マランと化け物 前編
マランは精霊シェーフと共に王子の愛しの人であるチェルーシルを探しに魔蟲の森に潜入した。
マランと言う人物は天才でもあるが、怠け者であった。彼の家は名だたる狩人の家系であり、その才を彼は一族の中で歴代最高とまで言われていたが、それは、彼が本気を出した場合の時であり、彼が215年間の中で本気を出したのは、たったの3度ほど、1度目は幼少期に木登りをした時に誤って落ちかけた時、2度目は好きな女の子のスカートを覗こうとした時、3度目は王家直属暗部に入る時だけであった。
そして、現在マランは4度目の本気モードに入っていた。
小さな虫でさえも彼の気配が分からず、彼の体を登っていても侵入者だと気付かずにいた。
『珍しく本気出してるわね。なんか、楽しくないわ』
マランの後ろで精霊のシェーフは面白くなさそうに傘を振り回した。彼女は風の精霊なので、傘を振るうと風がビューと吹き荒れ、小さな虫は彼女の風によって吹き飛ばされてしまっていた。
マランはそんな彼女を無視して、先に進んだ。
あの化け物の痕跡を見つけながら、魔蟲の洞窟付近まで距離を縮めていた。
2時間の探索によって、マランは魔蟲の洞窟を見つけ出した。
彼はここまで来たルートをメモをして、引き返すか、このまま行くのか迷っていた。
『ねぇ、楽しそうだから、洞窟に入りましょうよ。あれ? マラン、あっちにもう一つ洞窟があるわよ!』
だが、マランはシェーフが見つけた新たな洞窟には見向きもしなかった。
『マラン、さっきから何も話してないけど、どうしたのよ。ずっと私が話してるだけなんて面白くないわ』
マランは意を決して最初に見つけた洞窟に入ろうとした。その時、青雷と名乗った化け物が洞窟から出てきたのであった。
「みんな寝ちゃってたけど、エルフの人達ご飯なくて大丈夫かな? チェルーシルさんはほっとけば良いって言ってたけど、王子はともかく、護衛の人達は可哀想だよね。うん! せっかく美味しい料理を藍介様とイデアおじちゃん、ライネルが作ってくれたんだから、エルフの人達にも食べてもらったほうがいいよね!」
化け物は思念を辺りに飛ばしながら独り言を言っていた。
マランはその思念を聞いて、やっぱりこいつは話ができる奴なのではないかと考えた。
『また、あの子ね。なんか、良い子そうだけど、マラン戦うの? 私は戦う方が楽しいから援護してあげるわよ』
マランはこっちの事情を化け物に話せば理解してくれるのではないかと考え、青雷と対話することにした。
「なぁ、お前確か青雷だよな」
「ん? あれ? 声が聞こえる?」
青雷は複眼で周囲は見えているが、人影や知能の高そうな仲間を見つけられずに、彼は辺りをキョロキョロ見渡し始めた。
「すまない、今はスキルを解除できないんだ。俺の名前はマラン。王子にチェルーシルさんを連れてくるように命じられたんだが、少し俺の話を聞いてくれないか?」
「チェルーシルさんは王子に会いたくないって言ってるのに、チェルーシルさんを連れて行こうとするなんて、僕の敵だな!!!」
青雷はあたり構わず剛雷糸を張り巡らせ隠れているマランを炙り出そうとした。
「おっと、危ない危ない。お願いだから、俺の話を聞いてくれ、正直言って俺は王子の命令を聞きたくないんだ」
「マランさんは王子が嫌いなの?」
「嫌いだな、そもそも、俺は今すぐに家に帰って布団で眠っていたいんだ」
「そうなの? チェルーシルさんを連れて行こうとはしないの?」
「彼女を連れて行かないと、命令違反で俺の首が飛ぶかもしれないが、俺のお願いを青雷が聞いてくれたら俺の頭は体に繋がったままになるかもしれないな」
「僕がマランさんの話を聞かないとマランさんの首が飛んじゃうんだね。うーん、それなら、僕は話を聞かなくて良いような? 初対面の人の首がとんでも僕には何にもないしね!」
「ちょっと待ってくれよ。お願いだ、俺の話を少しだけでも良いから聞いてくれ!!!」
「そんなに言うならまず最初に僕に姿を見せたら良いよ」
「俺が姿を表しても攻撃しないでくれよな」
「うん、攻撃はしないよ」
「分かった」
マランは青雷から見て左の木から現れた。
「君がマランさんだね。それで、マランさんの話ってなんなの?」
「俺の今までの王子に対する愚痴なんだかな」
「僕、マランさんの愚痴を聞かないといけないの!? なんだ、愚痴なら聞く必要ないじゃん」
「お願いだから聞いてくれないか。俺はもう、あの王子をぶん殴りたくなって、あと、仲間も酷いんだぜ!」
マランは青雷の右前足に抱きついた。
青雷は驚き足を上げたが、マランは抱きついたままだった。
「分かった、分かったって、話聞いてあげるから僕の足に抱きつかないでよ」
「ありがとうな。それで、青雷はどうして、俺1人でこの森に潜入していると思う?」
「マランさんが隠れるのが上手だからかな? 声が聞こえるのに姿が見えないなんてマランさん凄いね」
「それは、スキルと魔法を同時に発動すれば簡単に潜伏できるからな、凄いって言われる程凄くないぞ」
「で、本当の理由はなんなの?」
「俺が潜伏が上手くて仲間の中で潜入調査を得意としているのも関係するが、実際はあいつらは自分達が死にたくないから俺だけに仕事を押し付けたが正しいな。俺が森に入る時なんて言われたと思う、お前の事を絶対に忘れないからなとか、携帯食料を渡されてありがとうだぜ! 酷くないか! しかも、俺は死んでないのに墓まで作り始めた馬鹿がいるんだぞ! こんなことされたら仕事なんて真面目にやるわけねぇじゃねぇか!!!」
「マランさん、大変だったんだね。ご飯食べる?」
青雷はパーティーで出た料理をこっそりと風呂敷に包み持ってきていた。その料理を可哀想なマランに渡した。
「美味そうな匂いだな。俺が貰って良いのか?」
「うん、エルフの人達にあげようかなって考えてたから丁度いいよ。なんか、マランさん色々溜め込んでいるみたいだし、僕で良かったらお話聞いてあげるよ」
青雷の優しさに触れたマランは感動で少し涙を流した。
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