豪華客船にて
屋久島沖を航海している蒸気機関式超巨大豪華客船。
悪魔教の総本山であるこの船は点検のためとある港に向かっていた。
「そろそろ到着する頃かいな?」
「はっ、硫黄島が見えてまいりました」
「修理は……と、せやせやタービン周りの確認もするよう伝えといてや」
「はっ!」
硫黄島、薩摩半島から南に50km地点に存在する火山島である。
常に白煙を噴き出す硫黄岳を中心に島の至る所から温泉が湧き出している。
「はぁ、舞香様がおったらおったで疲れるし、おらんかったらおらへんでうちに色々仕事が回ってくるし……」
「オゥ、Bさんデース」
「なんや、ピヨリィかいな? って、全裸で船内をうろつくなって言うたやろ!」
「もうすぐ温泉三昧デース。服を脱ぐ時間も惜しいから今から脱いでマース。Bさんも一緒に入りませんカー?」
「う……うちは遠慮しとくわ。あんたとおったら疲れるねん」
「オゥ、残念デース」
悪魔教四天王Bことブラックであるずんの悩みのタネは尽きない。
幼少期から変態な舞香の世話をし、今では何故か悪魔教の幹部の1人として多くの信者の我儘を聞き続ける日々。
皆が皆、欲望のままに動くことを良しとされているこの教団の中で、他人のことを思い動くのは彼女1人だけである。
(はぁ……舞香様、美心姉ちゃんにご褒美貰えたやろうか? かれこれ40年近く相手にされてへん状態やし、おそらく無理やろうとは予想できんねんけど。舞香様もええ加減に諦めて……あかんあかん、うちは舞香様の側付きや。主の願いのために動くことはうちの喜びでも……無いか? 舞香様、変態やもん。でも、うちは舞香様の奉公人やし)
ずんはいつも自分に言い聞かせていた。
自身だけが舞香の良き理解者であると。
同時に主が変態が故に楽しい日々を送らせてもらっていることを感謝していた。
(ずん……ずん……どこですかぁ?)
突如、頭の中で舞香の声が聞こえる。
ずんは幻聴だとは思うこともなく話し始める。
「舞香様、どないしたんや?」
(ずん……)
ポワン
ずんの目の前の空間が裂け中から舞香が出てきた。
すでに神の力を完全に取り戻している舞香は時間や空間の操作など手慣れている。
舞香が酷く弱っているように見えたずんは心配になり彼女を介抱する。
「舞香様……もしかして……」
舞香に膝枕をし頭を撫でるずん。
酷く泣き崩れたかのように目の周りが赤くなっている舞香はずんにしがみつき再び涙をこぼす。
「ず……ん……う、う、う……うわぁぁぁん! また、痛しの君から無視されてしまいましたぁぁぁ!」
ずんの着物が舞香の涙や鼻水で湿っていく。
彼女は特に嫌がる素振りは見せず冷静に舞香の話を聞く。
「うっ、うっ、うっ……磨呂は痛め付けてほしいだけなのに……なのに……うわぁぁぁん!」
「はい、はい、舞香様は何も悪くないで。悪いのは無視した美心姉ちゃんや」
(うん、分かっとった)
毎度のことでずんは手慣れた仕草で舞香をあやす。
ブォォォン
「お、そろそろ到着みたいやな」
「すやすや……」
泣き疲れずんの膝の上で眠る舞香。
ずんは舞香を起こそうとせず、しばらくそのままでのんびりと海上を見つめる。
(舞香様がこんな状態で戻ってきたということは、墓盛は美心姉ちゃんに倒されたんやろな。ま、これで食費がかなり改善されるやろ。うちの計画通りや。舞香様は元気になったらまた美心姉ちゃんをストーカーするやろし、適当に計画を立てて誰か送り出さなあかんか……)
コンコン
ずんの自室の扉を誰かがノックする。
「誰や? 今、手が離せへんねん」
ガチャ
「ミーデース! Bさん、やっぱり一緒に温泉に入りましょうヨー!」
手に持っているバスタオルで身体を隠すこともせず全裸で入ってくるピヨリィ。
「ちょっ! 急に入ってくんなや!」
「オゥ、お楽しみ中の最中でしたカー? その方は……キレイな方デスネー。Bさんの愛人デスカー?」
舞香が悪魔教教祖である面河厚美であることはずん以外、誰も知らない。
彼女は信者の前に出ることは一切なく、特製のバフォメット像から声だけを届け信者達のメンタルコントロールを行っている。
「ちゃうわっ! こ、この方は……ええっと……せや、うちの旧知の友人やねん」
「なるほど……じゃ、その方も起きたらみんなで一緒に温泉入りマショー!」
「だーかーらー!」
ずんはふと思い付いた。
この教団の中でピヨリィは随一の男食である。
ピヨリィの残忍なところは食った男が使い物にならなくなるほど、搾り取られる点にある。
元から女性信者が多いこの教団で男性は貴重な労働力である。
実際に教団最盛期を過ぎた現在では船の至る所が痛み修理を頼める技師が少ない。
先月も特別雇用した信者以外の技師男性30名ほどが瀕死の状態で発見された。
この船の中に残っている技師は残り20名。
その半数以上が男性である。
ピヨリィを放っておくとその技師らも食われ、船の緊急時に多大な損害が出ることは明白。
この蒸気機関式超巨大豪華客船を管理しているずんにとって、ピヨリィは最も迷惑な存在である。
(せや、次はピヨリィを星々の庭園にぶつけてみよか? もしかしたら、おもろいことになるかもしれへん)
「ピヨリィ、あんたに面河厚美様からの特務を命ずる!」
「断りマース!」
「ふぁっ!?」




