潜入捜査にて(其の弐)
バシッバシッ
扉の向こうから何かを叩くような物音が聞こえる。
同時に聞こえるのは人の罵声と泣き叫ぶ声。
カノープスは察する。
この先は見るべき光景など広がっていないと。
(この先は拷問部屋に違いにゃいにゃ。にゃろはああいったものを見るのは苦手だにゃ。それに地図によるとこの先は何もにゃい)
周囲を見渡し天井に通気口があることを発見する。
(さっきの通気口から繋がって……もっと奥まで続いているにゃ。ここから先なんてにゃいはずにゃのに……)
カノープスはふと美心の言葉を思い出す。
「カノープスよ、お前の得意とする潜入調査だがまだまだだな」
「主、何処が駄目か教えていただきたいにゃ」
「いいか、それが何処であろうと潜入するということはダンジョンに潜ることと同義! ダンジョンで起こり得ることはすべてイベントへの伏線だと思え」
「にゃにゃにゃ!?」
当然ながらカノープスには美心の言っていることが理解できない。
「そう、例えば地図を発見してもそれが真実だと思ってはいけない。悪魔城ドラキュラやメトロイドをプレイして我が悟ったことだ。地図がすべてだと思うな」
(悪魔城!? 主は悪魔の巣窟にまで辿り着けたことがあるのかにゃ!? す、す、す、凄いにゃ! でも、ドラキュラってにゃんのことかにゃ?)
「でも、地図を信じにゃかったら……」
「だから、まだまだだというのだ。カノープスよ、隠し部屋の発見という定番イベントの存在……これをまずは徹底することだ」
(隠し部屋……そうだにゃ! 主の言っていた隠し部屋が通気孔から続いているんだにゃ! もしかして、子供達は隠し部屋とやらにいる可能性だって高いにゃ!)
カノープスは通気口を通り拷問部屋の天井を通り過ぎ更に奥へ進む。
(光にゃ! 主の言った通りだにゃ! これこそ隠しべ……)
走って光の先へ向かうカノープス。
「にゃ!?」
ヒュゥゥゥ
ドテッ
「いたたた……にゃにゃ?」
落ちた先にあるのはいくつもの樽や木箱。
再び地図を見て位置を確認するカノープス。
「10メートルほど落ちたはずにゃ……にゃにゃ、本当に隠し部屋があったにゃ。子供たちはいにゃいけど……」
「誰だ! ここは立入禁止だぞ!」
何者かが近づいてくる。
カノープスは落下時に解けてしまった幻術を発動させ猫の姿に化け様子を伺うことにした。
「にゃあ」
カノープスと目を合わせるのは筋骨隆々な女性。
見た目からして強そうな相手のためカノープスは猫に化けたまま過ごすことを優先する。
「猫? どこから入りやがった? ここは何者であろうと入ってはいけないパープル様の専有区画だ。ほら、さっさと出ていけ。シッシッ!」
「にゃー」
手に持っている棍棒でカノープスを追い払う女性。
カノープスはすぐに隠し部屋から出ようとはせず、樽や木箱の上に飛び乗り少しでも情報を集めようとする。
(乗った感覚で何となく分かるにゃ。樽の中は液体……きっと酒樽に違いにゃいにゃ。木箱の中は……開けないと分からにゃいにゃ)
「さっさと出ていけって言ってんだよ! 野良猫が!」
女性は短気なようで怒声を浴びせ棍棒をカノープスめがけて投げつける。
(チャンスにゃ!)
ドゴォォォン
棍棒は木箱に命中し中身が溢れてしまう。
(白い粉だにゃ……)
カノープスはシリウス達と同じ勘違いをする。
(中身は小麦粉だったみたいにゃ。にゃら、ここは食料保存室かにゃ?)
中身を確認できたため、足早に部屋の外に出ていくカノープス。
女性も猫が出ていったことを確認し扉を締め再び見張り番につく。
「まったく! 猫のせいで大量の阿片が台無しになってしまったじゃないか。なんてパープル様に説明すればいいんだ……」
そんな女性の言葉に気付くことなくカノープスは再び捜索を開始する。
物陰に隠れ地図を再び確認するが現在の詳しい位置が分からない。
(困ったにゃ。隠し部屋はたぶんこの辺りにあったとして……今の通路がここで良いのかにゃ? だったら、この先にあるのは貨物室だにゃ。行ってみるにゃ)
ある程度の目星をつけた彼女は移動を開始する。
見張りの者が数名歩いているが猫の姿のため誰も気に留めない。
貨物室というだけあって様々な物が置かれていることに気付くカノープス。
(これらはおそらく海賊行為をして盗った物だにゃ。これだけの量をあつめるにゃんて……ここの海賊はかなりの漁村を襲ったに違いにゃいにゃ! 許せにゃいにゃ!)
貨物室を通り過ぎると上のフロアに続く階段が見えてきた。
再び地図を確認し、次に捜索する場所を決めるカノープス。
(かなりの時間を食ってしまったにゃ。逃げる者と追う者……どちらが不利かはこの中じゃ考えるまでもにゃいにゃ。ムジカは今、海賊達にも捜索されているにゃろうし何処かに潜んでいるのは違いにゃいにゃ。いったい何処に居るんだにゃ)
同時刻、硫黄島にある港。
コポコポコポ……
「ぷはぁ! けほけほ……もう限界なの。これ以上は息止めていられないの」
海中に潜んでいたのはムジカ。
星々の庭園内では至って飛び抜けた能力は持たないが、耐久力だけは先輩であるプロキオンに次いで秀でている。
「カノちゃんとの集合時間に遅れてしまったの。突然、海賊が襲ってきたのに驚いて海中に飛び込んでしまったの」
彼女は悪魔教信者達が下船してきた直後、その不審な空気を肌で感じ水中に潜り息を潜めた。
その潜行時間は約1時間。
およそ常人が到達し得ない領域まで彼女は息を止めることに成功せていたことなど、本人を含め誰も知る由がなかった。
海中から這い上がり大きく深呼吸をするムジカ。
「すぅぅぅはぁぁぁ……うん、空気が美味しいの。ムジカは元気いっぱいになったの。カノちゃんとの合流場所へ急ぐの」
漁村へ行き合流場所の倉庫に到着するムジカ。
彼女はそこにあった光景を見て驚愕する。
「そ、倉庫が壊されているの! もしかしてカノちゃんはこの瓦礫の下敷きになっているの?」
瓦礫を排除しカノープスを探すムジカ。
だが、一向に見つからないことに彼女は1つの答えを導き出す。
「居ないの……カノちゃんが時間を間違えるはずなんて絶対に無いの……はっ!? もしかして、瓦礫でぺちゃんこになってそのまま風で飛ばされてしまったの!?」
そう、彼女はお馬鹿さんだった。
彼女の脳内ではカノープスは瓦礫に押し潰された時、紙のようにペラペラになり、そこに海から吹き付ける風でヒラヒラと飛んで行ってしまった、いわばアニメの1シーンのような出来事を導き出してしまったのだ。
「た、たたた、大変なの! どうすれば良いの!?」
彼女は考えた。
今まで考えたことの無い以上に頭をフル回転させた。
だが、お馬鹿さんである彼女に正しい答えなど導き出せるはずもなく……。
「集合時間はここだし、ずっと待ってるの! カノちゃんはきっと元のサイズに戻ってここに来るはずなの! 絶対にそうなの!」
彼女はお馬鹿さんであると共に根っからの楽天家でもあった。
ひたすら待ち続ける彼女は空腹感を感じ再び港に戻る。
落ちてあった釣具で魚を釣り陰陽術で焼くと、それを口に運ぶ。
「美味しいの! もっと釣って食べるの!」
この時点で彼女の脳内からカノープスを待つという優先事項はすでに消えていた。
再び思い出すのは腹一杯になり爆睡した後のことである。




