告白にて
狩彬は犬のように地面に残っている香りを嗅ぎながら四つん這いで食堂の方へ移動する。
「きゃ、何なの!?」
「くんかくんか、この人は違う……」
パァン
狩彬の頭を軽く叩く。
女子の体臭まで直接嗅ぐんじゃない!
「島津くん、もうちょっと目立たないようにやってもらってもいいかな? ほら、周りの目が……」
「了解っす! 姐さんの頼みなら!」
ヒソヒソ
「あの平民……下級生の武士相手に偉そうに」
ヒソヒソ
「下級生でも武士は武士なのに、これだから何も知らない平民は」
ヒソヒソ
「平民のくせに生意気ね……」
食堂内でも女子達の俺への視線が突き刺さる。
これはマズい。
俺の悪い噂がこれ以上、他学年にまで知られたくない。
俺は狩彬と少し距離を起き周囲を見渡す。
何故か目が合う生徒達が多い。
畜生、俺は見世物なんかじゃないぞ。
美心は自身の生まれ持った美貌だけでなく、転生前の記憶からイイ女というものを無自覚に演じている。
60代男性が読み漁ったラノベから教訓を得たヒロインらしい行動が見事に男子生徒のハートを射止め、女子生徒からは非常に鼻につく存在だということに気付いていない。
「姐さん、あの茶髪の子じゃないっすか?」
「あ、堀田さん……良かった。ありがとう島津くん」
島津の両手を軽く握り笑顔で返事する美心。
その行動はまさに男子を惑わす1テクニックだということなど美心は自覚していない。
ドキュゥぅぅぅん!!!
「あ……姐……さん……」
ヒソヒソ
「あのアマ……あざと過ぎるんだよ!」
ヒソヒソ
「男にあからさまな媚びを売る……なんてあざとい平民なのでしょう」
あれ、周りの女子達の視線が痛い。
俺、何処かで失敗してしま……はっ、そうか!
後輩とはいえ狩彬は名のある武家!
さすがに礼が軽すぎたか。
ギュッ
俺は再び狩彬の両手を握り、まっすぐと瞳を見て話しかける。
「島津くん、この御礼はどうしたら良いかな? 何でも言う事き……」
狩彬と話している最中に堀田さんが席を立ち中庭に移動する。
それを横目で確認した俺は狩彬の手を離し堀田さんの元へ行く。
おっと、中途半端だったな。
クルッ
狩彬から少し離れた場所で再び狩彬の方を向き笑顔で話しかける。
「また放課後にでもやりたいこと教えてね」
ニコッ
ズキュゥゥゥン!
狩彬はその一連の流れるような美心の行動に頭の中が美心でいっぱいになる。
(姐さんが……姐さんがオイラと二人きりで遊んでくれる……)
ヒソヒソ
「あの平民女、皆が見てる前で島津家のご子息とデートの約束を」
ヒソヒソ
「きぃぃぃ、なんというあざとい行動! 吐き気がいたしますわ」
ヒソヒソ
「計算高すぎんだろ」
なんか、さらに女子からの視線が鋭くなったような?
いや、しっかりとお礼をすることは狩彬に伝えたし大丈夫だろう。
それより堀田さんに友達になってもらうんだ!
中庭にある噴水前にある椅子に腰掛け瓢箪水差しの蓋を開け水を飲む堀田さん。
先程まで一緒に行動していた西園寺と大久保は居ない。
これは絶好のチャンス!
「堀田さん!」
水差しを口にしたまま、こちらを見る堀田さん。
「あ、美心ちゃん。どしたん?」
ドクンドクンドクン……
心臓の鼓動が高鳴るのが自覚できる。
くそっ、こんなことで緊張なんてしてたら駄目だ。
告白じゃないんだからさ!
ただ友達になって欲しいって言うだけで良いんだ!
告白じゃない告白じゃない告白じゃない……。
俺は深呼吸して堀田さんに伝えようとしたその時……。
キーンコーンカーンコーン
「あ、昼休み終わっちゃった」
ああああああああああ!!!
チャイムの馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ!!!
いや、まだだ!
これはただの予鈴に過ぎない!
5限目が始まるまであと10分はある!
「堀田さん!」
「はいな?」
「わ、わた、わた、わわわ……」
予鈴が鳴ったためだろう多くの生徒が食堂から出てくる。
いや、大丈夫。
俺は一言、堀田さんに伝えるだけでいいんだ。
「美心ちゃん?」
「堀田さん! 俺と付き合ってください!」
シ―――ン
周囲の時間が止まったように皆がこっちを見て停止する。
ヒソヒソ
「武家の女性に告白?」
ヒソヒソ
「付き合ってですって……まさか女性同士で?」
ヒソヒソ
「えっ? あの平民ってまさかそういう趣味を?」
ヒソヒソ
「先程は下級生の男子でしたし、誰とでもいいほど発情しているんじゃない」
ヒソヒソ
「平民は性欲魔神ってほんとですのね?」
ああああああああああ!!!
しまったぁぁぁぁぁ!!
告白じゃないと頭の中で連呼してたら、間違って告白しちまったじゃねぇぇぇかぁぁぁ!
堀田さんもあっけらかんとしている。
もう終わりだ……。
さようなら、俺の中学4年。
さようなら、俺の学園生活……。
「ん、良いよ」
「「えっ!?」」
俺はともかく聞き耳を立てていた周囲の生徒達も驚愕し堀田さんの方を向く。
「明日の嵐山の話しっしょ? 先生が朝言ってたもんね」
「そ、そう! 堀田さんともっと仲良くなりたいって思って誘ったの」
「あたしも誘おうって思ってたし……あ、さっきの話の続き。美心ちゃんは壬生浪士組の中で誰が好みなん?」
俺は感動した。
陽キャ……なんて良い奴なんだ。
やはり陽キャは正義。
もう、陽キャしか勝たん。
堀田さん、俺が悪かった。
さっきの話の続きまで覚えていてしてくれるなんて……これぞ高コミュ力というものなのか。
「あ、お話しながら教室に戻ろ」
「うん」
堀田さんと仲良く会話しながら教室に戻る俺。
陽キャのコミュ力のおかげか話す内容を出してくれて会話が止まることはなかった。
素晴らしい……素晴らしいぞ、パリピ≒神!
そして5限目。
グループ決めで俺は堀田さんと大久保さん、吉良快飛。
吉良は忠臣蔵で有名な吉良上野介の子孫にあたる。
この世界の歴史書によると元禄赤穂事件は起こっておらず、後の世で題材にされ創作されるはずの忠臣蔵も発行されることはないだろう。
「べ、別にお前と一緒だから喜んでいるわけじゃないからな!」
吉良が赤面しながら俺に言葉をかける。
「あ―――、もしかして快飛くんも美心ちゃん狙いなんだぁ? ライバル多いよ?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
「別に隠さなくても良いのに……ねー、美心ちゃん」
「あはは」
吉良、ツンデレ攻略キャラで悪いやつじゃないんだが……。
ああ、因みにこいつで乙女ゲー攻略キャラ紹介は最後になるのかな?
あとの男子は……まぁ、モブだ。
俺のような平民に声をかける勇気もない奴ばかりだし気にすることはないだろう。
今思えば隠し攻略キャラは設定していなかったな?
やっぱ禁断の恋的な先生か?
でも、イケメンな先生っていな……いや、待てよ。
ニヤリ
そうだ、隠しキャラはあいつだ。
あいつこそ隠しキャラに相応しい。
美心は友達が実質100人できたという安堵で再び良くない考えが頭をよぎる。
そう、乙女ゲー主人公として学園生活を送っていくのもまた一興だと。
美心の乙女ゲープレイ学園生活はまだ始まったばかりだ。




