変身にて
再び吉原に戻る。
「あああぁぁぁ、来る! ヤツが来るんだなぁぁぁ!」
シュゥゥゥ……
墓盛の溜めに溜め込んだ全身の贅肉から蒸気が沸き上がり周囲の視界を悪くしていく。
「くっ、あいつ……妙な真似を!」
「この臭いは汗か? 汗が蒸発するほどの発熱を有し……ま、まさか!?」
「マスター?」
「2人共、警戒しろ!」
美心は久々に心躍った。
墓盛の陰陽力が急激に上昇しているのを肌で感じたためである。
(くくく、こいつぁすげぇ! あの蒸気の向こうでヤツの姿が変わっていくのが見える。変身するヤツなんて初めてだ!)
「マスター、ヤツは動いていません! 今なら殺れます!」
その言葉に美心は激昂し叱責する。
「馬鹿野郎! スピカ、お前に人の心は無いのか!」
「えっ?」
スピカは度肝を抜かれたように唖然とした。
その様子を見ていたデネボラは不思議に思う。
「マスターが悪魔を庇う? 動いていない今なら安全に殺れるのは当然のことのはずなのに……」
「くっ……マスターの仰ることでも納得できません!」
シュッ!
視界の悪い中、墓盛に向かって短剣を投げるスピカ。
パシッ!
だが、そのナイフをいとも簡単に素手で受け止める美心。
「マスター、気がおかしくでもなったのですか!」
「そうですよ、マスター」
「ヤツを殺らせるわけにはいかない」
「えっ?」
「マスター……もしかして悪魔に」
「………………」
沈黙する美心。
だが、心の中では違っていた。
(せっかく、変身してパワーアップしてくれるっていうのに手を出せるかよ。そもそも、変身中の相手に手を出すなんてものは愚の骨頂! 漫画でもアニメでも特撮でも断じて許されることではない! それが現実であってもだ! 何故ならば、そのほうがワクワクするから!)
潔いほどの個人的理由であった。
だが、それを言葉で伝えるのは難しく、ただ黙っていることしか出来ずにいた。
「デネボラ、マスターの注意を少しだけ逸してくれないか?」
「その間にヤツを殺るってこと?」
「ああ、マスターにもなにか考えがあるのかも知れないが今、このチャンスを逃してはいけない気がするんだ」
「分かった」
汗の霧の中でスピカはそっと気配を隠す。
デネボラは美心の近くへ行き、恐る恐る話を持ちかける。
「マスター、この間タピってたらさー」
「……スピカめ」
「えっ?」
すでに見抜かれていたことに気が付いたデネボラはギュッと美心の腕を掴もうとする。
だが、隣に居たはずの美心の姿は何処にもなく霧の向こうで音だけが聞こえる。
カンッカンッカンッ
「まさか……2人が争い始めたっての!?」
デネボラは音のする方へ向かうと、そこで目にしたのは短剣で美心に攻撃するスピカであった。
「ちょ、ちょっとスピカ! マスターに対してやっていいことと悪いことくらい……」
カッ!
「えっ?」
「な、何だ!?」
「やっとか!」
激しい閃光が静まると墓盛の居た場所には痩せ細りミイラと化した遺体だけがあった。
「死んでる!?」
「どういうこと!?」
キッ
上空を睨む美心。
「違う、上だ!」
美心の向いている方向を凝視する2人。
浮かんでいるのは汗が蒸発し形作った雲の塊。
「誰も居ないですよ、マスター!」
「違う、あの雲から陰陽力を感じる?」
(キタ―――! 墓盛ってヤツ、真の正体は異形の化け物だったのか! なんという激アツ展開! これは最高に良い!)
モクモクモクモク……
蒸気が徐々に人の形を作っていく。
そして、地面に降り立つ。
「す……凄い陰陽……気を抜いたらこっちの意識が吹き飛びそうになる」
「マスター……」
美心の腕を掴む2人の手が震えている。
だが、美心は冷静に装い相手に対して問いかける。
「貴様は?」
「アンバー佐陀」
「何?」
「吾輩はアンバー佐陀。元呪物だった何か……」
ゾクッ
バタバタ……
アンバーと視線が合ったスピカとデネボラは瞬時に意識を失ってしまった。
「つえーな、貴様」
「ええ、吾輩は強いですよ」
クイックイッ
今度は逆にアンバーが美心に対して挑発をし手招きをする。
「おおおぉぉぉ!」
美心の先制攻撃。
接近するのは危険だと無意識に中距離から陰陽術『業火』を放つ。
「あーん」
パクッ
「なっ……!?」
アンバーは巨大な火球に物怖じせず、口を大きく開き火球を食べてしまう。
その姿を見て美心はさらに心躍った。
(すっ……すっげぇぇぇ! こんなヤツ初めて見たぞ。良い……これは俺も久々に本気を出せるか!?)
「不味いですね。ええ、実に不味い。貴女の陰陽はすでに老いています。やはり、ここは新鮮な……」
アンバーが倒れている2人に視線を向ける。
「陰陽を食べさせてもらうとしましょうかぁぁぁ!」
「2人を食わせるかぁぁぁ!」
ヒュッ
バキィィィ!
ヒュゥゥゥ……ズガァァァン!
美心の拳がアンバーに直撃し相手を吹き飛ばす。
すでに廃屋となった遊郭に直撃する。
(……なんだ、この感覚? まったく殴った気がしない?)
美心は自分の拳を見つめ違和感を確かめる。
(なるほど……そういうことか。アンバーに物理は効かない。呪物と同じで陰陽術で消すしか……)
ベリッ……
グシャ……
バリッバリッ
アンバーが吹き飛ばされた方向から異音が聞こえてくる。
「しまった! 向こうにはまだスラムの住人が……」
美心は倒れている2人を起こし、急いでアンバーのもとへ向かう。
スピカとデネボラは己の無力さを恥じた。
特にプライドの高いスピカは何とか功績を作りたいと美心の後を追おうとする。
だが、デネボラの制止を聞き入れ瓦礫と化した周辺の片付けを行った。
(くそぅ、マスターのお役に全く立てていない! 某は……某は……シリウスには敵わない!)
「ねぇ、スピカ。周囲の片付けに2人だけじゃ大変だし、スラムの住人の避難もしなきゃだし救援を呼んでも良い?」
「……勝手にしろ」
デネボラはすぐに無線で今回の出来事をレグルスに伝える。
「了解しましたわ。付近の者を手配致します。お義母様……こほん。マスターに悪魔のことは任せましょう」
「よろぴく―――」
そして、数分後……。




