潜入調査にて(其の壱)
ずんに連れられ着いた場所は温泉。
「良い湯デスネー」
「せやな。そういや……」
(2人の会話から海賊船の内部がわかるかも知れないにゃ。ここはじっと堪えて情報収集にゃ)
ずんに無理矢理、身体を洗われ温泉に入れられるカノープス。
彼女は熱い湯が苦手だった。
しかし、そのことを知らないずんはカノープスを抱いたまま風呂に入り、一向に離そうとしない。
(あ、熱いにゃ……けど我慢にゃ! ここで幻術が解けると……ムジカを……助け……られ……にゃ……)
「オゥ、猫ちゃんがぐったりしちゃってマース」
「ほんまや。猫って風呂入れたらあかんやつか?」
薄れゆく意識の状態でも幻術化を解除してはならないと堪えるカノープス。
すぐに湯船から出してもらい風通しの良い場所で放って置かれる。
(……い、今にゃら……逃げ……違うにゃ……情報を……集めにゃいと……)
「にゃふぅ」
カノープスは逆上せた身体に吹き付ける潮風が心地良く、ついうたた寝してしまった。
2人の会話が自然と耳に入ってくる。
「……で……セベ……に……」
「……デース……ミーの……」
半分ほど眠りに入っているためだろうか、2人の会話がよく聞き取れない。
(情報……収集……しにゃい……あ……無理……眠りそ……うにゃ)
睡眠中に幻術が解けないよう処置を施し完全に寝入ってしまうカノープス。
次に目が覚めた時、そこは車上だった。
「にゃぁ」
「お、目を覚ましたみたいやわ」
「良かったデース。オゥ、信者達もあらかた掃除したようデスネー」
漁村に戻ってきた時、すでに人っ子一人おらず男性の死体だけが無惨にも残されていた。
漁村を通過し港に停泊している豪華客船に入る2人とカノープス。
(いよいよだにゃ。ムジカ、何処だにゃ)
車から降りた後、ピヨリィと別れたずんは自室へと足を進ませる。
「余計な時間食ってもうた。舞香様、まだおるかな?」
(舞香様? 海賊の一味かにゃ?)
「Bよ、ここにおったか」
「げっ、W……な、なんや?」
客室に向かう道中、背後から声をかけるのは悪魔教四天王の1人ホワイトこと網壁蝨狂香。
「今回の襲撃で新たに入信した者とねぇよ男性のリストですじゃ。後で臨時査問会議を開く。しっかりと目を通しておくよう頼むのじゃ」
手渡されたのは1枚の用紙。
カノープスは手がかりになるかもしれないと思い、ずんの頭の上に登り用紙の内容を見る。
名前の全てが女性で男性の名前らしきものは一切記入されていなかった。
カノープスはこの豪華客船に入った時からの異常な感覚に気付く。
(そうだにゃ、ここで男性らしき人影を見かけたことが無いにゃ。自由に動いている者達や船内を掃除している者、すべて女性だにゃ。これは主の書かれた叡智の書に書いてあった女海賊団というやつだにゃ! 男性で構成された海賊以上に残忍で冷酷な……はわわわ、ムジカが危険にゃ!)
彼女もまた美心の妄想が大量に書かれた叡智の書を愛読する1人である。
それを現実世界と結びつけ考えてしまう点はシリウス達と同じであった。
「入信希望者4名、ねぇよ男性87名か。相変わらず入信者は少ないやん。ん、牧場送りの子供らが書かれておらへんで」
「それに関しての臨時査問会議ですじゃ。1人、船内で脱走したガキがいてね、ねぇよ男性を使い探させているですじゃ」
「あはは、凄いやんその子。今まで脱走した子供なんておらんかったのに」
(子供が1人脱走? もしかしてムジカかにゃ!?)
カノープスは不安になりつつも、今は堪えずんが目を離す機会を待ち続けることにした。
そして、カノープスを抱き自室に入るずん。
部屋には誰の姿もなかった。
机上にある置き手紙に気付いたカノープスはずんの腕から飛び出し机の上に着地する。
「にゃあ」
「ん、置き手紙……舞香様が書いたやつや」
『ずんへ、磨呂は痛しの君の近くへ戻ります』
その短い文を読んだ後、物憂げな表情を見せたずんはぽつりと言葉を零す。
「舞香様の馬鹿……うちの気も知らずに……」
(にゃにゃ? この人……もしかして)
暫くした後、ずんはカノープスを部屋に置いて出ていった。
スゥ
元の人間の姿に戻るカノープス。
そして、部屋の中で手がかりになりそうなものを探し始める。
(この船は思った以上に大きいにゃ。ムジカを発見した後の逃走ルートまでしっかり確保しておく必要があるにゃ。潜入捜査の基本は事前準備であらかた決まり最後は爆発オチ……主の叡智の書に書かれていたことにゃ。燃料のある場所も探す必要があるにゃ)
その余計な行動が命取りになるだろうとは未だ気が付かないカノープス。
ずんの私室で船内地図を発見した後、再び猫の姿に化け地図を咥え部屋を出る。
最初に向かう場所は豪華客船の船底にある牢獄の間。
(逃げた子というのがムジカだとは限らにゃいにゃ。それに逃げた子を探すのはあまりにも非効率……にゃったら、まずは牢屋がありそうな船底に向かうべきだにゃ)
地図を頼りに豪華客船を走り回るカノープス。
「あら、野良猫……」
「キャー! 可愛い!」
猫を警戒している者はおらず軽快に目当ての場所に辿り着く。
目の前には牢獄の間と書かれた鉄格子。
奥からは鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放っている。
(にゃんて臭いにゃ。でも、入るしかにゃいにゃ)
天井にある通気孔を通り牢獄の間に侵入するカノープス。
牢屋には島内で捕まった村人達がいる。
皆、酷いことをされたのか全身が傷だらけで心ここにあらずな様相だった。
(村の子達は何処だにゃ? もっと奥まで進んでみるみゃ)




