蜆御門の変にて(其の弐)
壬生、神撰組の屯所がある村である。
逝田屋事件以降、神撰組のファンが訪れることも多くなり聖地となる。
だが、その中に紛れて尊皇派志士の過激派が突撃することも決して少なくなく今では関係者以外は立入禁止となっていた。
「ここまで来たのは良いけど……どうやって中に入ろう?」
「だから言ったでしょ? 芽映も美心さんも帰りましょう」
「あ、あそこに見張りの隊士さんが居る。ちょっと話してくるね」
美心は隊士に話しかけ明晴の容態に付いて聞いた。
明晴を知る者は少ないため、隊士は美心を怪しむがその時であった。
「ああ、良かった。間に合ったようだね」
「こ、これは副長殿!」
土方が後方から現れ隊士に声をかけるとすぐに道を開けてくれたのである。
「えっと……副長ってことは?」
「ああ、私は神撰組副長土方だ。君が美心君だね? 竹平殿の命により君を屯所へ案内するため学園まで赴いたのだがどうやら入れ違いになってしまったようだ」
美心は憧れの神撰組副長と出会えたことに感動しつつも、ここに来た理由を話し芽映と光恵を紹介し一緒に入れてもらえることになった。
(うぉぉぉ、ここが神撰組屯所かぁ。庭や道場で特訓でもしているのだろうか隊士達の気合の入った轟きが屯所内に響き渡る)
そして、案内された場所は薄暗い部屋。
床一面に巨大な太陰太極図が描かれており真ん中には氷漬けになった明晴が置かれている。
「美心ちゃんのお兄様……?」
「お兄ちゃん、まだ解除できていな……おっと」
(危ない危ない。芽映と光恵は俺が明晴の状態を知らないと思っているんだった)
ガタン
しばらく経った後、部屋に入って来たのは権藤と竹平・土方の3人。
「ようこそ美心殿、神撰組隊舎へ。俺が神撰組隊長権藤勇だ」
「拙者は京都守護職竹平容保。将軍様から君のことはよく聞いている。その年でなかなかの使い手らしいね」
使い手といっても学園内ではまだまだ中の上ほどの成績であるため、いまいち喜べない美心。
だが、芽映と光恵は違った。
超が付くほどの有名人であり権力者が平民出身の美心のことを知っていることに驚きを隠せなかった。
今すぐにでも美心に根掘り葉掘り出身のことを聞きたい芽映、今までのことが無礼に当たったのでは無いだろうかと心配になる光恵。
そして……。
「痛しの君なのです。知らないことが無礼に当たるでしょう」
突如、部屋に入ってきた舞香とずん。
自身の権力を使って強引に割り込んで来た舞香は堂々と竹平の横に座る。
「舞香様!?」
「ええっ、どうして……」
「貴女達がここに入るのを見たのです。磨呂も気になっていた場所なので知人ということで入れてもらいました」
美心は思った。
面の皮の厚さが一級品の舞香……いや、面河厚美なら十分にやってのけるだろうと。
だが、ここに来た意味は全く見出せずにいた。
(こいつが何を考えているのか分からないが今は様子見をするしか無いか……)
「こ、こほん……早速だがここに呼んだ訳を話させてもらおう」
権藤が話す内容は当然、明晴のことであった。
何人の陰陽術師に依頼しても解除できない氷の棺。
これを溶かすことができるのは術者の明晴のみだということを知る。
「どうして美心さんのお兄さんがこのような状態になっているかは理解できました。そして、解除にも本人でしか無理ということは……」
「実質的には永遠にこのままってこと!?」
「そんな……」
皆が口を閉じ沈黙が辺りを包む。
芽映と光恵の表情が暗くなる。
だが、美心は当然ながら溢れそうな笑みを堪えることに必死であった。
(ま、まだだ……まだ笑うな……だが、これは……ヤバい! 明晴がずっとこのままということは主人公の座を取られることもない! それが分かっただけで喜びが全身を包んで……ぷっ、ぷぷぷ……ざまぁ! 俺から主人公の座を奪おうとするからこうなるんだよ! くーくくく、その驚いた表情で永遠に固まってやがれ)
恩師である相手にも容赦しない美心。
まさに下衆である。
「だが、安心召されよ。最新の陰陽術研究でこの氷が溶けるかもしれないことが分かった」
「ふぁっ!?」
美心は突然の竹平の言葉に驚きを隠せなかった。
同時に思いつくのは氷の棺ごと明晴を破壊するべきだと悟る。
だが、彼女の心に残る僅かな良心がそれを止めていた。
「まだ可能性の話だが函館に建造した五稜郭という陰陽術機関に彼を運び、そこで解除することになる」
「五稜郭?」
「外見上は異国からの防衛に建てた城塞に見えるが実は地下に陰陽術の研究機関があってな。ああ、そうだ完成セレモニーが1週間後に行われるのだ。土方、すまぬが俺の代わりに出席してくれ。偵察も兼ねてな」
「ははは、権藤よ。主人の前でそのようなことを言うでない。だが、頭の良い土方の方が適任だろう。拙者は六波羅探題で待機命令が出ているため行けぬ」
「はっ、主君の名に恥じぬよう努めてまいります」
権藤はふと気が付いたように美心達の方を向き話を続ける。
「おっと、話が逸れたが兎に角心配せずとも良い。その事を伝えるためここに呼んだのだががっかりさせてしまったか?」
「い、いいえ……大丈夫です」
美心の心では今、良心と欲望が戦っているため話は半分ほどしか聞けていない。
「美心ちゃん、大丈夫?」
「その……解除ができたとしてどれくらいかかるのですか?」
光恵が美心のためにと思い権藤に質問をする。
「分からぬ。すぐかもしれぬし、10年後かもしれん。それほど難易度の高い解除なのだ」
「美心ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……その……ちょっと驚いたけど……」
「では、話はこれまでだ」
「途中まで送っていこう。この辺りには維新志士も多い。いつでも私達の首を噛みつきにくるか常に狙っているからね」
「あ、ありがとうございます」
土方に連れられ部屋を出ようとした時であった。
(……える? ……こえる? 美心っち……)
「こ、これは?」
「頭の中に声が……」
「お兄ちゃん?」
(良かった繋がった。あ、これは美心っちと権藤さん・土方さん・竹平さんにだけ繋がっているからよく聞いて。あっしも内側から解除を試みているんだけど、あの男の反射はどうやら普通じゃないみたい。少し時間がかかるけど必ず解除できるからその間にお願いしたいことがあるの)
突然の明晴の問いかけに美心の良心は消え去り憎悪が溢れ出る。
(めぇぇぇせぇぇぇい! 閉じ込められても俺から主人公の座を奪うつもりかぁぁぁ!)
今すぐにでも叩き壊したいが神撰組と敵対するほど美心も我を失ってはいなかった。
怒りを抑え頭の中に響く明晴の声を集中する。
(1ヶ月後、文月の19だったかな? 長州藩士らが京都御所を攻める。京都はまだ大火の危険性が消えていないから警戒して)
どよっ!
権藤らの表情が変わる。
土方は何かを察したのか部屋の外に待機していた隊士に告げ全隊士を太陰太極図の間に集合するよう告げる。
「美心くん、隊士の1人に護衛を付けるから君達は先に帰りたまえ。あと、この事は他言無用に願いたい」
「ああ、その話は俺達の出番ですぜ。明晴殿、話は隊士全員に……」
そうして美心達は話途中で屯所から送り出され寮へと戻っていった。
美心の憎悪は未だ消えず、その憎しみを何処かへぶつけねばならぬほどにくすぶり続けている。
(そうだ……禁門の変。これは幕末らしいバトルイベントだ。くっくくく、この憂さ晴らしに俺も参加したら少しは心晴れるかもなぁ!)
不穏な空気が漂う京都も梅雨が開け文月。
明晴の言葉通りに大群を率いた長州藩士が京都市内に入る。
学園の時計塔屋上からその様子を伺うのは目深のフードを被り自ら作ったボディースーツを身に纏う美心。
(やってきたぜぇ……この時がよぉ!)
時計塔から勢いよく飛び降り凄まじいほどの速さで京都御所へ向かう。
「……ジャップ・ザ・リッパー、天誅を断行する!」




