんだろうな。それから作者も神に愛された才児というやつに違いない」

 

 貴族令嬢が作者……。

 それは雲の上のように遠い世界の話に聞こえた。

「一度の出版は許されても、貴族令嬢がそう何度もできるとは思えない。金は親が持っているから印税が必要ってわけじゃないだろうし、女性貴族としての生活もある。本一冊書くには、並大抵じゃない時間と労力がいるからな」

「なら、もう続きは出ないのか……」

「さあな。どちらにしろ、作者の状況次第というやつじゃないのか? かなりこの本は売れているから、続きが読みたいという人は、どんどん増えているそうだからな」

 貴族令嬢が書くのを許される状況とは、一体どういう状況だろう。

 考えてみたが、俺に分かるはずもない。出るかどうかは神のみぞ知るだ。

「そんなに気になるなら、作者が次の話を出版すると決めた時に携われるように、それを出版した商人のところで働いたらどうだ?」

 その手があった。


 俺はその後、どうやったら商人になれるかを聞き、必死に学んだ。

 いつか、俺が生きている間に続きが出るかもしれない。その時にその本を得られるように、一番近い位置で待つのがいいと思ったのだ。

 しかし運命はさらに転がる。

 俺が十四歳になった時、母の知り合いだったという貴族がたずねて来た。


「は? 俺を引き取る?」

「ああ。こちらの方は、アメジストのお母様と関りがある人物で、その子供を孤児にしておくのは忍びないと思ったそうだ」

「いや……俺……、あの、私は大丈夫です」

 ようやく将来の夢ができた。そう思った矢先の申し出だ。

 母が生きていれば、また違う気持ちでこの言葉を聞けただろう。でももう母はおらず、俺は俺の人生を歩んでいた。


「君は素晴らしく頭がいいと聞いたんだ。あいにくと、私と妻の間に子がきてくれることはなかった。是非、養子としたい」

「ここまで言って下さっているんだ。どうだろう?」

 孤児院の院長先生が困っているのは分かった。貴族は孤児院に施しとしてお金を寄付する。だから貴族の要望は叶えるべきことなのだ。

 頭がいいと聞いたということは、俺が夢をかなえるために必死に努力してきたことが仇になったらしい。

 それでも俺は貴族になどなりたくない。だから奥の手に出ることにした。

「ですが……私を引き取ると、厄介ごとを引き寄せるかもしれません」

 俺はずっとかぶっていた帽子をとった。かなり短く切ってあるが、それでも生えている毛の色は分かるだろう。

 俺の髪をみて、貴族の男が目を見開き固まったのが分かった。これで手を引いてくれないだろうか。


「その髪は……」

「父親譲りだそうです。いつか迎えに来ると、母には紋章入りのマントを渡していました。あいにくと、迎えに来る前に落馬で亡くなられたと風の噂で聞きましたが」

 俺が厄介ごとの塊だと気がついただろう。

 しかし男は折れなかった。だったらなおさら、貴族となってしっかりとした身分を作っておいた方がいいと言った。そうでないと、疑心暗鬼にかられた現王の忠臣によって周りごと消されるかもしれないとまで言われ、俺は夢を諦める選択をするしかなかった。


 その後引き取られたはいいものの、貴族の男……義父は彼の妻に説明をしてから俺を引き取って来たわけではないことが判明した。

 最悪だ。

 使用人の話を総合すると、どうやら俺の母は、義父の初恋の人。子ができないために、夫の初恋の人の子供を引き取ったなんて義母にとって複雑以外の何者でもない。

「この家の者となったのならば、それ相応に貴族としての教養を身に付けなければなりません。いいですか。学んだ時間が短いなどの言い訳を、誰も許しはしません。ここに居たいなら、努力なさい」

 来る日も、来る日も、俺は貴族になるための勉強漬けで、きつく当たられるようになった。だったら、俺を孤児院に返せよ、糞ったれと何度思ったことか。


 心が折れそうだが、孤児院も俺が帰ると困ることになるだろうと思うと、この牢獄のような屋敷から逃げ出すことはできなかった。

 そんな中、俺の心のよりどころは【聖石の乙女】だった。

 貴族に引き取られてからは、たくさんの本を読むようになったけれど、最初に読んだあの本を越えることはない。

 今日も空いた時間に【聖石の乙女】を読んでいたが、ふと俺は【紫水晶の君】が、自分の生い立ちに似ているなと思った。

 

 この男はどうやら王族の隠し子のようで、金色の髪をしているのだが、茶色に染粉で染めている。俺も貴族に引き取られてから、帽子ではなく染粉で茶色に染めるようになった。貴族になったら帽子をかぶり続けるわけにはいかないし、短すぎる髪型もあまり好まれないからだ。

 そして瞳の色も同じだ。紫水晶の君は、紫水晶色の瞳から主人公が勝手に呼んでいる名だが、俺の目もまた紫色をしている。

 そしてどこの王族も同じなのか、マントを紫水晶の君も持っていた。


 ……なんか、共通点多くねぇ?

 

 疑問に思い、紫水晶の君が出てくる部分だけを読んでみる。といっても、続きの巻に入れる予定だったのか、それほど彼について書かれた部分は多くない。

 唯一独白シーンで、多少語られているだけだ。

 どうやら元は娼婦の子で、孤児となり貴族に引き取られたらしい。そこで義母に辛く当たられたが、それが義母のやさしさだと知ったのは、義母が死んでからだった。義母の死により義父も追うように亡くなり、自分は死神のようで周りを不幸にしてしまうから主人公に近づけないと、なんか勝手に自分語りをしている。


 えっ。俺の生い立ちって、小説で使われるぐらい王道なのか?

 いやいやいや。そんなわけあるか。こんな人生歩んでいる奴、俺の周りには一人もいないぞ。

 なんだこの共通点の多さはと、俺の血の気が引く。

 俺はこんなうっとうしい考え方をする男ではないと声を大にしていいたが、共通点が多すぎた。

 いや。でも、俺の義母も義父も生きてるし……。でも、まて。この紫水晶の君は何歳だ? 将来俺がこんな鬱屈とした野郎にならないと言えるか?

 

「というか、この紫水晶の君が言っていることが本当にただしいなら、あの糞鬼婆は、俺のために厳しくしている?」

 サボったりすると、むち打ちとか、ご飯抜きとかしてくるんだぞ? 

 でもそれが貴族共の教育方法だとしたら……。

 いやそんなバカなと思う一方で、もしかしたらと思うこともある。義母は勉強に関しては糞鬼婆となるが、自分の機嫌に左右して暴力をふるってくることはなかったように思う。


 ……これは、一度芝居をうってみよう。

「あの、義母上」

「なんですか、アメジスト」

 彼女はいつだって、ニコリとも笑わずに綺麗な所作で食事をする。この人、何を楽しみに生きてるんだろうなと、平民暮らしをして大声で笑う人ばかりを見て来た俺は思う時がある。

「いつも、俺のために厳しく指導して下さり、ありがとうございます。義母上が厳しくするのは、私が貴族社会で笑いものにならないようにするためなのですよね?」

 さあ、そんなわけないでしょ。お前が憎いとでも言ってくれ。そうすれば、紫水晶の君は俺じゃないという証明になる。


 しかしそんな俺の願いはかなわなかった。突然彼女が泣きだしたのだ。

「えっ。義母上⁈」

 いつも貴族然として、感情を出さない女性が突然目の前で泣きだしたのだ。うろたえる決まっている。慌てて俺は持っていたハンカチを差し出した。

「……ありがとう。私はアメジストには恨まれていると思っていたわ」

「それは……」

「いいのよ。貴方は本当は、平民のままでいたかったのでしょう?」

 義母は目元をハンカチで拭くと、苦笑した。その笑みに俺はどうしたらいいのか分からず固まる。


「でも貴族の世界に足を踏み込んでしまったかぎりは、弱みを見せてはいけないの。特に貴方は生い立ちが特殊だから。その生い立ちに対して何か言われて傷つかないようにするには、優秀さを見せつけるしかないの。そう思って厳しくしつけてきたわ」

 マジかよ……。

 紫水晶の君よ。マジで、俺の義母は糞鬼婆じゃなくて聖人だったわ。夫の初恋の子を育てるなんて複雑以外のなにものでもないだろうに。

 えっ。もしかしてこの後も何年か厳しく勉強を強要されて、鬱屈としていたら、彼女が死ぬ直前にこの事実が分かった的な?

 そりゃ歪むわ。


「貴方にこんな風にハンカチを差し出されるなんて……私、もうすぐ死ぬのかしら?」

「冗談でも言わないで下さい」

 マジで死なないで。これで死なれた俺も自分の所為で人が死ぬって思うから。

 絶対長生きして下さいと義母に伝えながら、俺はこれは笑えない状態になってきたぞと冷や汗がだらだら出てきた。

 

 戦々恐々しながら、その後俺は分かる限りの貴族の家系図をあさった。ついでに義父にも確認を取る。

 そして登場人物たちが本当にいるのだと確信を持った。

 流石に平民である主人公は分からない。いや、この流れで行くと、俺が幼い頃に出会っていたとかっていうふざけたオチがついてきそうだけれど、今のところピンとくるエピソードはない。

 王太子たちの名前は微妙に変化させてあった。

 例えば王太子の名前はクリスタルだが、小説ではクリストファーになり、伯爵家のサファイヤはサフィールといった感じで、微妙に寄せてあるのだ。次巻があり、俺がもし出るとしたら、アメジストだから、アメルとかなんか連想できそうな名前がつきそうだ。


「本当に、一体誰なんだよ。柘榴石先生……」

「あら、貴方もこういった本を読むのね」

 もう暗記してしまっているんじゃないかと思うぐらい何度も読んだ【聖石の乙女】の本だが、今日もまた読んでは頭を掻きむしっている。

「義母上も読まれるのですか?」

「ええ。女性は文字を覚えなくてもいいという時代から変わりましたから。文字を覚えるにはこういった楽しい本がいいと友人から紹介されて読んでいるわ」

「あの、この本に出てくる聖石とは、本当に存在するのですか?」

「ええ。昔は選ばれる人も多くいたと祖母から聞いておりますから、実際に存在する宝石よ。今はすべての聖石を王家が預かっていますが、かつてはいろんな場所で聖石に選ばれたという話があったはずよ」

 それ、王家が独占して隠してしまったから選ばれなくなったってやつじゃ……。

 小説で選ばれた主人公は平民だ。元は王城で下働きをしていて、そこで王太子と仲良くなった。そんなある日、王太子の好意で聖石を見る機会が訪れ、そこで聖石に選ばれたという流れだった。

 主人公はたまたま見せてもらえたから選ばれただけで、見る機会がなければ選ばれなかったのだろう。


 そもそも王太子は、ガーネリアという侯爵家の令嬢と婚約していた。しかし主人公が聖石に選ばれたことでガーネリアとは婚約を破棄している。主人公に対して誠実でいたいからとか云々言っていたが、俺からすれば糞野郎だ。ただ単に他に好きな奴ができたら、一方的に捨てたというだけだ。

 自分の母と身勝手な恋愛を楽しみ、そのまま捨てた男も王族だったために、いい印象は全くない。正直、このガーネリアという少女には聖石を見せたのか? と聞きたい。もし見せていたらこのガーネリアが聖石に選ばれたかもしれないのだ。


 ……そういえば、このガーネリアも現実にいるのだろうか?

 名前しか出ていない少女だが、身分は侯爵家だと分かる。

「話は変わるのですが、そういえば王太子の婚約者は侯爵家のご令嬢でしたっけ?」

「ええ。そうよ。ガーネットという名の、可愛らしい女性よ。そういえば、このお話でも王太子の元の婚約者は侯爵家のご令嬢でしたわね」

 ガーネット……間違いなく、ガーネリアの立ち位置にいる少女なんだろう。だとすると、彼女ももしかしたらこの本のように婚約破棄されてしまうのだろうか。


「そういえば、この間婚約破棄されたというのを耳にしましたわね。これも小説と同じなんて……。この本が予言書だという噂がまことしやかにありますけれど、信じてしまいそうになりますわ。それにしても主人公の視点で見ると気にならなかったのですが、現実に婚約破棄された少女がいると思うと、同じ女性として同情してしまいますね。もう十八歳ですのに、お可哀想に……」

 もう婚約破棄されていた。

 しかも結婚直前とも言える十八歳で婚約破棄とか、貴族令嬢からしたら最悪の状態だろう。義母が同情してしまうのも分かる。

 ガーネリアのその後は小説では出てこない。結構序盤の話なので、舞踏会シーンなどで出てもいいのに、本当に一切出てこない。……幽閉されたか、修道院に入れられたか、はたまた異国へと嫁がされたか。碌でもない状況だろう。

 男の所為でというところが俺の母と被る。いくらなんでも娼館に売られたなんてことはないと思うけれど……絶対ないとはいえない。


 俺は憂鬱な気持ちになった。

 柘榴石先生なら、彼女のその後も考えてあるのだろうか。

「そういえば、わたくしのお友達がこの本が書かれた出版社に投資しているのだけれど、どうやら【聖石の乙女】の続編が出るかもしれないの。もしも出たら、そこに幸せになったというようなエピソードが書かれないかしら……」

「本当ですか? 続編が? 初刊が八年も前なのに?」

「ええ。あくまで噂ですけれどね」

 続編が出る。

 それは俺が一番待ち望んでいたことだ。


「あの、私もその出版社に投資することはできますか?」

 かつてのこの小説に関わりたかったという夢が再び蘇る。

 義母はきょとんとした顔をしたが、なんだか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「貴方がやりたいことがあるというのなら、やってみなさい」

 義母の勧めもあり、俺は出版社に投資し、そのままごり押しで柘榴石先生のことを聞いた。流石に最初は言えませんの一点張りだったが、何度も通うことで相手の口も軽くなった。


「ここだけの話ですが、柘榴石先生はとある貴族のご令嬢なんです。なんと十歳の時にこの本を書き上げた才女でして」

「は? 十歳?」

「そうなんですよ。そして今回、再度出版することになったのは、どうやら婚約破棄をされて身の振り方に迷われたことがきっかけのようで……」

 八年前に十歳ということは、現在は十八歳。そして婚約破棄された貴族令嬢……。俺の頭の中に、ガーネット侯爵令嬢の名前が浮かび上がる。

 まて。よく考えたら、柘榴石は、ガーネットの別名だ。


「俺も作者との顔合わせの時に連れて行ってくれ。俺が一番、この小説を読み込んだと自負できる。不安に思うなら、この小説に関して何でも質問してくれ」

 俺は申し訳なさそうに質問してくる編集者のすべての問いに答えた。

 そしてこと細かい問題に答えたところで、編集者は俺が本物だとみとめた。もしかしたら一つの答えに対して、たくさんのうんちく話を付け加えたからかもしれない。

 こうして俺は、ガーネット様と対面する機会を得ることができた。


 そういえば、ガーネット様は小説通りに婚約破棄されてしまっているが、俺は紫水晶の君の人物像から乖離している。本来ならば、この時点で義母も義父も亡くなっているはずなのに。

 もしかして、俺がひたすら健康には気を付けてくれよと二人を気づかっていたことが相違点を生んだのだろうか? 小説の中の紫水晶の君は、どうやら義両親の最期の時にようやく和解というか真意を知った風だったし。もしかしたら、知るまではずっと、早く死ねとでも思っていたのかもしれない。


 そう思うと、今の俺があるのは【聖石の乙女】のおかげだ。つまりは柘榴石先生のおかげであり、ガーネット様のおかげということだ。

 この恩は返さなければいけない。

 いや、むしろ全力で返す。何が何でも俺は、ガーネット様を幸せにする。

 ひとまずは、この聖石の乙女をもっと流行らせることだろう。女性の中だけで流行っている? そんなの生ぬるい。

 これは男性だって楽しめる話だ。未来永劫語り継がれてもおかしくない。


 そもそも小説だけで留める必要はない。舞台になれば、文字が読めない民衆にも広まるだろう。歌をつければ、舞台も見られないような階級の者も知ることができる。

 俺は全力で柘榴石先生をサポートし、高みにあげられるよう推していくことを誓った。


 そしてひとまず、ガーネット様との面会に臨むため、俺は気合を入れた。

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