蜆御門の変にて(其の伍)
美心は神撰組との戦いを経た後、砲撃音の響く方向に足を走らせる。
だが、蜆御門に近付くほど幕府方と長州藩士が激しく入り乱れ戦っていた。
「まるで戦国時代の戦だな。野心家達がこぞって武力を持ち出すわけだ」
「そこの奇妙な格好をした女! 一騎打ちを所望……ぶへっ!」
この戦場の中にいる限り美心も命を狙われるが、そんなことはお構いなしに斬り掛かってくる者は皆一撃のもとで命を刈り取っていった。
「ふぅ……おっ、御所が見えた。あれは何処の門かな?」
シ―――ン
先程まで喧騒が嘘みたいに静かになっていた。
地面には無残に散った侍達の遺骸。
美心が半数以上殺ったのは事実だが全滅するまで殺してはいない。
(俺に恐れをなして死んだふりをしている? ま、襲いかかってこない以上はモブに用は無いし無視しとこ)
ザッ
地面に横たわる遺体を踏まぬよう避けて門に歩み寄る美心。
その時であった。
「うぅぅ……長……州……」
「長州……」
「……チャー……シュー……」
「うま……うま……チャーシュー」
「……長州……チャーシュー」
侍の遺体がゆっくりと立ち上がり奇妙なことを口走り足を引きずりながら美心の近くへ接近してくる。
(ぞ……ゾンビ……だとっ! キタ―――、異世界モノには必須級のモンスター!)
本来なら腰を抜かすほど驚くべきモンスターだが、現代人であった美心にはゾンビ程度では耐性がついており、むしろ感激すべきものである。
(げっへへへ! ゾンビは動く死体。つまり生きてはいないってことだ。映画でもゲームでもその扱いは実に酷い。だから、俺も肉片になるまで斬り刻んでやんよぉぉぉ!)
頭のおかしい美心ならではの発想だった。
ゾンビに向かって本気の剣術を披露しようとした、その瞬間……。
「くくく、下らない虚言に盲信的に従う家畜の豚共め。貴様らにはその姿がお似合いだ」
蜆御門の上に誰か居る。
その声を美心は聞き覚えがあった。
魔王(仮)だ。
突如として現れた侍ゾンビ達と魔王(仮)。
美心は確信した。
長州藩士の遺体を空想上のモンスターであるゾンビに変える能力を持つ眼前の男こそやはり魔王(仮?)なのだと!
「貴様の仕業か? 仏さん達を無惨な姿に変えたのは……」
これから嬉々としてゾンビを肉片に変えようとしていた主人公の放つセリフではないが、美心は当然気付いていない。
「斬り裂きジャップ。ふむ……まさか女だったとはな」
魔王(仮?)の視線が美心の胸だと分かり、すぐに美心は胸元を隠す。
「セクハラ魔王め!」
「セクハラ? いや、違うな。男は女の胸元に自然と視線が向く。それこそ自然の摂理……これは理威狩なのだよ」
「また意味の分からないことを」
ググッ
美心は構えを取りゆっくりと接近してくるゾンビに対処しようとする。
だが、魔王(仮)の能力が判明しない以上、迂闊に動くこともできなかった。
(くそぅ、ゾンビなんていくらいようが敵ではないが、魔王に注意を払っているとたとえ雑魚だとしても油断できねぇ!)
「ふむ、あと4分44秒か……以前よりは短いがまた相手をしてやろう。くくく、俺の理威狩をどれだけ耐えられるか楽しみだ」
腕時計を見て意味の分からない言葉を放つ魔王(仮?)。
ダンッ!
蜆御門の上から飛び降り美心の前に立つ魔王(仮?)。
美心は剣を構えたまま魔王(仮?)を睨み続ける。
「さて……まずは……」
あからさまな余裕の態度に美心は怒りを覚える。
魔王(仮?)が魔王らしいムーブを取ることで美心の心の中での魔王(仮?)の評価が上がっていく。
(こいつ、やはり本当の本当に魔王なのか! だが、日本人のような魔王だなんて……それってつまり……)
そう、美心にとって魔王が支配する国はアヘリカ大陸だと信じて疑わなかった。
美心がこの学園へやってきて早々に調べたことがある。
いくら図書館や本屋で探してもアヘリカに関する資料が見当たらないことや、誰もアヘリカについて知らないこの違和感。
人間が簡単に踏み入れることが不可能な地であるため資料が存在しない。
資料が存在しないため、誰も関心を持たず知らない。
美心はそう思うことにしていたが、魔王が日本人であるとその前提が崩れてしまう。
「貴様……本当に魔王なのか!?」
「くくく、なるほど……俺に対して誹謗中傷とはな。理威狩! 人外ハラスメント!」
ドンッ!
「ぐわぁぁぁぁ!」
ヒュゥゥゥ………
ズガァァァン!
不思議な力で吹き飛ばされる美心。
蜆御門に直撃し門扉を破壊してしまう。
(ま、まただ! 何なんだよ、あの力は!)
「やはり、弱い……以前の理威狩を破ったのは単なるまぐれだったか。実に残念だ」
「く……くそぉぉぉ!」
美心は2度も魔王(仮?)に負けるわけにはいかない思い一心で魔王(仮?)に最大の突きを放つ。
「うぉぉぉ、牙◯!」
「くくく、神撰組の得意とするその技! 分かったぞ、貴様の正体! 隊士の中でもとびきりの美貌を持つと噂の沖田玲士だな!」
魔王(仮?)は大きく勘違いをする。
沖田は美心の圧倒的な力によって敗北したばかりである。
その彼はというと……。
「はぁはぁはぁ……あの女剣士、蜆御門の方へ向かっていったはずだ。やはり、ボクは権藤さんのもとへ帰るわけにはいかない。それに部下を全滅させられたことによる心の奥から溢れ出る黒い感情……それを消すにはボクは……ボクは……」
沖田は激しい憎悪に突き動かされ美心の向かった蜆御門へと足を運ばせていた。
コッ
沖田の足元に何かが触れる。
「これは般若の能面? この辺りは戦が相当激しかったようだ。この破壊された旅亭にあったものかな?」
沖田はその能面を拾い上げたその時。
(沖田さぁァァん!)
(どうして拙者達だけ!)
(憎い憎い憎い憎い! あの女ぁぁぁ!)
頭の中で部下の隊士の悲鳴が響き渡る。
「う、うわァァァ! やめろぉぉぉ! ボクは……ボクは……」
(その憎しみを晴らす力をやろう。朕を被ればいかな卓越した剣士とて一閃できるであろう)
「被る……能面を……ゴホッゴホッゴホッ!」
沖田は美心との戦いで力の無さを実感していた。
さらに病に冒されていることを自覚している沖田は頭の中で聞こえる声を信じ能面を被る。
ゴキッバキバキバキ!
ありえないほどの力が体中から溢れ出るのを感じる沖田。
体格も大きく発達し筋骨たくましい姿へと変わっていく。
「こ、これは……」
(朕は般若。その激しい憎悪を晴らすため協力させてもらおう。ただし、これは契約である。力を貸す代価は……)
「何でもいいです。般若さん、あの女剣士だけは絶対に!」
半悪魔化とした沖田は美心のもとへ歩みを進めていく。




