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テンプレ勇者にあこがれて  作者: 昼神誠
結社結成編
7/263

初任務にて

 美心が3人を救出し帰路に着いた後、約1時間ほどが経った。

 1台の装甲式神車が鞍馬山入山口に到着する。


「マスターはすでに到着しているはず……待ちに待った初の任務。マスターのご期待にお応えしなければ。行くわよ、みんな!」


「了解!」


 彼女たちは春夏秋冬財閥の秘密部隊スターズである。

 すでに美心によって比奈乃とその友人が救出されたことを知らないでいた。

 実際には美心が報告をしていないのが原因で、彼女らに命令を伝える者から連絡を受け取っていないのだ。

 初めての出番がやってきたことに高揚し気合は十分だった。

 ボディースーツに身を纏った娘たちが鞍馬寺の山門から中へ入る。

 ある者は苦無、ある者は手甲と武器は各自が扱いやすい武具を装備している。

 気配を消し境内の様子を伺うと、そこには頭のない遺体が2人と腹部に大きな穴が空いて倒れている大柄な男のみだった。


「な、なんて酷い……」


「うっ、直視していられない……」


「この服装から推察するに高貴な者のようだけど……何処かの観光者と従者と言ったところだね」


「凄い……服装だけでそこまで分かるなんて」


「さすが、リゲルね」


「スターズ随一の頭脳派も馬鹿に出来ないな」


 当たらずとも遠からずであった。


「傷跡を見ると強烈な一撃の上に殺られているようね。もしかしたら比奈乃様を攫った者の中にとんでもない力を持った奴が居るのかも知れない。相手が学生だと油断しているとこちらが痛い目を見る羽目になるわ。全員、陰陽術をいつでも放てるようにしておきなさい!」


「了解!」


 スターズ5名の中でリーダーをしているのがコードネーム、シリウスと呼ばれる金髪の少女である。

 彼女はスターズの中で最も古参であった。

 年齢は13歳になったばかりで美心に拾われ実の娘のように可愛がられ育った。

 彼女は美心に対し絶対の忠誠を誓い厚い信頼を寄せている。

 

(私は普通の生活を送ってこられなかった。幼い頃に村が飢饉に襲われ飢える両親から殺されそうになったところを必死に逃げた。その先もずっと先の見えない闇の中で生きてきた。この先も闇の中でしか生きられないだろうと思っていた5年前、まるで女神のように手を差し伸べてくれた偉大なる美心様。今を生きていられることに感謝をし、この救ってくださった命で必ずや任務を果たしてみせます!)


 シリウスは真面目な娘だった。

 真面目すぎて美心の姿が完璧な存在として脳裏に焼き付いている。

 その様相はどこかの怪しい宗教団体の狂信者と同様であった。


「悪党がどこから襲ってくるかわからないわ! みんな陣形をしっかりと取って付いてきなさい!」


「シ、シリウス……マスターはご無事でしょうか? あの遺体はマスターでは無かったけれど、うっうう……」


「貴女は心配性ね、ベガ。マスターは私たちを救ってくださった女神様なのよ。きっと今もこの暗い山の中で比奈乃様やそのご友人を救い出すため、自らの危険を顧みず捜索しているに違いないわ」


 スターズは美心の厨二病が原因で発足した特殊部隊である。

 偶然にもそのメンバーに選ばれた娘たちは美心がチートな力を振るっているところを見たことがない。

 そう、彼女たちは美心が何処か武家の出身で一般教養として身に着けた並の剣術や陰陽術程度が使える義母であり師匠としてでしか認識していなかった。

 彼女たち自身に備わった高い身体能力はか弱い美心を守るためのものだと思い込んでいたのだ。


「シリウス、僕の計算によるとこの奥の貴船神社に比奈乃様たちが囚われている確率は高いと思う。道を外れると森の中だし、相手が下級武士の学生とその一派と想定するとこんな真っ暗闇の森の中に入ってまで身を隠すことはしないだろう」


 スターズに命じられた任務は比奈乃を攫った愚かな男子学生とその協力者たちに天誅を与えることであった。

 だがスターズ隊員たちは知らない。

 それが美心の誤発注(誤った命令)だということを。


「さすがね、リゲル。そこの遺体は放っておき貴船神社を目指すわよ」


「了解!」

 

 そしてスターズが貴船神社へ着いた時だった。

 怪しげな侍が3人、焚き火を囲い酒を飲んでいる。


「たったの3人? 学生らしき人影は無い……そうか、夜も更けているから男子学生は社の中で仮眠でも取っているのだろう。だとすると、あの3人は見張りね」


「奥宮と中社は誰も居なかったよ。本宮のここに集まっているので全員である可能性は高いね」


「あ、あの黒い靄が出ている箱は何なのでしょう?」


 ベガが指をさしたのは比奈乃を交換する時に商人から受け取ったアタッシュケースだった。

 そのアタッシュケースを侍の1人が手に取り開ける。


(なんだ、あれは?)


 シリウスたちは目を疑った。

 黒い靄を発するのは不気味な能面だったのだ。

 それを手に取り侍は薄ら笑う。


「くくく、この呪物さえあれば神撰組を再び我が手中に収めることができる」


「芹沢さん、本気っすか? 京都守護職の神撰組を迂闊に敵に回すだけにならないか心配なんすけど……」


「うむ、芹沢鳩殿。我らの目的はあくまでも春夏秋冬美心への復讐。御所にお住まし在らせられる帝を守る駒になど返り咲く気は無い」


「何を言う! 春夏秋冬美心と真正面から戦って勝てぬのは分かっているはずだ。奴を確実に仕留めるには、お上のお守りである幕府最強の軍隊、神撰組が必要不可欠なのだ!」


「それはそうっすけど……」


 この異世界では日本は世界最強の国家であるが同時に国内では問題が多発していた。

 長年続く江戸幕府に不満を持つ藩主も急速に増えており尊王論を唱える者が慶応元年以降、次第に増えていったのである。

 理由として鎌倉時代から続く帝をお飾りとして利用していた風習は確実に江戸幕府にも受け継がれている。

 尊王論を唱える藩の中には天下統一を再び試みるための駒として捉えている者も少なくなかった。

 帝を手中に収め担ぎ出せば天下統一を為せる、そのような野心家が蠢いているのが異世界の日本であったのだ。

 そのため幕府は帝を厳重に見張るための組織として、全国から剣術や陰陽術が特段秀でた者だけを集め結成したのが神撰組である。


「だがよ、思考を回転してみろ。神撰組は所謂幕府の諸刃の剣だ。最強の者を集めた結果、逆に主君の座を奪われるなんて戦国時代にゃ頻繁だった。長年続く統治のお陰でそのことをすっかり忘れていやがるのさ、幕府のお偉方はな」


「な、なるほど……芹沢さん頭良いっすね!」


「ふむ、一理有るか……春夏秋冬美心に復讐を果たした後、日本が再び戦乱の中に身を投じるのであれば武士として心昂ぶるであるな」


「2人とも奴への恨みは相当なものだろう。俺は神撰組の仲間と辛い鍛錬に励んでいた最中、謝って仲間を大怪我させてしまった。その瞬間を目撃した春夏秋冬美心! 翌日、何故か神撰組から除隊させられていた。あいつが……あいつがチクったんだ! 俺の言い分も殿にまったく聞き入れて貰えず……奴が俺の才能に恐怖したんだ。何度も神撰組本部で見かけたからな。だから、財力でものを言わせ幕府に……この恨み、絶対に忘れんぞ!」


「自分はもっと酷い仕打ちだったっす。カカシマヤの高級カステイラが試食していたので、あまりの旨さに手が止まらず全部食べただけで勘定奉行を強制退職させられたっす!」


「我は強者として名を馳せる春夏秋冬美心に決闘を申し込んだのだ。それを何度も無視されあろうことか我が直接対面し頭を下げてまでの願いを無下にされた……武人として屈辱的な目に合されたのだ! 一日たりともこの屈辱を忘れたことなど無かったのである!」


 3人の侍もどちらかというと美心の妄想の被害者であった。

 1人は殺人を犯した大罪人と勘違いされ、1人はカステラ泥棒、そしてもう1人は自身を卑猥な目で見るストーカーだと美心の目には写っていた。

 そして大なり小なり悪事を働く者を勧善懲悪の権化である美心は絶対に許しはしなかったのが今回の事態を招いたのである。


「ま、マスターに復讐ですって! 男子学生如きがなんて不届きな!」


「あの能面、呪物って言いませんでした? はわわわ、大変ですよ!」


 侍3人は近くにスターズが身を潜めていることに全く気付いていない。

 そして会話の内容を盗み聞いていたスターズの者たちは激しい憤りを抱いていた。


「呪物って持ち主に不幸をもたらすのだろ? だったら、あいつらは確かに不幸だ」


「ええ、ここで私たちが一部始終を見てしまったことが不幸の始まりね。まずはあの見張り3人に天誅を与えるわ!」


「心優しきマスターに一方的な恨みを持つなんて許せない! わちも頑張るんだからシリウス!」


「ええ、だけど殺しは駄目よ。マスターは天誅を与えろと仰っただけ……あの優しいマスターが非道な願いを私達にするはずはない。これは初任務と同時に私達の最終試験でもあるのよ」


「そ、そうだったのか!」


「ふっ、そんなの僕は既に予想済みさ。僕たちを救っていただいたマスターが僕たちに人殺しをさせるかい? 今までの戦闘訓練だって僕たちが1人になっても強く生きられるようにしていたのさ」


「さすが何でもお見通しね、リゲル」 


 この任務に参加しているスターズ隊員は100人。

 シリウスをリーダーにベガ・リゲル・プロキオン・レグルスの4名が最も有能な一小隊である。

 残りの者は本宮を取り囲み中に居る者が出てこないか警戒している。

 そしてシリウスの合図によりベガとリゲル、レグルスが侍3人の背後に音も出さず接近、得意の武具で相手を気絶させる。


「マスターの望む天誅とは相手の戦意を無くすことだと思うの……そうね、両手の親指と人差し指を切断し武器を手に取れないようにしましょう」


「なるほど……それなら食事などは慣れればできるけれど、武器を取ることは出来ない。人体の構造に詳しいプロキオンならではの発想だね」


「さて本宮の中に居る学生にも天誅を……侍が他に何人居るか分からないし気を抜いてはダメよ」


「了解!」


 本宮の扉をスターズ隊員2名がゆっくりと開ける。

 中には当然ながら誰も居ない。

 それを見たシリウスたちは驚愕した。


「も……もぬけの殻!?」


「どういうことだ! 学生だけだったとしてもいつの間に逃げたの!?」


「違う! 本宮は広いし、きっと隠れているのよ! 何としても探し出して天誅を遂行しなさい!」


 シリウスは内心焦っていた。

 初めての任務で目標を逃し美心に失望されることに恐怖さえ感じていたのだ。

 それはベガやリゲルたち他の隊員も同様だった。

 シリウスはこれまでの経過を振り返り、どこかに見落としがないか必死に思い出そうとする。


(いつの間に逃げた? それに先行したマスターや比奈乃様は……まさか、鞍馬寺にあった死体は男子学生がここから降りる道中で不運に出会ってしまった被害者!? そうだとしたら比奈乃様とご友人は男子学生と一緒に行動している侍たちに捕らえられたまま別の場所に移動させられた!? なんてことなの……マスターもきっとこの周辺に比奈乃様が居ると思い真っ暗な山の中へ入っていったんだ。どうするべき? ここはマスターを探し新たなご指示を仰ぐべきなの……いいえ、こんな簡単な任務でマスターにご負担を与えるべきでは無い。それに初めての任務……私達だけで何としても男子学生と比奈乃様を探し出すべきだ)


 シリウスは大いに勘違いをした。

 そして報連相をしなかったことがさらに彼女たちを窮地に追い込むのだった。


「愚かにも比奈乃様に声をかけた男子学生は別の場所に移動している可能性が高いわ。京の都すべてを探し出すしか無い。本部で待機しているスターズたちも全て動員して徹底的に探し出し天誅を下すのよ!」


「マスターに任務が失敗したなんて言えないもんね」


「こりゃ徹夜だが、そうも言ってられないな」


 元から居ない相手を見つけるなど無理なことである。

 だが、そのことをスターズ隊員は知る由もない。

 京都中を隈なく調べるが残酷にも時間だけが過ぎていく。

 夜が明けスターズ隊員は一度、鞍馬寺に集合する。


「見つからなかった。比奈乃様ぁ……」


「初めての任務で失敗した……うわぁぁぁん、マスターに叱られるよぉ!」


「叱責されるのなら喜んで受けるぞ。それは期待されているってことなのだからな」


「マスターのご期待に応えられなかった私たちはなんて無能なの!」


「兎に角、一度本部へ戻りましょう。私がマスターに直接お会いして経緯を説明するわ」


「この遺体回収に往生堂へ連絡しておくよ」


 スターズ隊員全員は肩を落とし伏見の屋敷へ帰っていくのだった。

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