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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
美心(青年期)編Ⅰ
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逝田屋にて(其の伍)

 逝田屋2階宴会場……すでに30名近くの長州藩士達は集まっており、残りは桂大八郎かつら だいはちろうのみを待つだけになっていた。


「後は桂さんだけか。すでに集合時間は過ぎているってのに……」


「早く京都市内に火をつけようぜ! ぎゃははは、こりゃ楽しみだぜぇ!」


「なぁ、先に始めてしまわないか? 帝を我らの藩へ移送する壮大な計画だぞ。遅刻者を待つ義理なんて無いだろう?」


「お前ら、少しは静かにしろ!」


「早く早く早く京都に火をぉぉぉ……」


「ヒャッハァァァァ!」


 麿麿と小高は皆から一歩距離を取り様子を見ている。


「真面目なやつも居るが……お前の言う通り暴れたいだけの馬鹿も混じっているな。同士をそのように言うのは気が引けるが」


「ふふふ、分かってくれて嬉しいよ小高。ああいった輩こそ神撰組に間引きしてもらいたいものだな。だが、神撰組の介入は今後の事を考えるとできるだけ避けたい」


 スッ


 麿麿が袖から一つの小瓶を取り出す。


「それは?」


「神撰組に今夜の計画を知られることは予想していたからな。先週からこの旅亭の周りに陰陽陣を書いておいた」


「おおっ、つまりそれは起動に必要な……」


「最後の一文字を書くための墨汁だ……さて」


 宴会場から廊下に出て印を書くため人差し指を小瓶に付ける。

 

「うん?」


 階段の下に目をやると通り過ぎて行ったのは彩葉と知らない娘が3人。

 それに背の高い浪人らしき男も居ることに気が付く。


「ふふっ、お友達連れでここに来てくれるとは……。盾として最大に利用させてもらえそうだ」


 旅亭の周りに書かれたのは臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在の七文字。

 そして、最後の文字を結界を張る中心地に描くことで陰陽護身法は発動する。


「前!」


 最後の一文字を柱に書き込む。


 ブンッ!

 ゾクッ!


 違和感に気付く明晴と美心。


「うん? 今のは……」


「お兄ちゃん……」


「え、え、え? 何、どうしたん?」


「何か違和感が……空間が変わりましたね」


 光恵も公家で陰陽術に秀でていたため違和感を微弱に感じることが出来た。

 当然、彩葉も気付いていたが……。


「空気が変わった程度、どうでも良いわ。1階に居ないのなら2階の宴会場に居るのね!?」


「ねぇ、今日のところは止めたほうが……」


「そうだよぉ。宴会場ってことは人がたくさん居るんだし……」


 美心と芽映は明晴から今夜のことを知らされ、一旦外に出て彩葉に告白を止めるよう説得した。

 だが、彩葉は心に決めたことを曲げたくない一心でどうしてもと2人の制止を聞かず旅亭内に押し入った時、結界が発動する。


 バチッ


 明晴が入り口に手を触れると火花とともに激しい破裂音がする。


「これは……どうやら閉じ込められたようだね。美心っち、怖くない?」


「きゃぁ!」


 突如、芽映が悲鳴を上げる。

 彼女の目の先には微動だにしない店員。

 よく見ると座席に座って食事をしている客も皆、停止していた。


「な、な、な……何なのよ?」


 明晴が微動だにせず立ちすくんでいる店員に手を触れる。


「これは……マズいね。体内の陰陽力が少ないものから時間を止められているようだ」


「時間を? そんな事、陰陽術で可能なのお兄ちゃん」


 美心は目を輝かせ明晴に尋ねる。

 そう、時間を止める術など中二病を擽るロマンでしか無いためだ。


「美心さん、時間と言ってもあくまで個人の体内時間のことですよ。授業で習ったでしょう。陰陽欠損症の代表的な症状の一つですよね?」


「さすがじゃん。美心っち、陰陽術士になるんだったら常識だかんね、光恵っちに負けないようよく覚えておくように」


「じゃ、じゃぁここにいる人達は?」


「放っておくと……死ぬ」


「いやぁぁぁぁ!」


 芽映は恐怖に負け美心に飛び付いて大きく泣き喚く。


「芽映ちゃん、大丈夫だよ。お兄ちゃんが何とかしてく……」


(あれ? 俺は今、何を話そうとした?)


 美心はふと思った。

 今の自分の立ち位置は明らかにモブそのものであると。

 名前が付いているだけの何もしないできないネームドモブでは無いのかと!

 そして、先程言いかけた自身のセリフは明らかに主人公の位置へと明晴を高めるための一言だと後悔した。


(あ、あかん! これはマジであかんやつだ! このままでは主人公の座を明晴に奪われてしまう! こんな……こんな展開を俺は望んじゃいねぇぞ! はっ!? ま、まさか……今回のイベントって明晴が人為的に起こした!?)


 心の何処かで常に明晴をライバル視していた美心は突拍子もない妄想に達する。

 そして、心の奥底から憎悪が溢れ出る。


(お、おのれぇぇぇ! いつかは勇者の座を奪いに来るかと思っていたが、まさかここに来て打って出やがったかぁぁぁ! めぇぇぇせぇぇぇい!)


「ぐすっ……み、美心ちゃん? そっか、美心ちゃんも怖いんだ。お兄さんを見て気を紛らしているんだね」


 明晴は当然ながら後ろからの美心の視線に気づく。


(うっはぁぁぁ、美心っちが熱い視線であっしを見てるよぉぉぉ! 絶対、解除して助けてあげんだから! 少し待っててね、美心っち!)


 その感情がそっくりそのまま伝わるとは言っていない。

 美心の熱い視線でさらに乗り気になった明晴は格好良く入口前でしゃがみ、光恵と共に術の解除に乗り出した。

 術の解除に数時間が過ぎ外はすでに日が沈んでいた。

 そして、異常に気付いた多くの野次馬が集まっており神撰組も突入できずただ立ち尽くすしか無い状況であった。


「この結界……単なる防御術じゃないみたいだね。中に居る者の陰陽力を吸い防御力を上げているようだ……こんなことができる者って大僧正の領域者が2階に居る」


「大僧正……そこまでの使い手が?」


「2階って、まさか干田様?」


「知り合い?」


 明晴は彩葉の呟きに反応しふと思い出した。


(干田……長州藩からの編入生でそんな名前の人物が居たような? そう言えば2階へ上がって行った者の中に学園の制服を着ている者も居た。学校である限りどんな思想を持っていても別に構わないけれど……ま、今回の事件が未遂で済んでも退学は確実だろうね。なんせ、京都市内に火を付ける計画なんだし……未遂であっても許されることじゃないし、何より熱い視線を送ってくれる美心っちを危険に晒すような奴を野放しにはできない!)


「彼がこんな真似をしたのなら私が注意してき……」


「待って。彼らを下手に刺激してはいけない。彼らも今の現状を思い知っているだろうしね」


 そう、結界を張り邪魔が入らない状況で会合をしても単なる時間稼ぎに過ぎなかった。

 外は野次馬だらけだが神撰組も全隊士が集まり旅亭の周辺を囲んでいる。

 ただ2階の志士達は計画の詳細を立てるための会合でまだ気付いていなかった。

 麿麿と小高を除いて……。

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