蜆御門の変にて(其の漆)
そして、今に至る。
「美心っち、怖いだろうけどもう少し頑張れそう? 帝を助けに行かないと行けないの!」
「帝を……助ける?」
その如何にも正義感満載な明晴の言葉に、美心は腸が煮えくり返るほどの怒りを覚える。
(こ、こいつ! 俺以外に帝を助け主人公として確立するつもりだな!? なんと悪どい奴なんだ! 変わって俺はゾンビを駆逐しただけ……ゾンビなどという下級モンスターを狩っただけでは勇者の称号は確実に明晴のものとなる! ここでなんとしてでも明晴を消さなければ!)
美心がここまで明晴に対し憎む理由には訳がある。
美心が江戸から京都へ移り住み学校へ編入後、明晴は各地を転々と渡り歩きありとあらゆる人々を救済していた。
美心はそのことを偶然、学校で耳にし大きく勘違いをする。
明晴が美心に陰陽術学校への編入を勧めた理由が、ただ美心をこの異世界の幕末の世の中で強く生きてほしい一心ではないことだと疑い始める。
そして、美心は悟った。
6歳から18歳までの12年間、学業に励まなければならない。
それはつまり明晴と同じように困っている人々を助ける勇者ムーブが大きく制限されることだと。
その間に将軍から言い渡された勇者の称号を明晴が奪いに来ていると美心は誤解する。
勇者の称号が他人へと渡る、それは美心にとって生きる意味を失うほど大きな問題であるのは言うまでもなかろう。
そして、その不安は日々大きくなっていき明晴への憎悪へと変わっていったのである。
ザッザッザッ
「ミツケタゾ……女剣士ィィィ!」
南側から現れたのは半悪魔化が進行した沖田。
すでに沖田の顔と能面は一体化しており異様に発達した右腕は身長を超えるほど巨大化していた。
「なんだ、このモンスターは? 般若の顔に……でっかい右腕」
「誰かが呪物を身に着けたの!? 美心っち、下がってて! この人は呪いに寄生されている!」
「呪い!? まさか、あの不気味な般若の顔が……」
「学校の授業で教えてもらっているはずだよ。そう、あれが呪物。この異世界に古の時代から陰陽術と共に存在する悪しき闇だよ。あれは寄生虫みたいなもので心を持つ生き物だったら何にでも取り憑く。織田信長も狐に寄生した呪物に殺されたの」
「あれが……呪物」
美心は込み上げてくる興奮を踏ん張って堪える。
授業で聞いた呪物というボスクラス級の存在が眼の前にいる事実に嬉しさでいっぱいだった。
そして、明晴の今まで見たことのない鋭い表情にかなりの強敵だと即座に理解する。
「お兄ちゃん……あいつに勝てる?」
「分かんないし。絶対条件として寄生されている人は助けたいし……それには呪物だけを破壊する必要があんだけど……ああ、帝のことも心配なのにどうしてこう次から次へと! これも歴史の修正力なわけ!?」
明晴でも一筋縄ではいかないと聞き美心はとあることを閃く。
(チャ―――ンス! こいつは使える。あの呪物は何故か俺だけを狙ってくるが、明晴が俺を傷つけまいと必死に助けてくれる。不死者の明晴だってバトルが続くと疲労が溜まってくることはすでに把握済みだ。そいつを利用して疲れ切った明晴を……くーくくく!)
美心の下衆さは留まることを知らなかった。
「オォォォ! 女剣士ィィィ、仲間ノ恨みィィィ!」
悪魔化が進行し両足も肥大化し異様なほど素早い攻撃を繰り出してくる沖田。
「くっ、この剣捌きは神撰組の? ああ、もう! 呪物の寄生主が神撰組とか最悪だし!」
ガンッ!
ガガッ!
ニチャア
美心は必死になって助けてくれる明晴の背中であざ笑う。
(くーくくく、そうだ。そうやって俺を助けて疲れろ! 疲れきって動けなくなった後に俺が介錯してやっからよぉぉぉ!)
その後も沖田は美心に対し攻撃を繰り出すが、その全てを明晴によって防がれてしまう。
バトルが始まってすでに2時間……。
すでに日は暮れ夜が深くなってくる。
大火により明るく照らされる京の街で異形の化け物との戦闘はまだ続いていた。
「フゥフゥフゥ……女剣士ィィィ!」
「はぁはぁはぁ……美心っち、大丈夫?」
明晴は満身創痍になりつつあった。
ニヤニヤニヤニヤ
(もうそろそろか……いや、まだだ。焦ってはいけない。ここは慎重に慎重を重ね明晴が限界を迎えるまで我慢するんだ)
「はぁはぁはぁ……美心っち、聞いて」
「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう。疲れてない? まだ限界じゃない? 限界が来たら言ってね」
「美心っち、あっしの心配を……嬉しい! そうだ、聞いて。あの人は呪物に寄生されて自我を失っているだけ……能面部分さえ壊せば良いのだけれど美心っちを庇いながらじゃ、なかなか攻勢に出られないの」
美心の表情が変わる。
(まさか、1人で逃げろとか今更言わないよな? ま、言っても逃げないけどな)
「美心っち、危険を承知でお願いがあるの。時間稼ぎのための囮になって」
「囮に?」
コクッ
明晴にとっては苦渋の決断である。
大切な存在な美心を危険に巻き込んでしまうことになる。
美心にとってもその提案は意外であった。
だが、そこまで追い詰められているとも見られることに気付いた美心は首を縦にふる。
「うん……お兄ちゃん。あいつをやっつけて! けど、その前に限界が来たら教えてよね!」
「ありがとう、美心っち。んじゃ、あっしは少し下がるよ」
半壊した蜆御門の瓦の上で聞いたことのない詠唱を始める明晴。
美心はそれがどんな陰陽術か気になりつつも、即興で思い付いた計画を実行する。
(くっくっく、俺が囮か。今なら明晴を確実に仕留められる。漫画でもたまにある攻撃対象が避けて味方に当たって殺してしまう展開……これだ! これを今、実行するには最高のシチュエーションじゃないか! ま、仮に生きていても謝れば済むわけだし、なんて素晴らしい展開なんだ!)
下衆な考えで頭が一杯になり表情はたるんでくるが、沖田の攻撃をいとも簡単に躱し続ける美心。
そう、半悪魔化している沖田でも美心にとっては大した相手ではなかった。
初めから眼中にない存在相手に対策など考えもしていなかった。
その様子を詠唱しながら見る明晴。
(美心っち、凄い……あんなに軽々と呪物の攻撃を躱し続けるなんて。そっか、あの子も確実に成長してんだね。あっしが庇う必要なんて初めから無かったのかも……っていけないけない。転生者でも美心っちはまだ中学年。若者を助けるのが大人の仕事なんだし、そもそもこんな戦場に駆り出してしまったあっしが責任を取らないと! もう少し耐えてね、美心っち!)




