吉原にて(前編)
江戸に来て約1か月……。
美心は星々の庭園のスピカに加えデネボラを連れ出身地の江戸に戻っていた。
「マスター、本日も吉原スラムで悪魔教の者の捜索を致します」
美心は静かに頷く。
それを見てか、デネボラが勇気を出して美心に問う。
「マスター、捜索を始めてすでに1か月……あんな汚いところに悪魔が居るとは思えないのです……が……」
あまりにも不躾な質問にスピカは激高する。
「デネボラ、マスターを疑うというのか!?」
「そ、そうじゃなくってぇ……」
美心にとっても墓参り目的で帰郷したことは真実である。
ただ、他人の会話から偶然耳にした巨大蒸気自動車という言葉にどこか不審なものを感じたのであった。
(今の日本で蒸気自動車を販売しているのは俺の持つ企業だけ……。巨大蒸気自動車というのはおそらくバスのことだろう。例の件が起きて以来、販売を停止し今では見ることもなくなったというのに……)
「いや、良い。デネボラ、お前の言うことも分かる。今日は4月8日か……ここまで何も起こさないとは我の杞憂だったか? すまないがあと1日頼む。明日で何も無ければ帰りに箱根へ寄ろう」
「え、温泉? やった―――!」
「スピカ、お前とデネボラ以外にあと1名隊員を追加する。すでに先行し待っているはずだ。3名で悪魔を……」
「はっ! 某の手で絶対に!」
そして、スピカとデネボラはボロ着を身に纏いスラムへ向かった。
先行して待機しているという隊員とは出会えず昼から徐々に日が沈みやがて夜になってしまった。
「うぅ、今でも想像しただけでおっかないわぁ。悪魔ってマジ最悪なんですけど」
「ああ、悪魔とそれに与する人間を某は絶対に許さない! それに奴らの一部とはいえシリウスは見事に撃破したのだ。某達にだって出来ぬはずがない」
「相変わらずライバル視剥き出しだねぇ……っと20メートル手前に人影発見」
「女性か?」
「待って。暗くてよく見えないけど……おそらくそう。うちらと同じくらいの……年齢?」
「現在地を言え。某もそちらに向かう」
スピカは屋根伝いに移動しデネボラと合流する。
すでに見つけた少女を保護した後なのかデネボラは接近し話を始めていた。
「じゃ、あんたがマスターの言ってた隊員なわけ?」
「す、すみません……初めての任務で何も分からず……」
スピカも近寄り少女を見る。
顔は目深のフードを被っているためよく見えない。
肌の質感から年齢は少し下。
15~6といったところだと勘ぐる。
真新しいボディスーツの上からボロ着を身に纏ってスラムの住人になりきって潜んでいたことまで理解した。
「貴様は何期生だ?」
「ひゃ……108……です」
「108だと……」
デネボラは心の中で語る。
(108期生ってド新人じゃん。マスター、こんな娘を現地に送り出すなんて何か計算があるんじゃ……はっ、そうか! スピカの性格を考えて敢えてド新人を……)
デネボラが美心の同行に選ばれた時のことである。
「ええっ!? うちがマスターの墓参りに? 無理無理無理! 絶対、ポカやらかすってぇ!」
「あら? お義母様、直々の申し出だと言うのに断りますの?」
その言葉にデネボラは胸を強く撃たれた感覚がした。
「そ、そんな……お義母様がうちのことを?」
星々の庭園の創設者であり隊員達の良き理解者。
デネボラの好きなギャルトークにも見事返してくれる偉大な義母の期待を裏切る訳にはいかない。
デネボラは決心した。
「ま、嫌なら嫌で構いませんわ。代わりに妾が……」
「行く! この身を救って頂いたマスターのお役に少しでも立てるなら! で、他のメンバーって?」
「スピカですわ。貴女も知ってますように彼女は最近単独行動が多い。しっかりと面倒を見てあげてくださいませね」
(あれれぇ、これってマスターのボディーガードよりスピカのお目付け役なんじゃないの?)
といった経緯があった。
だが、どんな内容であれ美心の期待を背負っていることに変わりはない。
「あんた、名前は?」
「マルフィク……」
「マルフィク?」
「へびつかい座の恒星の1つじゃん。んじゃ、よろしくねマルフィク」
「は、はい」
「はぁぁ」
スピカは大きく溜息を付き、再び廃墟の屋根に飛び上がる。
「デネボラはマルフィクと行動を共に。某が先行する」
「ちょ、ちょっとスピカ。1人で突っ走っちゃ駄目だって……」
マルフィクの手を強く握り後を追うデネボラ。
吉原スラムの中心地に来た頃であった。
「お食事、どうですか―――!」
「スラム生活をする女性限定でーす!」
多くの住人が一箇所に集まっていた。
近くにあるのは式神式巨大蒸気自動車。
若い女性達が並んで1人ずつ中に入って行く。
「あれは炊き出しをやっているのか?」
「それにしては食べ物置いてなくない?」
「自動車の中で作ってる……とか……」
しばらく静観する3人。
最初に気付いたのはマルフィクだった。
「おかしい……」
「ん? どしたん?」
「おかしいですよ……中に入った女性がいつまで経っても出てこない」
「食事が豪勢なのではないか? しかし、春夏秋冬財閥以外にも炊き出しをする組織があるとはな。喜ばしいことだ」
デネボラも何かに気付き2人に話しかける。
「いや、おかしいよ。一定の間隔で中に女性が入っていってるのに出てくるところはまだ見たことがない」
「あの自動車なら70人も入れば身動きできないほどいっぱいになってしまうはず」
「だとしたら中に入った女性はどこへ……」
スピカとデネボラは血の気が失せたように顔が青白くなる。
「ま、まさか!」
「あああぁぁぁ! 悪魔教の外道めらがぁぁぁ!」
スピカは怒髪天を衝く形相で飛び出し巨大蒸気自動車に走り向かっていった。




