ぼっちにて
俺の名前は美心。
昭和生まれで普通のサラリーマンだった。
令和元年、定年退職したその日、とある自動車に轢かれ目が覚めると天界に居た。
天界での出来事はよく覚えていない……。
ま、覚えていないという事はどうでもいいことなのだろう。
そして、次に目が覚めた先は一件の長屋。
その世界は江戸時代だった。
俺の知っている江戸時代とは若干異なる時間軸でもあるようだし、異世界の地球なのか、それとも別の惑星なのかそれを調べる術はない。
俺の前世の地球と異なる点は魔法が存在することだ。
この世界では陰陽術と呼ばれているが呼び方など二の次だ。
重要なのは手の平から火や水を出すことができ風を起こし空を飛び……兎に角、誰にでも分かる魔法らしい魔法が存在するということだ。
「美心さん、先生のお話聞いていますか?」
「えっ?」
「また余所見していましたね? はぁ、授業はしっかり聞くように」
「くすくす」
「やーい、怒られてやんの」
くそぅ、今ならコナン君の気持ちがよく分かる。
小学1年生の授業など知っていて当然の内容ばかりでマジで退屈だ。
しかし、授業の中で改めて教わる江戸時代の世間の常識的な内容だけはためになる。
「はぁ……」
「美心、眠そうだな?」
俺の隣の席に居るのは寮で同室の伊達凪。
仙台藩伊達家って言えば超が付くほど名のある家だが、凪なんて人物は俺の居た地球では実在していなかったような?
ま、別の世界の江戸時代だしそんな人物が居てもおかしくはないか。
「だって、お嬢が夜寝かせてくれないんだもん」
「へへっ、今日も寝かせられねぇなぁ」
「またぁ?」
「異論は言わせねぇ。昨晩、賭けただろ」
もちろん、俺と同い年である6歳の子どもが破廉恥な行為などしない。
毎晩毎晩、寮母に叱られないよう布団の中に潜り花札や丁半などに無理矢理付き合わせられるのだ。
賭けている内容も金銭とはまったく縁のない鞄持ちや手伝いなどだから構わないが、こんな趣味を持っている凪は中々の大物になりそうだ。
因みに凪が賭ける内容は毎度同じで一度だけ必ず言うことを聞く権利だ。
子どもの遊びだから約束を放棄しても良いのだが同室である以上、仲が悪くなるのは良くない。
それに小学1年の中で凪はジャイアン的な位置に立つ女の子版ガキ大将だ。
敵に回すと俺の学園生活が破綻する恐れもあるため嫌々ながら付き合っている。
だが、それも皆が大人へと成長していくにつれやがて関係が変わっていく。
元治元年4月、俺が14歳になるまであと3ヶ月。
この学校へ来る以前に老中の阿部籬弘から小学部4年、中学部4年、高学部4年の計12年を過ごすと聞いていたため、今の俺の学年は中学4年生だ。
中学最後の学年、一般教科はまだ十分に前世の記憶から解るものばかりで学年成績は常に上位に入っていた。
だが、問題は陰陽術。
小学部の頃から最も俺が力を入れて学んだことだが、まだまだ成績は学年内で中程度の成績だ。
前世の地球と異なり陰陽術の開花は人によって異なる。
そのため毎年編入する生徒数は増え続け小学4年時には50人ほどだったのが中学4年時には300人にまで生徒数が増えた。
俺より腕の立つ相手は130人近く居る。
凪もその中の1人……というか、上位3位に常に入っているほどの使い手なんだよなぁ。
中学部になると寮が変わり同室では無くなったため、最近は会えてもいないし。
そんなこんなで毎日を過ごし卯月(4月)中頃、新学級でも生徒間で友人作りが完成しつつあった中……俺は1人、席に座り弁当箱を開ける。
(くそっ! また、失敗しちまった! これで何回目だ!? 小学1年時は編入扱いだから仕方がないとして小2から7回も友人作りに遅れを取ってしまった!!)
隣の席では女子が3人集まり、楽しそうに会話をしながら弁当を食べている。
確か、おさげの子は西園寺彩葉だったよな。
この子は中3のときの編入者で別学級だったから話したことはない。
そして、いかにもパリピな茶髪の子が堀田芽映で、眼鏡をかけた子が大久保光恵だったはずだ。
この2人も別の学級だったため話したことはない。
「あはは、そうなんだぁ」
「でさ、でさ……」
この3人も俺のことはよく知らないはずだし友達になれるかも?
ここは勇気を出して……これみよがしに聞き耳を立てる俺!
友達になって欲しいオーラは出ている……よな?
「えー、あたしはやっぱ永倉斬八様かなぁ」
「その人も格好良いよね。でも、うちの推しは沖田怜士様!」
「あはは、一番人気にあやかってるだけじゃん」
女子達の最近の話題と言えば去年(文久3年)、入京した壬生浪士組の話で持ちきりだ。
ま、今の俺も女子ではあるのだがあの新選組をアイドル扱いねぇ?
史実では殺人集団だの狼だの恐れられていたと聞いたが実際はどっちなのだろう?
俺はできることなら入隊して11番隊隊長くらいになり、局長の権堂勇や3番隊隊長、斎藤二と共に魔王討伐に勤しみたいのだが……くそぅ、学生の間は諦めるしかないか。
「美心ちゃんは誰が好み?」
堀田芽映が突如、俺に声をかける。
咄嗟のことで俺は一瞬、思考を止めてしまった。
だが、こ……これは……間違いない!
俺に声をかけてくれた……それって≒友達!!
しかも、相手はパリピ族!
パリピ≒友達100人!!
つまり、俺も実質友達100人!!
うぉぉぉ、キタ―――!
貴女様は女神様ですか?
良ければ俺と死ぬまでずっとお友達に……いやいや待て!
冷静になるんだ!
ここで嬉しそうな表情をして堀田さんを見ると『あ、やっぱ友達になってほしかったんだぁ? 未だに友達もいない奴に話しかけるあたしって超優しい! それでもって、この子の顔ったらこんな程度で笑顔になるなんて超ダサくね……ぷーくすくすぅ』って思われるに違いない!
美心は7年もの間、友達作りに失敗した結果、相当拗らせてしまっていた。
だが、当然のことながら本人はそのことに気付いていない。
俺は溢れそうな笑みを堪え堀田さんの目を見て答えようとする。
「わ、わた……」
だが……。
「ちょっと、芽映。平民の子に壬生浪士組の隊士様の良さなんて分からないわよ」
俺は再び思考を停止してしまったが次の瞬間、憎悪が溢れ出る。
あああああああああ!!!
このアマァァァァ!
俺のパリピ生活がぁぁぁぁ!
「え、でも美心ちゃんだって同じ学級の仲間だよ」
え、天使?
天使だ……このパリピの子、めっちゃ天使やん!
もう、パリピしか勝たん!?
ってか、封建制度である以上どうしても俺を平民だと見下し扱う者が居る。
学級数が10もあるし今まで話したことのない相手はどうしても居るものだけれど……この平民扱いはいつまでされるのだろう。
そもそも去年の8月に壬生浪士組から神撰組に改名しただろ!
ファンならそれくらい知っておけっての!
俺は西園寺の声が聞こえなかったふりをし、堀田さんに声をかけようとするが……。
「芽映ぇ、算術の教科書貸してくんね?」
「七瀬忘れたの? 良いよ、持っていく」
オウ、マイ、ガ―――!
堀田さんは鞄から教科書を取り出し教室の入口に向かっていった。
……これだからパリピは!
仲間が多くて毎日楽しそうですねぇ。
質問だけして返事はどうでもいいですか?
ああ、はいはい、なるほど俺の返事は後回しですか?
くそぅ、隣の学級の小娘ぇ……この恨みは一生忘れんぞ!
顔はよく見えなかったけれど……。
堀田と共に西園寺と大久保も教室を出ていった。
何気ない会話が存在する学園生活で俺はやはり陰キャだった。
前世の性格は転生しても変わりようはないのだ。
また友達になり損ねてしまった……。
いやいや、勇者の仲間として相応しい相手かどうか俺が直々に選定している設定にしよう。
そう思うことにしよう……これも7回目か。
どれだけ選定してんだよっ、俺!
贅沢か!?
それにチャンスはまだある。
くくく、安心しろ。
まだ昼休みは始まったばかりだ。




