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第一話 魔王病

 深い沼を這い回る様な微睡まどろみから我、魔王ティアスティールは目が覚めた。

 それは懐かしい経験だった。

 封印されていた時の常に意識がある金縛り状態だった事に比べれば、意識を手放せるという感覚に感動すら覚えた。

 しかし同時に感情に浸っている暇はあまりなかった。

 ギブリンの裏切り、力をすべて奪われた事を意識の覚醒と共に思い出し、寝起きから頭がフル回転を始め、その事実に怖気すら感じた。

 とにかく状況を確かめねばならない。

 焦点があった瞳は今が夜だと告げており、目の前には男二人女一人の三人組が焚き火を囲んでいるのが見えた。

 いずれも、魔族の敵である人族である。

 

 「お、目が覚めたか」

 

 男の一人がこちらに気づいた。

 

 「魔王城跡で倒れていたのを見つけたんだが、自分のことがわかるか?」

 「倒れていた……」

 「その様子じゃ、何が起きたかわからなさそうだな」

 

 男は我を軽々と抱え上げると——

 

 「——は?抱え、上げる?」

 「ん、嫌だったか?エリィがお嬢ちゃんくらいの年頃なら会うたびにお姫様抱っこって騒いだもんなんだけどな」

 

 身動き出来ないままでいるとそのまま焚き火の近くにまで連れてこられた。途端、香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、「ぎゅうぅ」とお腹の虫が鳴る。とても大きな音で。

 

 「いや、これは違うぞ!」

 「はっはっは。体は正直な様だな」

 

 言葉では強気に出るが、視線が焚き火の周りに並んだ焼き魚から離れない。いや、それよりも我には大事な事があるだろう。意識を切り替えねば。

 魔王城で倒れていたというが、それはいつなのだろうか。——ああっ!あれは魔族領では滅多に取れない魚ではないか!

 いかんいかん。食べ物に釣られて思考が——こっちには肉まで!しかもこの香りはディープフォレストボアの肉じゃないか!

 いやだから落ち着くのだ我よ。魔族と人族は対立していて——も、もしやそこに置かれているのは黄金実呼ばれる果実ではないかっ!酸味のある皮と甘ったるいくらいの実で、一口でも頬張るとまるで世界が輝いて見えると言われるほどに美味しいと謳われる——。

 

 「まぁ待てお嬢ちゃん。あとで全部食わしてやるから、まずはこいつからだ」

 

 極度の空腹と野性味あふれる料理ながらも高級食材のオンパレードに、もはや冷静に何かを考えるなど出来なかった。

 しかし口から唾液が溢れんばかりとしていた我の前に出されたのは、具も少なく何かどろどろとしたペーストが入っているスープ。

 

 「美味そうにはみえない」

 「そりゃそうだ。なんたって病人食だからな。けどお嬢ちゃんを俺らが拾ってから今日まで三日も経っているんだ。いきなり目が覚めて肉とか魚とかは食べさせられねーよ」

 「三日だと!?」

 「だからまずはこれを食うこと。そしたら肉をやるよ」

 

 * * *

 

 三人組は近くの町で冒険者をしているガイ、エリィ、ブラコと名乗った。薄味のスープを口にしてどうにか思考が戻りつつあるなか、慎重に今の状況を探っていく。

 聞けば、魔王が倒されてから二十年あまり経っているというではないか。

 その間に魔王城は人族と亜人族が手を取り合って掴んだ初めての勝利の場として観光地化され、たまに近くの冒険者が安全のために魔物を狩っているのだそうだ。

 三人も魔物狩りの依頼を請け負う冒険者であり、たまたま城内で倒れている我を見つけ、救い出したという流れらしい。

 記憶を辿ればギブリンの攻撃を受けて気絶したあと、何度か目が覚めた様なあやふやな記憶がある。おそらくその時に出口を目指して玉座の間から這い出たのだろう。

 そして我に想定外の問題がいくつか起こっていた。

 一つ目は我の容姿が退化している、いや変貌していることだ。

 まず角がない。

 あれは魔族の象徴であり、ツノの本数や大きさは魔力の大きさを示している。それが頭のどこを触っても、小さな突起すらないのだ。

 さらに容姿。

 エリィから手鏡を貸してもらったのだが、そこにはあどけなさの残るひ弱そうな女が映り込み、これが自分だとわかるまでしばらくほうけてしまった。

 聞けば見つけた時は全身傷だらけで、大楯持ちの前衛役ながら回復魔法も使えるブラコが魔法で傷を癒してくれるまで男だと思われていたらしい。言われてみれば胸の膨らみも控えめで、これで髪が短かったら少年と間違われてもおかしくはない。

 

 「そういえばこの服は」

 「ああ、行商から買ってな。魔王城跡は観光地だからアクセサリーや服なんかも売ってるんだよ」

 「観光地……」

 

 敗れたとはいえ、魔族と人族の雌雄を結した戦いの場所を観光地扱いに沸々と心の奥底で煮え上がるものがある。

 そんなことを推し進めた人族もそうだが、負けてしまった自分にも原因があると思うと悔しくて涙が出てくる。

 

 「ちょっとガイ、なに女の子を泣かしているのよ、殴るわよ」

 「いや俺はなんもしてないぞ!ふ、服を着せたのはエリィだからな!?お嬢ちゃんの裸とか女神に誓って見てないからなっ」

 

 馬鹿らしいやり取りに全てを焼き尽くしたくなる衝動。

 しかし今の我の力では到底叶いそうにない。手に魔力を込めて見ても感じる力はチリほどの魔力。自らに看破のスキルを使用すれば、現実をまざまざと見せつけられるのだ。

 

 『名前:ティアスティール

  種族:魔族 性別:女

  職業:浮浪人

  体力:10/ 10  魔力: 10/ 10

  才能:火1、水1、土1、風1、闇1、光50

  スキル:看破Lv.1 (種族特性)、才能なし

  称号:なし』

 

 こんなはずでは、という呟きと共に涙が溢れてくる。小さな体では激しい怒りと絶望を抑え込むこともできず、溢れ出る涙を止める術はない。

 なぜギブリンは裏切ったのか。

 どうしてこんな貧相な体になってしまったのか。

 こんなはずでは、こんなはずでは——

 

 「我は……魔王なのにっ」

 

 ——しまった。

 

 視線を上げればガイもエリィも、無口なブラコさえも我を見ている。

 悪寒が背筋を這いずり、手が震える。

 ばれてしまった。喋ってしまった。

 顔に恐怖が張り付き、体が固まる。

 いままで我を守っていたあらゆる才能やスキルは全てギブリンに奪われ、こうした事態に何も出来なくなってしまった。

 さらにガイとエリィは示し合わせたかの様に頷いている。

 

 ——いや、もしかしたら最初から我が魔王だというのはバレていたのかもしれない。

 

 考えてみればギブリンがあれだけ派手な魔法を使ったのだ。封印が解かれたことくらい人族に感づかれていてもおかしくはない。さらに最初に見たディープフォレストボアや黄金実も、生半可な冒険者では取れないものばかりだ。

 つまり、ここにいる三人は魔王を捉えるために派遣された精鋭ではないのか。

 

 「ティアスティール」

 

 ガイとエリィが真剣な眼差しで我を見つめ、ブラコは自然体だが逆にどんなことにも対応できるといった様相で中腰だ。

 

 「君に伝えなければならない事がある」

 

 聞きたくない。

 聞いて終えばそこで我の生涯が閉じてしまうのではないかと恐怖に駆られる。

 

 ——ああ、弱いな。

 

 力を取り上げられ、スキルを取り上げられ、何もかも失ってしまった。

 もはや縋る力は自分の中になく、生き延びていくには誰にも見つからず一人で暮らすか、奴隷に成り下るくらいしか思いつかない。

 いっそ死んでしまえば全て終わるのだが、それすら怖い。

 こんなはずではなかった。

 こんなに脆い心をしていたとは思わなかった。

 かつては戦場を一人で駆け抜けた。

 間に合った時もあれば目の前で同族が蹂躙された光景を何度も見てきた。

 やがて仲間と呼べるものができ、我を魔王様と慕うものが現れた。

 自分達が戦場に現れれば百戦百勝。

 もはや敵なしと思われたところに現れた勇者の存在。

 怯むことなく挑み、退け、やられ。

 それでも何度も向き合ってきたあの強さが、今はどこにも感じられない。

 あれすらもスキルだったのだろうか。

 だったら、この恐怖を感じている今の我が、本当の我なのだろうか。

 

 「……聞きたくない」

 「だめだ。君は知らなくちゃいけない」

 「嫌だ。我は何も聞きたくない」

 「ティアスティール!」

 

 ガイの手を跳ね除けようと思っても我のか弱い少女の手は逆に絡め取られてしまう。心のみならず肉体までも弱くなっているとは、歯痒さを通り越して笑いさえ出てくる。

 

 「あは、はははっ。笑うしかないだろう。魔王がこんなに弱いなんて。魔法も使えない。スキルも使えない。おまけに空腹で倒れていたなんて」

 「聞けティアスティール」

 

 ガイの顔が視界に入る。

 そこにあるのは、未だ真剣な表情だ。

 なぜ、と思った。

 どうして彼は我にそこまで真剣な表情を向けてくるのだろうか。駄々っ子の様に振る舞う我に、どうして人族がそこまでして相手をするのだろうか。

 

 ——興味が生まれた。

 

 「……わかった。聞こうではないか。この最弱の魔王たる我が、お主らの話をしかと聞こうではないか」

 「あ、ああ。落ち着いてくれたのは助かるが……。ごほん。今から伝えることにひどく混乱するかもしれないが、君に大事なことだからしっかり聞いてほしい」

 「なんだ、焦らすではないか」

 「それだけ大事なことなんだ。それに俺たちだと力の加減が難しくて、もし君が暴れた場合怪我を負わせてしまいうかもしれないからな」

 「御託はいい。さっさと聞かせてみろ、その大事な話とやらを」

 

 開き直ったと見えるだろうか。それでもいい。

 それでも我が封印されていた二十年、たったの二十年でここまで魔族、しかも魔王にたいして人が話しかけてくる様になるなんて面白いとしか表現のしようがない。

 打って変わって満面の笑みを浮かべる我に怪訝な表情のガイ。

 だが、彼から告げられた言葉は我の想像をはるかに超えていくものだった。

 

 「ティアスティール、君は魔王病まおうびょうだ」

 

いまさらながらティアキン始めました。時間が溶ける

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