吉原にて(中編)
「うわぁぁぁ!」
スピカが大型蒸気自動車めがけて突撃する。
「予想通り……星々の庭園が大型蒸気自動車の突撃に来たんだな。まずはアレを展開するんだな」
「「ごっつぁんです!」」
悪魔教のぽっちゃり系モブ男達が横一列に並ぶ。
「何をする気なん!?」
「あ、あれは……メンズウォール!?」
マルフィクの言葉にデネボラはあっけらかんとする。
「メンズ……ウォール……男の壁!?」
ドォン
スピカの一撃を壁となったぽっちゃり系モブ男が腹で受け止める。
分厚い肉壁で衝撃は吸収され攻撃を全く受け付けない。
「だったら!」
ドゴッ!
「ぶへぇ!」
モブ男の顔面を全力で蹴り上げるスピカ。
一瞬怯み壁に隙間ができるが、すぐに空いた壁を埋めるように次のぽっちゃり系モブ男が立ちはだかる。
「ちぃ! これでは前に行けない!」
「め、メンズウォールを舐めるんじゃないんだな。お前たちやるんだな」
「「ごっつぁんです!」」
モブ男達がじわじわとスピカを取り囲んでいく。
「ちぃ! こいつら斬っても斬ってもお構いなしに立ち向かって……むぐ!」
やがて、その分厚い肉に埋まれスピカの姿は見えなくなってしまった。
「や、やば! 早く助けに……マルフィク、うちらも出るよ」
「待って! メンズウォールは男の汗臭さと贅肉の弾力性が最大の武器であり盾。下手に飛び込むと私達も同じ目に……少し作戦を練りましょう」
デネボラは冷静さを取り戻しメンズウォールを注視しながらマルフィクの話を聞く。
「スピカはまだ死んではいません。ですが、あのむさ苦しい分厚い肉に挟まれ強烈な男臭で気を失っているだけだと思います。あの男達もスピカが動かなくなったことを確認したら壁を解くでしょうし……」
「なるほど……壁じゃなくなれば各個撃破しやすい」
「いいえ、ここはスピカを助けたら一度撤退しましょう。気を失っている仲間は足手まといの何者でもありません」
常に落ち着いているマルフィクを頼もしく感じるデネボラは彼女の言う事を聞き実行する。
モブ男達が壁を解くと地面に転がり倒れるスピカ。
マルフィクの推測通り意識を失っているだけで傷は何処にも付いていなかった。
「そ、そいつも圧縮機にかけるんだな」
「させるかっての!」
デネボラが一瞬の隙をつき地面に転がるスピカを回収。
陰陽術『煙』で煙幕を張りすぐにその場を去ろうと動き出した。
「また小娘が突撃してきたんだな。それも予想していたんだな」
ドォン!
「かはっ!」
強烈な重みがデネボラの上空から押し付けてくる。
「煙幕なんて無駄なんだな。広範囲に陰陽術『圧』をかけてしまえば逃げることも不可能なんだな」
「ぎゃ……ぎゃぁぁぁ!」
大型蒸気自動車に並んでいたスラムの者たちが次々と圧死していく。
「おっと、無駄な血を出させてしまったんだな。そこの死体も車の中に入れて圧縮機にかけておくんだな」
「「うっす、ごっつぁんです」」
重圧の中でも自由に動くモブ男達。
死体を担ぎ上げ大型蒸気自動車の中に入れていく。
「お前たちもぐちゃぐちゃのひき肉にして血を絞り出してやるんだな」
「ち、ちくしょう……マルフィク……逃げ……あれ? マル……フィク?」
近くに居たはずのマルフィクの姿が無かった。
振り向き周囲を探したいが重力のせいで身体が動かない。
(マルフィク……もしかして、もう蒸気自動車の中で……なんてことだ! 先輩のうちがしっかりしないと駄目だってのに! ごめん……ごめんなさい、マルフィク!)
デネボラは涙を流し許しを請うた。
そして、これから自分の身体が跡形も残らなくなることに恐怖し震えが止まらなかった。
(怖い……怖いよぉ……意識がある状態でミキサーにかけられるなんて……そんなの……)
「嫌だよぉぉぉ!」
「お、お前は……どうして立てるんだな!?」
デネボラの背後で墓盛が驚愕し声を荒らげている。
(なに……何かあったのかな? 立てる? まさか、マルフィクが?)
ニチャア
目深のフードから覗き見える笑みは不敵そのものであった。
ゆっくりと立ち上がるマルフィクは何か独り言を呟いている。
「く……くくく、良いねぇ。この展開もまた燃える。仲間の1人が最後の力を振り絞り立ち上がる。そして、最後の力で悪をぶちのめす……おっほぉ、良い! 良いぞ! この展開!」
「な、何を言っているのか分からないんだな! 頭でもおかしくなったんだな!? お前たち、殺ってしまえなんだな!」
「「ごっつぁんです!」」
ドゴッ!
バキッ!
ゴキッ!
ブシュゥゥゥ!
デネボラの背後で聞こえる戦闘音。
振り向きたいが重力で首が回せず振り向けない。
(本当に何が起こってるわけ? うちの役割はヒーラーだし、隣で気を失っているスピカを起こせば状況が分かるかも知れない)
ふと気が付いたデネボラは陰陽術『癒』をスピカに向けて注ぐ。
「スピカ、起きて。スピカ」
「ん……んん……」
意識が戻りゆっくりと目を開けるスピカ。
「ぐっ……な、なんだ? この重圧は……身体が動か……」
「スピカ、良かった! 早速だけど、うちの後ろで何が起こってるのか説明できる?」
「デネボラ……お前の後ろ? なっ!」
スピカの視線がデネボラの背後に移った瞬間、彼女は驚愕する。
ピチャピチャピチャ……
「血の雨を降らす少女……」
「えっ?」
ぽっちゃり系モブ男達の血で真っ赤に染まった吉原スラム。
遊郭の屋根から零れ落ちる紅い雫。
その近くで短剣を持ち立ち尽くす1人の少女。
「ば、化け物なんだな……あれだけの数を瞬時に屠るなんて……」
キンッ
短剣の切っ先を墓盛に向け睨みつけるマルフィク。
「最後は……お前だ」
「おではそう簡単に殺れないんだな」
「赤い瞳……もしかして……マスター?」
目深に被ったフードもスピカの位置からでは瞳が薄っすらと見えた。
赤く輝く独特の瞳。
それは美心と同じものだと気付く。
「えっ、マスター? お義母様が来てくれたの?」
「違う……マルフィクが……マスター……」
「???」
振り向くことの出来ないデネボラは状況が理解できなかった。
「おでは暴食の墓盛! セブンシンズの1人なんだな! かかってくるんだな、メスガキぃぃぃ!」
墓盛と美心の戦いが今始まる。




