強制イベントにて
美心はある予想が脳内をよぎる。
(……!! ま、待て! 乙女ゲーなら本来、人の恋路を邪魔するように悪役令嬢が入り込んでくるのではないのか!? 悪役令嬢の中御門舞香は……)
すでに集合時間は過ぎている。
不安に思った中御門と同じ班の生徒が教師に話す。
「先生、まだ中御門様と同班の者が数名来ておりません」
「こちらでも欠席の連絡は受けていない。うむ……」
教師は悩む。
相手は公家の中でも地位のある家の生徒である。
(土御門様以外はどうでも良いが彼女を差し置いてオリエンテーションを先に進めると私がクビになるかも。ここは同班の来ている生徒に探しに戻させるか? いやいや、駄目だ。生徒にもしものことがあれば私の責任になる。どうすればいいのだ……どうすれば……どうすれば……そうだ、ここは平民出の生徒であるあいつに。そうだ、もしものことがあっても平民出ならどうにでもなる! くーははは、これで私の未来は安泰だ!)
そう、この教師自分の保身のことしか頭に無い下衆野郎であった。
「美心、特待生の美心はおらぬか?」
「あの先公、美心ちゃんのこと呼んでない?」
(くそぅ、まだどっちを選ぶかで迷っているのにここで邪魔が入るのかよ……)
教師のもとへ堀田達と一緒に向かうと教師から中御門と数名の班の者を探すように伝えられる。
「それなら、先生。俺達も美心の手伝いを……」
「いや、駄目だ。君達は名のある武家の……げふん、げふん! 兎に角、美心。これは泰山府君学園からの命令である。君には様々な特例が与えられている。その御恩を返す機会だと私は思うのだがね……」
御恩、美心はその言葉を出されると返す言葉も無かった。
(くそぅ、中御門がまだ来ていないから連れて来いだと? ここから京都までそれなりにあるのに……しかも、なんで悪役令嬢を助けるようなことを俺が……うん?)
美心は再び考えた。
これはもしかすると中御門の嫌がらせなのではないだろうかと。
奇跡的にもどちらのルートを選ぶか美心が悩んでいる最中に教師から呼び出され悪役令嬢を探し出すように命令を受ける。
そう、選択肢そのものを消滅させるほどの嫌がらせをしてくる悪役令嬢にもはや感動すらした。
(な、なんてことだ! 俺の想像以上だ。まさか、強制イベントが起こるとは……これはもはや百合展開確定ルートでも乙女ゲー主人公プレイルートでも大して面白くないイベントが起きるのはほぼ確実! それどころか悪役令嬢イベントが強制発動したことで無かったことになってしまった……これは……す、素晴らしい! 素晴らしいぞ、中御門舞香! そこまで俺の恋路を邪魔するか、まさに悪役令嬢! 貴様こそ真の悪役令嬢だ! そして、今日からは俺と堀田さんの百合展開を邪魔するキャラ設定も付け加えてやる!)
面白そうな方向を進んで選ぶ美心はその考えに基づき即答した。
「か、快飛くん……芽映ちゃん、大久保さん……ご、ごめんなさい! 私、御恩に報いなくちゃ」
計算されたように身体をくねらせ上目遣いで3人を見つめる美心。
御恩に必死に答えようとする美心の心意気を感じ取った3人は感激すら覚える。
「、美心ちゃん。うん、分かった! こっちも全力で楽しんでくるから美心ちゃんも頑張ってね!」
「ま、まぁ……私は最初から居ないものと思っていましたし。でも、その奉公必ず成し遂げてくださいね」
「俺もお前がそこまで武士道を心得ているとは思わなかった。だ、だから……失敗しねぇように祈っていてやるからさっさと終わらせてこいよ」
堀田はともかく大久保も若干、顔を赤くし返事をしてくれたことに美心は微笑む。
吉良のツンデレも拝めた美心は皆の前から京の町に向け足を運ぶ。
ニチャァ
(うへ、うへへへ。中御門が起こす強制イベントはさぞかし楽しめるんだろうなぁ。いつも学園で受けていた以上の嫌がらせを期待しているぞ、中御門ぉぉぉ!)
美心が小学1年時から中御門に目を付けられ嫌がらせを受けたのにも関わらずやってこれたのは設定のおかげである。
悪役令嬢キャラだと早期のうちに中御門に対し設定したことで彼女の起こす嫌がらせは単に設定通り動いているだけだと思うことができた。
それに命を奪うほどの危険な嫌がらせをしてきたことは一度たりと無い。
それこそ美心自身が主人公で中御門が悪役なのだと安堵できる内容であった。
(探すのは良いが何処を探せばいい? 中御門の家なんて知らないし……寮に住んでいたら俺にも分かるが彼女は寮生活をしていない。先生に聞いておけば良かったな)
平安時代から続く貴族達の別荘地としての役割が大きい嵐山。
道は整備されていても京の町へ続く道には竹林などがあった。
その竹林に佇む1人の少女。
(ぷーくすくす。ここならオリエンテーションの自由時間の移動範囲内ですね。ここで芋女に恥をかかせるための落とし穴を……ぷーくすくす)
陰陽術でいくつもの落とし穴を作る少女こそ中御門舞香であった。
彼女は美心に嫌がらせをする準備で忙しく、遅刻をしていることは理解しつつも他の者など待てせておけば良いと考え、必死に色々な罠を竹林内に張り巡らせるのだった。
美心以外の者が罠にかかってもどうでもいい。
中御門が見たいのは美心の怒る姿だった。
(あの芋女! いつもいつもいつもいつも透かした態度で私を見て反撃も何もしてこない! 私が望むのは芋女の怒る姿だと言うのに! 奴が見せるのは余裕の笑顔! キ―――、なんて憎らしい! たまには怒る姿を見せてくれてもいいでしょ!)
実に幼稚な考えだが土御門には美心を怒らせたい目的があった。
その話はまた後日に話そう。
美心が竹林付近に差し掛かる頃、事件は起こった。




