天界にて(その3)
ずんが美心の目を見て話しかける。
「誰かと思ったら美心お姉ちゃんやん。なぁなぁ、舞香様を止めてや。今朝は門そのものに自分を縛りつけるし、今は十字架まで持ち出してキリシタンになんちゃらかんちゃって……」
明晴がしゃがみ込みずんと目線を合わせて問いかける。
「あの子はキリシタンなのかい?」
「お兄ちゃん違うんだよ。あの子は……ゴニョゴニョ」
明晴の耳元でずんに聞こえないように説明をする美心。
舞香は公家の中の公家で高貴な存在なのだがドMの変態であることや、幼少期から美心は絡まれて困っていることも話しをした。
「美心お姉ちゃん、舞香様を殴ってもええから止めさせてや。あ、でもそれなら喜んでもっと過激なことを……」
「美心っちに殴られて喜ぶ? あはは、世の中には色んな人が居るなぁ。でも、美心っちは悪いこともしていない相手に手を出せるほど気が強くないもんね」
「もう、お兄ちゃんまで。ずんちゃん、舞香様を説得してみるけど期待しないでよ」
(めんどくせぇ……変態相手に語る暇があるなら身体を休ませたいのだが……)
十字架に両手両足を自身で縛り付け赤面している舞香のもとへ行く美心。
「あら、芋女。ちょうど良いところに……ずんが頑なに右手を縛ってくれないのです。ほら、早く縛ってください」
どうやら十字架に掲げられたい気持ちが先行しすぎて美心に痛い目に遭わされたいことは忘れているようだった。
「中御門様、どうかこのような真似はおやめください。ずんが困っていますよ」
「いいえ、やめるわけにはいかないのです。これは女神としての……」
「女神としての?」
「め……女神としての……な、何でも良いですから早く縛ってください!」
美心は疑いの目を舞香に向ける。
やはり舞香自身が自称で女神を語っているだけに過ぎないと思ったためである。
だが、そうなると一つの謎が残る。
舞香は美心の前世を知っている。
それは自身や明晴と同じような転生者でも分かるはずがない。
美心にだって明晴の前世がJKであると直接本人から聞いたこと以外は何も知らない。
「早くぅ! も、もう! ずん! そんなところで男となんか話していないで磨呂を縛り上げなさい!」
ずんが赤面し周囲に目を配る。
「舞香様、声がでかいっちゅうねん。はぁ、美心お姉ちゃんの説得もあかんかったかぁ」
明晴が舞香の近くへ歩み寄り話しかけてきた。
「中御門さんだっけ? 自身を十字架に掲げて何をしたいのかな? イエスの真似事なら止めたほうが良い。それは神への冒涜と思われてしまう。ほら、降りて」
ピッ
小さな鎌鼬を顕現させロープを切る明晴。
そして、十字架から体勢を崩し落ちる舞香を優しく受け止める。
(この男、よくも磨呂の至高のひとときを! ん? この魂の色は……昔、何処かで?)
舞香には女神の力として内に宿す魂の色を見極めることができる。
その色はまさに十人十色。
1人として同じ色の者は居ない。
小学1年時に心から愛して止まないタントに轢かれた男の魂を持つ美心に出会えたことは奇跡であったが、この力を持って居なければ美心を痛しの君とも見極めることなど不可能だった。
そして、今ここでも偶然にして舞香は明晴の魂と邂逅を果たす。
舞香と明晴、2人の出会いは今から約1000年前……。
………………。
天界で1人の女子高生は呆気に取られていた。
「こ……ここは? 何も無いし何も感じない?」
「あ……あのぅ……」
「マジでイミフなんだけど……」
「そ……そのぅ……」
「そういや、あっし登校中で……色々あって暴走トラックから子どもを助けたんだっけ?」
「磨呂に気付いていますかぁ?」
「そっから……あれ? なんも思い出せないんですけど……」
女子高生は顔が青ざめる。
思い出せないのは頭を強く打ったためだと思い込み、不安な気持ちで胸がいっぱいになりつつあった。
もしかして記憶喪失になったのでは無いのかと心配になり幼少期からの自分を振り返る。
(1+1=2! 2-1=1! うん、計算は完璧にできる! 次はあっしの名前! それもしっかりと覚えてる! あだ名だってももちょって呼ばれてたし。好きなものはイタ飯全般! 嫌いなものは虫料理全般! あっしの夢は大学へ行って歴史学を極め……」
「磨呂を無視しないでくださぁぁぁい!」
「へっ?」
女子高生が振り向いた先で見たのは綺麗な翼の生えた女性の姿であった。
女子高生は悟った。
ここは天国で話しかけてきた女性は神様なのだと。
「え? え? え? もしかして……神……様?」
「磨呂は女神です。貴女は登校中、車に轢かれそうになった子どもを助けました。ですが、代わりにいすゞのトラックに轢かれてしまったのですぅ」
「いすゞ!? メーカーとか関係ないっしょ!? ってか、あっしってばトラックに轢かれたん!?」
「そうなのですぅ。そのいすゞのトラックは20トントラック。貴女は即死でした。いつも、いつの世も……善人が酷い死に様を……うっうっうっ……」
女子高生は俯いて悲しむその女神の肩を軽く叩き明るく振る舞う。
「そっかぁ。あっし、死んじゃったかぁ……あはは。でも、助けた子どもが無事で良かった」
「子どもの代わりに自身が死んで悲しくは無いのですかぁ?」
「そりゃ、美味しいもの食べられなくなるしぃ、友達とカラオケではっちゃけられないしぃ、毎週楽しみにしてるスマスマだって見れなくなるしぃ……思うことは色々あるけどぉ、人1人の命に比べれば、そんなあっしの都合なんて大したもんじゃないっしょ?」
女子高生の言葉で感涙したフレイアは彼女に問いかける。
「……もしも生き返れるのであれば……生き返りたいですか?」
「えっ、できるの?」
目を大きくし女神の問いに反応する女子高生。
「ごめんなさい。軽率なことを口走ってしまいました」
安易な気持ちで女子高生を悲しませてしまったと反省し、フレイアは悲しげな表情で口をつむぐ。
「そっか……そうだよね」
「代わりにとは言ってなんですが……貴女を貴女の望む時代へ転生させることは可能です。これは女神としての慈悲……普通に亡くなった人間に与えるものではありません。磨呂が貴女を気に入ったからです」
「女神様……あはは、あっしみたいなのが神様に気に入られるなんて……」
「どの時代が良いですか? やり直しを望むのなら貴女の出生時と同じ平成でも」
当時のフレイヤは真面目だった。
真面目が故に女子高生の心を傷付けてしまったことにどうしても謝罪の意を示したかったのだ。
「じゃ、じゃぁ……安倍晴明の生きている平安時代にしよっかな? あっし、めっちゃくちゃ晴明様がしゅきぴでさぁ……陰陽術というものだって本当にあったのか見てみたいし!」
「うふふ、貴女はかの有名な安倍晴明の大ファンなのですね。分かりました」
パァァァ
女子高生の背後に広がる無数の穴の1つが光り輝き吸い込まれていく。
(うわぁ、これから晴明様に会えるんだ。しゅきぴすぎてマジ興奮しちゃうんですけど……直接話せる身分なのかなぁ? もし高貴な身分でお嫁さんになったら……キャーキャー)
女子高生の脳内で妄想がはかどる。
「さあ、お行きなさい。貴女はこれから大ファンの安倍晴明として平安の時代で生を全うするのです!」
「へっ……安倍晴明として? 違うってぇぇぇ! あっしが安倍晴明になるんじゃなくってぇぇぇ……」
女子高生はフレイヤに話しかけようとするが、時すでに遅し。
穴に落ちていくにつれ意識が朦朧としていき、目を覚ました先はすでに平安時代。
安倍家の家であった。
そして、女子高生は尊敬している安倍晴明と名乗るのではなく、自身を安倍明晴と名乗り陰陽術を確立。
すべての日本人が陰陽術を使えるように民の間にわかりやすく普及させることに専念するのだった。
その瞬間から、この世界は他のパラレルワールドとは異なる道を歩むことになろうとは神さえ知る由もなかった。




