逝田屋にて(其の弐)
泰山府君学園は開かれた学校づくりを謳っている。
そのため、四方の壁は撤去され何処からでも学園内に入ることができる。
ただ、警備は厳重で5m起きに岡っ引きが立っており不審者が易易と入ることは容易ではない。
……昼休み、高等部の校舎裏に男が1人、警備の者から許可を取り誰かを待っていた。
「遅れてごめん」
「やぁ、待ってたよ。彩葉、昼食は良いのかい?」
「お弁当を持ってきたの。ここで一緒に食べよ」
「こんなところでかい?」
「干田様、私は貴方となら何処だって良いの」
男の名は干田麿麿。
長州藩出身でかの有名な松下村塾出身者である。
彼は高等部4年への編入で今年入ってきた。
彩葉との馴れ初めは4月まで遡る。
「……そうかい、ありがとう」
校舎裏で楽しそうに昼食を食べる2人。
その後、会話を楽しんでいる時であった。
「はぁはぁ、探したぞ。干田」
「小高、どうしたんだ? そんなに血相を変えて。今日は例の場所に行くって聞いていたが……」
「神撰組の奴らに桝屋邸が襲撃された! 俺は集会に遅刻して間一髪襲撃を逃れたんだが古高さん達が連れて行かれちまったんだ……」
「そうか……それは今夜の計画がバレたと考えるべきかもしれないな」
「俺も同じことを考えた。だが、桂さんは何処に居るか分かんねぇし……」
「あの人のことだ。僕達と同じですでに情報を得ていると思う」
何の話をしているのか理解できない彩葉は麿麿に尋ねる。
「干田様、神撰組の襲撃って……何かなさるおつもりなのですか?」
「おい、女。あまり深く介入すんじゃねぇぞ。俺達は歴史に残る偉大な計画の最中だ」
「えっ?」
「やめたまえ、小高。それと……ごめん、彩葉。そのことに関しては何も言えない。君を危険に巻き込みたくないんだ。どうか、わかって欲しい」
隠し事を嫌う彩葉は恋人に苛立ちを覚え声を荒らげて言う。
「貴方様の命の危険があるのなら心配せずにはいられません! 教えてください!」
「………………」
だが、まったく話すつもりがなく沈黙を続ける麿麿。
その姿を見て彩葉は弁当箱を手に教室へ戻っていった。
「悪いな、干田。この学校は京都内で身を隠すのに適している。なんとか編入できたのはお前だけだが、こんな時に女を作るお前にも責任があるからな」
麿麿の表情が変わる。
「ふふふ、何も心配はいらない。僕の計画通り進んでいる、案ずるな小高。あの女は西園寺家のご令嬢。いわば公家だ」
「く、公家!? まさか……」
そう、公家の多くは武家社会を少なからず憎んでいる。
鎌倉時代からの武士を中心とした以前は公家が中心の社会だった。
干田は彩葉の家族も他の公家と同様に幕府が滅びることを望んでいることを調べ上げ彼女に接近したのだった。
「何をするにしても金銭は必要だからな。公家なら大なり小なり貧乏武家よりは安定した援助を望めるだろう」
「そこまで考えて……」
干田は薄ら笑いをし、さらに会話を続ける。
「小高、君も薄々気付いているだろう? 今夜、御所を強襲し帝を長州へお連れすることなど無理だと」
「あ、ああ。それは一部の過激な奴らが暴走しちまって誰も手に止めねぇから……」
「僕はああいう野蛮な奴らは嫌いなんだ。できれば大いに暴れ神撰組に討ち取られることを僕は望んでいる。例え同士であろうとな、知能の低い味方は知能の高い敵より厄介だからな。それは歴史が物語っているだろ?」
「なるほど……だが、京都大火の方は良いのか?」
ニヤリ
不気味な笑みを溢す麿麿。
そして、小高に話す。
「小高、知っているか? 農業の知識として間引きというものがある」
「間引き?」
「例えば胡瓜だって放置していれば一本の茎から勝手に多くの量が実るだろう? 数が多いのは良いことだ。だが、その胡瓜は一本一本の栄養価が低い。それに成長速度も悪くなる」
「そ、それがどうしたってんだ?」
「そこで成長の遅いものから切り捨て茎からの栄養を最も育っているものだけに集中させる方法を間引きと言うんだ」
「ま、まさか……」
「ふふふ、人間にだって間引きは必要だと思わないか? 社会という実を良くするためにな。特に歴史の古い京都には頭の古いクズも多い。人類にもアップデェトは必要だよ」
「あ……あっぷでぇと? 意味が分からんが……お、お前の思考……イカれてやがる。だが……確かに一理あるように思う」
干田の考えに少なからず恐怖を感じるも、その理屈も考え方によってはおかしくないと思い受け入れてしまう小高。
「西園寺彩葉のことは気にするな。うまくやって奴の両親から金銭援助を受けてみせる。それにあの性格の持ち主だ。おそらくだが下校後、僕の跡を付けてくると思う。その時は彼女には今夜の計画の盾役になってもらおうかと思ってね」
この干田麿麿という男、頭脳が良すぎるためかサイコパス的な思考の持ち主であった。
誰にも理解してもらおうとも思わない、まして恋人など従順な使える手駒の一つに過ぎなかった。
「だから、尻軽な公家の娘を……」
「ふふふ、今夜が楽しみだと思わないか? 小高」
そして、放課後……。
「さよなら―――」
「先生、さよなら」
すぐに教室を飛び出していく彩葉をよそに芽映が美心に声をかける。
「美心ちゃん、今日は宿題無いし久しぶりに街へ出ない?」
「うん、良いよ」
「光恵も行くでしょ?」
「美心さんが良ければ……」
「もちろん、大久保さんも一緒に行こ」
放課後、京の街へ3人で出かける美心達。
呉服屋で着物を見たり出店で買い食いしたりと美心が望むイベントが次々とやってくる。
「はぁ、足が疲れてきた。どっかで休まない?」
「あそこに茶屋があるよ」
「私、みたらし食べようかな?」
「あはは、美心ちゃん食べ過ぎぃ」
きゃっきゃうふふしながら三条木屋町周辺で休憩のために茶屋に入る3人。
お茶を楽しんでいる最中に光恵が外をふと見る。




