逝田屋にて(其の漆)
美心は今までで最大の愉悦に浸っていた。
明晴を一撃で倒す?ほどの相手である。
生まれて今までに出会ったことのない強敵であることは肌でひしひしと感じていた。
(このおっさん、武術でもやっているのか? マジで隙がねぇ……んほぉ、良い! こんな相手にもっと早く出会いたかった! 魔王軍らしき様相は無いことだけが残念だが、これだけ大量の人を殺したんだ。その償いは自身の身を持って罰せられろ!)
宴会場に倒れている麿麿と小高以外はすべて麿麿の仕業であることなど知らない美心。
空手の構えから男にじわりじわりと距離を詰めていく。
そして、残り1mほど手前から右拳を前に突き出す。
「うぉぉぉ!」
謎の男相手に陰陽術が効かないことは明晴の姿を見れば一目瞭然である。
そのため美心は自身の筋力のみを相手にぶつけるため男に接近する。
威力を高めるために加速していき彩葉達では見えないほどの高速拳を放つ。
「くくく、猪突猛進ということか。良いぞ、その理威狩……受けてやろう!」
男は避けようとはせず、その場で全身に力を込める。
ダァン!
「何っ!」
拾った短剣はまだ使わず右ストレートで自らの拳のみ男の腹部に直撃させる。
「くくく、その程度か。どうやら貴様の拳は理威狩では無かったようだ」
パァン
「ぐあっ!」
不思議な力で男の腹部に当たった拳が弾き返されてしまう。
拳の皮がめくれ血がポタポタと流れ落ちる。
(な、なんだ? 今のは陰陽術? いや、違う。陰陽術でないとすると……ま、まさか! 魔法!? んほぉぉぉ、そうだ! そうに決まっている! 俺の想定した設定通りなら日本だけが独自発展し陰陽術になった。海外の人たちは魔法を使って生きているんだ! そして、この男はおそらくアジア系アヘリカ人。さっきから理威狩とうるさいが魔王軍は理威狩術と言う不思議な技を持っていることにしよう。良い、この設定最高だ!)
もちろん、美心は男の出生場所など全く知らない。
アヘリカ人というのは美心の妄想の産物である。
「ふふっ、だったら後は理威狩術を破りさえすれば……」
美心は興奮してつい声に出してしまう。
それを聞いた男は再び構えを取り美心に対抗する。
「ほぅ、俺の理威狩を破るだと? 面白いやってみろ」
ググッ!
シュッシュシュッシュ!
今度はボクシングの構えから連続ストレート。
確実に速度を上げていき10秒後には1秒間に137発の拳を放つほどの高速拳へと変貌する。
美心も本気を出せる相手が近くに居ることで無意識的に才能を開花させているのである。
「くくく、高速拳か。斬り裂きジャップ、貴様……俺を舐めているのか?」
「んだとっ!」
男は防御さえとらず美心の拳を直に身体へと直撃させているようにも見える。
ダメージがあるのか無いのかは美心にも分からず、ただひたすらに高速の拳を放ち続ける。
「もういい……その高速な拳も理居狩では無かったようだな! 星刀暴鋭、聖律!」
パァン
「ぐわぁぁぁ!」
美心は何が起こったのか分からなかった。
何千という重い拳が全身を襲い吹き飛ばされる感覚。
咄嗟に理解した美心は受け身を取り何とか地面への激突は避ける。
(まさか、術攻撃だけでなく物理攻撃も反射させるのか!?)
「が……がはっ!」
「大丈夫ですか!?」
彩葉が息を引き取った麿麿を抱きしめながらジャップ・ザ・リッパーに声をかける。
「気にするな……それより旅人達を連れて1階へ降りろ。生き残りが……いる」
「で、でも……」
「お前達が邪魔だっつってんだよ!」
「お嬢さん、行きましょう」
「ここは危険です。あの黒い御方に任せましょう」
宿泊客であった旅人数人と彩葉は男を警戒しつつ階段から1階へ降りていく。
「くくく、邪魔者は居なくなったようだな。そろそろ、その視界の悪さを改善したらどうだ?」
「へっ、嫌だね。この格好が気に入っているんだ」
「そうか……舐めプの斬り裂きジャップよ。理威狩の恐怖をとくと思い知るが良い」
ダンッ
男は見たこともない構えを取り左手を前に突き出す。
「喰らえ、身長6尺以下派人権無!」
グンッ!
「う……うわぁぁぁ!」
美心の四肢に重くて鈍い激痛が走る。
まるで肉体そのものが腕と脚を無理矢理引っ張っているような不思議な感覚だった。
「くくく、この技は身長6尺以下の者の人権を無くす。自身の身長が6尺に伸びるまで四肢に激痛が走る理威狩だよ。大抵の者は痛みに耐えかねて死んでしまうがね……貴様はよく耐えている方だ」
(い、意味が分からなねぇぇぇっての! くそ、くそ、くそ! こいつ、ボス級にしては強すぎないか!? まさか魔王ってことは……はっ! ま・お・う……だとっ!)
バチッ
「何っ!」
美心はその術を破りゆっくりと立ち上がる。
「ふ、ふふふふ……魔王……貴様が魔王かぁぁぁ!」
ヒュン!
ドスッ!
目にも見えない超高速移動で男の背後に周り短刀を突き刺す。
「ぐっ……まだ、そんな力が! だが……星刀暴鋭、聖律!」
シ―――ン
物理攻撃が反射せず男のダメージとして蓄積される美心の一撃。
(効かないだとっ!? まさか、こいつ……理威狩に目覚めたのか!)
「あははは! 魔おぉぉぉ!」
ドスッドスッドスッザンッ!
「野郎ぉぉぉ、俺の正義をここで終わらせはせんぞぉぉぉ! 食費300文以下派食事似非!」
ぐぅぅぅ
「うっ……」
ドサッ
突然、力尽きたのかその場で倒れる美心。
お腹の虫がぐぅぐぅとなっている。
男も相当なダメージを受けてきたのか美心から距離を起き、気を失っているずんの側まで戻る。
「くくく、斬り裂きジャップ……良いねぇ。俺の正義を一時的にとはいえ超える者が現れるとは。また、龍破することを期待しているぞ」
男は犬の姿に化けている舞香の頭を撫で呟く。
「ミストレス、この世の弱者を利用した理威狩を早く……。理を威力に変え強者を狩る正義の行動を行ってくだされ。そうすれば、いつか春夏秋冬美心から最大の恩寵が与えられることだろう」
(??? 意味が分からないです。でも、痛しの君から最大の恩寵って最高に興奮しますね。ところで……ミストレスとは一体誰のことなのでしょう?)
「そろそろ時間か。結界は直に消滅する。斬り裂きジャップよ、俺はここで退散させてもらう」
ヒュン
男はどうやったのか姿が消え、暫くすると結界も消滅し神撰組が突入するのだった。
「これは……」
「一体、何が起こって……」
「隊長! 仏はすべて長州藩の藩士で間違いないです。計画書もここに!」
旅亭内が慌ただしくなっていく。
至るところで権藤や肘肩達、隊長格の隊士を呼ぶ声がする。
「明晴殿が氷漬けに!?」
「この子は中御門家の女中……良かった。まだ生きている。この飼い犬が守ってくれたのか? よくやったな」
「くぅんくぅん」
(はわわわ、神撰組隊士達ですぅ! 早く早くその刀で磨呂を斬り刻んで欲しいですぅぅぅ!)
頭のおかしい元女神様は現状などどうでもよく強そうな神撰組隊士達の差す刀に興奮するだけであった。
だが、中御門家の女中であるずんと共に馬車で帰らされてしまうのであった。
「隊長、生存者の中にも泰山府君学園の生徒が……夜が遅いので調書は明日取ることにして隊士数名を護衛に帰宅させました」
「2階にも1人居るが、こちらは怪我が酷い。医者の元へ連れて行け」
美心は芽映や光恵と顔を合わせること無く病院へ連れて行かれる。
怪我も思ったより酷くなく翌日には寮へと戻ることが出来、再びユリユリな生活に戻ることができたのであった。




